さわやかでまえむきな人間になりたい男が
好きな「文化」を語る。
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2017年7月度 まえむき月次報告 つかれつかれつかれ山

7月度の報告をさせていただきます。

ちな6月度はこちらです。

maemuki.hatenablog.com

 

まずは実績を並べますね。

maemuki.hatenablog.com

ほんとうは一記事ずづLinkを貼ろうかと思ったのですが、めんどうくさいので止めますね。ほんとうに、つまらない記事ばかりです。本当はつまらないだなんて思っていません。「たたたたかぎくんのブログおもしろいね」なんて実際には言われないのです。実世界では!私などはほんとうはこの世に存在がしないのではないのか!!??

そんな感じなのです。

なので、迷走して、「藤森慎吾さんに憧れる」とか「星野源になりたい」とか「歌ヘタアイドル紹介」とか「松岡茉優に関してのどうでもいい長文」を書いたりするのです!

それには理由があるのです。

1.「この街」はほんとうにつまらないです

なにもないなんにもない。わかっていました。なにもないことは。しかし高校3年間くらした、それなりに楽しかった、その前の超絶山奥のペンションむら(><)よりかは、楽しかったこの街が、ぜつぼうしてしまうほど、これほどまでにつまらなく感じるなんて。

仕方ありませんよね。

この街よりも、よい風景を見てしまった。ここにいる時よりも凄い体験をしてしまった。そしてここにいるときよりも…幸せだった。

この地では、とうてい、幸せにはなれそうにありません。早く出たいのです。

しかし…

 

2,脚はまだ悪いままです

身体に鞭(Whip)を討ってまで働いて働いて働いて早く自分のために自分のためだけにまたヨーロッパにいけるような生活をおくりたいそしてー!音楽をやりたい音楽をやりたいここでもできるけどだーーれも聴いていくれる人がいない人口が少ないのーだから出たいのですが…

まだまだ脚はよくなりません。幸い、そのような状況でも必死に仕事を探して、自宅勤務の仕事を見つけられたのですが、そこだけでは満足するような収入は得られそうにない。

そうなると、副業をさがす必要があります。なんだカンタンじゃん。EジャンGジャン最高ジャン(岡田あーみん)と思うでしょう。そうはいかないのです。

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「indeed」という求人情報を地名職種を入れればササッとでてくるものがありますよね。あれを毎日のように見ているのですが…

jp.indeed.com

ためいきばかりです。まず仕事がない。「大規模チェーン店(例:ファミリーマート)のアルバイト哀しい相場時給800えん」みたいなのしかない。そんなのはどこの地方でも同じです。

そして自分は、「普通免許」がない。それは「普通の免許がない」つまり「普通である免許がない」ということなのです。「要普通免許」「要求!普通!」だから、ここでもマイノリティ。天国から地獄まで落ちてしまった、と毎日実感しています。

3,どうやったらここから這い上がれるのか

具体的に対策を上げて、攻略していかなければいけないと考えています。

とにかく、可及的速やかに事を済ませたいのです。可及的速やかに、可及的速やかに。

この「可及的速やかに」という言葉を一度使うと、ついつい使ってしまうのです可及的速やかに。なぜなのか。僕は知りたい可及的速やかに。でも可及的速やかにそれを知ることはできないのだから可及的速やかに知りたいのだけれど、可及的速やかに諦めるように可及的速やかに努力する。

つまり、こんなのではダメなのです。まともな人間にならないと、東京に帰ることはできない。東京へ?とうきょうへ?かえりたい??

自分は本当にイナカモノになってしまいました。哀しい。自分の人生は幼少都会→小3クソ山奥というか山の上!→高1田舎のまあ街(今のところ!)→上福岡→新大久保→荻窪(短い間で強制連行されたのでなかったことにしています)→クソ山奥恐怖の別荘→田舎のまあ街(イマここ)

つまり…次は…かみふくおか!もう無い!上福岡市!ふじみ野し!!!

