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〜今のこの気持ち ほんとだよね〜小沢健二「刹那」

刹那

小沢健二のベストが出る‥。
このニュースがリリースされた時、多くの人が失った自身の欠片を取り戻したような気持ちになったのではないか。


小沢健二楽曲の出版権は、全て彼が保有しているらしい。
気まぐれか、何なのか、出版権を持つ彼はアルバム「Dogs」「LIFE」「球体の奏でる音楽」「Eclectic」
以外のシングル等は全て廃盤としてしまった。アルバム未収録のシングルは未だ入手不可能で、オークション等で探すか、中古屋のシングルCD(8cm)でこまめに探すしかなかったのだ。
そんなニュースが出て一旦は発売決定をするものの、謎の発売延期。


そして詳細が発表されるも、その内容に誰もが愕然とし、絶望し、落胆をし、小沢健二を非難した。
ベスト盤といえば、レコード会社主体で本来は動くもの。
東芝EMIからの要望でベスト盤の販売に至ったのだろうが、楽曲の選曲はおそらく彼自身。
出版権とは強力だ。EMIサイドもこの内容には「しぶしぶOK」だったのではないか。そりゃ延期にもなるさ
 

1.流星ビバップ
2.痛快ウキウキ通り
3.さよならなんて云えないよ(美しさ)
4.夢が夢なら
5.強い気持ち・強い愛
6.それはちょっと
7.夜と日時計
8.いちょう並木のセレナーデ(ライブ)
9.流星ビバップ(カラオケ)


たった9曲。しかも「いちょう並木のセレナーデ」は「LIFE」収録。まあライブ音源だけど。
「流星ビバップ」は謎のカラオケ付き。実質8曲。
「あの曲もあの曲も入っていない!」「小沢健二が嫌いになりました!」とHMVのCDレビューで
は非難轟々の嵐となった。


タイトルに付けられた「刹那」。
浮き浮きとした気分で待ち望んでいたベストアルバム、しかし寂しいその内容にわざわざ「刹那」と付けるそのセンス。祭りを楽しみにしていたのに、石油の雨が降り注いだような台無し感。
彼はもう達観してしまって、昔のように手を差し伸べつつ知らないよべーみたいな小憎らしい可愛さはないのだろうか。彼にとって「あの頃」はもう恥以外の何者でもないのだろうか。


【刹那】
1 仏語。時間の最小単位。一回指を弾く間に六〇あるいは六五の刹那があるとされる。

2 きわめて短い時間。瞬間。「―の快楽に酔う」「衝突した―に気を失う」「―的な生き方」



彼は自分に厳しい人なんだろう。
自戒、反省‥このベストアルバムにはネガティブなイメージしかなかった。


ジャケットのデザインもどうでもいい。


しかしいざ「刹那」を聴くと、彼が今までリリースしたアルバムに匹敵‥はしないけど、
訴えかけてくる何かがそこにあった。
そもそも俺は小沢健二は「後追い」なので、殆どの曲を初めて、ちゃんとした形で聴くのだ。シングルをコンプリートしている人とは違う。楽しめるはずだ。


フリッパーズ・ギター解散後、フリッパーズを追い求めるユーザを掴んで離さなかった小山田圭吾に比べて、小沢健二は明らかに逆を行っていた。ソロ・デビューシングル「天気読み」を聴いて俺はがっかりしてしまった。地味で、よくわかんない世界‥。「太陽は僕の敵!」とオシャレサウンドに乗せてスウィートボイスで唄うコーネリアスを僕は選択した。


その後小沢健二はアホみたいに売れ始めた。その時期は小室全盛時代。そんなミリオンヒット連発俗物軍団の中の一人。俺の中の小沢健二はそういう認識だった。

しかし時が過ぎ、俺がコーネリアスにも興味を持てなくなった頃、ある日突然「小沢健二を聴いてみよう」と何故か思った。消費されてしまったのか、どのアルバムも中古で格安だった。
その日‥「LIFE」をなんとなく聴いてしまった途端、俺は小沢信者となった。
今では「天気読み」なんてベスト5に入る。もう大好き。何であの時わからなかったのだろう。


そんな自分語りはどうでもいい。

1「流れ星ビバップ」は友達がカラオケで唄っていたのを聴いた事があるだけの曲だった。
「あー楽しいな」と俺は思った。やっぱり小沢健二はいいな。とも思った。
彼の音楽における高揚感は他のアーティストのそれと違う。独特のものだ。
2「痛快ウキウキ通り」は王子様時代を象徴するような恥ずかしいタイトル。小沢健二ファン
の人たちの間でこの曲がどういう評価なのかわからないのだが、中庸な曲だと思う。これも
悪くない
3「さよならなんて云えないよ(美しさ)」
ここで早くも泣きそうになった。Aメロから肩を右に左に振って大声で歌いたくなる。
「左へカーブを曲がると 光る海が見えてくる 僕は思う この瞬間は続くと いつまでも」
なんてのは小沢健二独特の悟り、悟りの爆発だ。何かを発見した瞬間は記憶としていつまでも
残るのだ。素晴らしい。神様はいると思った。(痛い信者なんですごめんなさい)
4「夢が夢なら」
この曲が出来た経緯を知らないのだが、やはり昔の歌謡曲なのだろうか?
それよりもハーパース・ビザールのジャパニーズボーイを思い出した。
桃源郷

ここまで聴いて「刹那」は悪くないなと思った。
「LIFE」がもし2枚組みだったのなら、これが2枚目‥といった感じかなと思っていた。
が、油断をしていた次の曲に俺は完全に持っていかれてしまった。
5、「強い気持ち・強い愛」
これも小沢健二全盛期の頃の曲だ。ビデオクリップは確か冬の街頭でコートを着て
サンタの帽子をかぶってたような‥違うか。つよいきもち〜つよいあい〜という強烈な
サビは筒美京平大先生の作曲。どういう経緯でコラボレーションをしたのか知らないが
おそらく、小沢健二が歌う事を前提とした「当て書き」だろう。
Aメロの少しずつ上昇し、上昇し跳躍するメロディは小沢健二以外の何者でもなく、
劇的な跳躍の個所に「っぱー!!っと」という強すぎる言葉を入れる小沢健二様はまさに神。
(信者なんですごめんなさい)

とにかく王子様オザケン★みたいなイメージしかなかったこの曲、歌詞カードを片手に初めて
ちゃんとまともに聴いたのだが、俺は完全にこの曲にやられてしまった。

まずサウンドが俺の大好きなストリングスとハープ、ブラスの派手派手3点セットがこれでもか
と投入されている。「LIFE」でもそうだったが、この3点と小沢健二のアノ声との相性は抜群だ。


そして