 

ああ、つかれました

4,最近のくちぐせは「つかれ」です「つかれ」「つかれ」「つかれ山」

「つかれ」はいいとして。「つかれ」はいいのです。ほんとうに「つかれ」ているのだから、真実。しかし「山」はなんなのでしょう。気がつくと「ああつかれ山」「ああトイレ山」「ああコンビニ山」「ああやま腹減ったやま」と、山づくしになっています。

実際のところ、「山づくし」の毎日なのです。「……そしてどこにも山の姿はない!」と言ってみたりもするのですが、そしてどこにも山の姿はあるのです。


...そしてどこにも山の姿はない/埼玉栄高等学校

だから、「つかれ山」なのです。ほんとうにつかれました。このつかれはなんなんだろう。ああ「つかれ」てます。泣くほどに…実際に泣いてばかり。泣いているのは山のせい。木の精山の精…

5,今ここに存在しないものへの憧れがやみません

この標題をみて「あっアレか」と思ったあなたは鋭いです。そうです。ここに存在しないもの…それは「海」です!!

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これは尾道ですよ〜ふらりふら広島にいったときです〜楽しかった(涙)

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これは函館ですよ!北海道初北海道!たのしかった〜会社首になってやけくそ旅だったけどお(涙)

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これはタイの「サムイ島」のリゾートホテル(安いところですけどお)でOL気分で「つかれたわたし」と演じたかった…そのためにわざワザミャンマーの帰りに寄ったのです…なんてぜいたくな(涙)

 

スマートフォン略してスマホ向けに画像小さくしましたよ!

これは僕が実際に見た素晴らしい海さんたちです♥

うみだいすき!うみだいすき!でもなんで僕は山にいるんだろう。なぜ僕はヤマの中にいるんだろう。海は舟があれば動けるのに。山はクルマがないと動けない。日本の森は全部開拓された偽物の森。手付かずの自然ではない。偽物。海は汚れているかもしれないけど、偽物なんてない。

ああ、山がにくい。「山が好き」だあぁああああ??

 

ちなみに嘘みたいな話ですが、自分の家のペンションの近くのペンションの名前が「海が好き…」だったのですよ!ペンション「海が好き…」

すごいですよね。あんな山の中なのに。頭おかしい。サーフボードがおいてあったりしました。どこでサーフィンすんの??しらかばこ???トホホ…ちなみにそこのオーナー夫妻もサーファー風だったような…りこんしたらしいけど…

6,さいあくの体験検査いちにち入院!!!

 

ほんとうにほんとうにさいあくさいあくさいあくでした。

さいあくさいあく。「脚が悪いのを検査する」ということで、看護師たちは僕を「老人扱い」してくれました!どこにいくにも付いてくるのです。「おまえさあ〜おれはうちから駅まで自転車できたんだゾボケ」とかいいそうでしたが、言ったかもしれません。

もともと癇癪もち(読めばおわかりでしょう)なのですが、猫をかぶっています。それがはちきれてしまいました。

しかもいつのまにか個室に格上げ?されて「やった爺さんたちの鼾きかなくて住むんだ」と思ったものの…それは「更なる監視下」に置かれたところでした。

「ちょっと売店いきたい」とかいうとダメとかいいます。「ああ、そうですかわかりました」といって、部屋にもどり、とりえあず「うぎゃー」と枕をベッドに投げつけました。そんな感じでした。

そして病院食のまずかったこと。見た瞬間に「美味しそうだな」と思うことはあっても見た瞬間に「まずそうだな」と思うこと。そんな哀しいことが朝晩ありました。「たべないと文句いってくる」のが面倒くさくて「ああまずいまずい」と泣きながら食べましたよ!

https://www.instagram.com/p/BWHmt2EDrlp/

食べる前からわかってたこれはまずいって#病院食

https://www.instagram.com/p/BWJJsd7j6Tg/

上、戦時中のごはんみたいな今日の朝食病院食下、タイの5つ星ホテルの朝食のいちぶ

一番いちばん(ごめんなさい)腹が立ったのは、検査は1つ、あとはレントゲン撮影(一瞬)だけ。それで終わり。そして翌日。なにもなし!!!!!

だったら一泊したいみねええだろおおおくそがああ!

って感じですよ。もうイヤです。こんなところ。

サイフは落として盗まれた。神様がいっているので「お前こんなところにいるなよ」って言ってくれてるんだった。そうかんがらたら神などいないと清春様がおっしゃっていたのはその通りだと思うけど、信じるしかない。

かみさま、おねがいします。

ぼくを ながのから

救い出してください。

お願いします><><><

おね・・がい・・

 

おわり

【ヴィジュアル系】僕が「ヴィジュアル系」をあがった、本当の理由

 僕は「ヴィジュアル系をあがった」ということを公言しました。

maemuki.hatenablog.com

 その理由は

いつのまにか僕は「古いヴィジュアル系バンド」だけしか聴けない普通のおじさんになってしまった

そう書いています。でもそれだけではありません。

なのでハッキリ書きますね。

理由は、

最近目につくおじさんたちの「90年代のヴィジュアル系バンドへの盲目的な信仰振りが」おじさんぽいおっさん臭くて超かっこわるいから一緒にされたくない!

ということからです。 

 

僕は、今の「ヴィジュアル系バンド」に興味が持てなくなった。それは仕方がないことです。「あの頃」と比べたら、劣ってしまう。そうなのかもしれません。

でもそうではないのかもしれない。でも、そうではないことを確かめることすら、できなくなった。

だからあがった。と公言した。

 

ヴィジュアル系という言葉がまだなかった頃から活動していた90年代のヴィジュアル系と呼ばれる発端になったバンド」は本当に素晴らしいと、思います。でも、僕はそうとも言い切れない事情もありました。

僕は数々のバンドを好きになって、すぐに「あがった」過去があったことも明かしました。

maemuki.hatenablog.com

 こんな本当にどうでもいいことをわざわざ晒したのも、本当の「ヴィジュアル系」への愛があったからなのでは、と今では思います。

僕は、ヴィジュアル系は神聖なもの、だとは思っていません。でも愛を持ってそう思っています。

どのジャンルでもそうですが、輝かしい実績を残した時代でも、そのような輝かしい人たちだけではなかった。ヴィジュアル系もそうです。というかヴィジュアル系は傍からみたらそもそも「基本的にみんなゴミ」なのです。男が化粧をして、気持ち悪い独特な歌い方で、狂ったように激しかったり甘かったり、西洋的だったり。

みんなが理解できないもの、否定されてきたもの。そのような歴史があります。

 

それでもわずかな「理解」が広がって、どんどん広がって、ひとつのシーンを作るまでになった。そのような歴史を体感してきた中で、「もう未来はない」と感じる状況になったとしても、その後継の存在を無碍に否定することは、僕にはできません。

過去と比較して「理解」をしないことが美徳になるなんて、それは「ヴィジュアル系」の終わりとなることになると思います。

 

過去は美しいです。でもあの頃には戻れないのです。誤ちさえ帰せない。

過去にひたること、美しい過去にだけひたることは、自由です。なんでも自由。なんでも自由だから、「ヴィジュアル系」がどのような未来になっても、そっと見守ってあげたい。

それがあがった理由です。

だから、「お前らほんとうにLUNA SEAに比べてクソだな」なんて言えないです。「お前らほんとにカリスマ清春に比べたら説得力ないなステージで首吊れよ」なんて言えません。「てめーらいい加減してくださいCaligariは昔のボーカルの方がよかったお前らなんてくそだよなんて僕前にかいちゃったよ恥ずかしい」なんて言えません!!!ごめんなさい><

 

若いころによく見ていた「昔のバンドはよかったなあ〜最近のバンドはブルースを知らないー」なんていう格好のよくないおじさんだけには、なりたくない。ただでさえ、老化しているのに。

彼らは勝手に進化していって、そして退化する。その繰り返えしです。いままでもそうだった。もう止められない。好きでも嫌いでも。

「わかったふり」だけをして、何もいわない、そんなおじさんが良いと、おじさんは思いますがいかがでしょうか。

 

「人生初ライブ参戦がフリーウィルサミットのオールナイトイベントでhideも観た」なんてことが、自分の誇りであるような事がこれからもずっと続くことを願っています。

 

でもゴールデンボンバーは許せないです!ごめんなさい><

 

 

小沢健二「天使たちのシーン」

都落ち」してから1年が経ちました。

 

今更ながら、自分が今置かれている状況は、改めてとても辛いものだと感じています。

過去 にあった、失ったもの全てが、愛おしく思えるようになってしまったからです。

 

僕はなにも取り戻していないし、なにも得ていない。

全てを失ってしまった。

 

失ったものは美しく見える。なんて当たり前のことだけれど、それが身にしみます。

 

天使たちのシーン

いつも、この曲を聴くときは覚悟を持って聴きます。そんな曲です。「何かがあった時」に聴く曲。そしてそれは、「何もなかった」時に聴く曲でもありました。

おかしいですよね。何もなかった時に聴きたくなる曲だなんて。いみがわからない。

 

僕の人生は、いつのまにか何もおこらなくなっていました。いつのまにか、いろいろなものを失くしてしまった。

それは「愛すべき生まれて育っていくサークル」でした。暗い道を照らしてくれるのは、それだけでした。でも、自分はそれを得られなかった。あったのかもしれません。それに気づくことができなかったのかもしれない。本当の扉を開けることができなかったのかもしれない。

 

気がつくと、たったひとり。かつて高校3年間だけ暮らした思い出の街で、たったひとりで暮らすことになった。街は変わってしまったのか、変わったのか。高校の建物はそのまま。吹奏楽部もそのまま。部室もそのまま。音楽室もそのまま。

彼らの定期演奏会にも行きました。ひとりで。彼らはキラキラ輝いてました。

僕は、誰にも見つからないように、1人涙を流していました。

辛かった。

僕はかつて、あそこにいた。指揮棒を振っていた。演奏会終了後に、後輩たちから花束をもらって、号泣していた。そんなことを思いながら。客席で、ひとり涙を流す。

 

人生とは残酷なものです。ほんとうに。なんてみじめなんだろう。

 

僕は、早くここから抜け出したい。好きだったこの街で、東京とくらべて何もないこの街で、誰も僕のことを知らない、この街から早く出たい。

再び、天使たちの作る輪の中に入りたい。

 

でも、僕はこの街にて、「天使たち」に出会えたことも事実です。彼らは僕が2週間で逃げ出した職場で出会った20歳の若い男女二人です。彼らとは僕が会社からの呼び出し前のダイイングメッセージを残したことで、退社後もつながれました。

そうして、彼らにお寿司に誘われて「スシロー」に行きました。彼らは僕と違い、車の免許を持っていたので、駅まで迎えにきてもらって、そこまで行きました。

 

久しぶりに、「人と食べるご飯」がすごくおいしかった。そんなことは、彼らにはいえませんでした。僕はおいしいなたのしいなと思いつつも、心の中では泣いていました。こらえるに必死だった。とても嬉しかったけど、こんなこと、一緒に回転寿司を食べるなんて、本当は普通のことだろうから。

そんな僕にも、彼らは普通に接してくれました。

帰り際、駅まで車で送ってくれて、その中の1人が車を降りた僕に「またあいましょうね!」と言ってくれました。ローカル駅のホーム、女子高生たちの集団から離れて駅のベンチに座って、僕は、また泣いてしまいました。

彼らの2倍の人生を生きていて、こうなってしまった現実に。

彼らだけではない。吹奏楽部の子たちもそう。

若い輝いている彼らに、自分のようなみじめな人生を歩んでほしくない。

 

生きることをあきらめてしまわぬように

 

天使たちのシーン」の最後の歌詞はこのようなフレーズがあります。

僕は死にたくない。

この街で、死にたくない。

 

早く、美しい思い出だけが残るこの街から去りたい。

それが未来を見ることだと思うから。

そして、戻りたいのです。天使たちのシーンに。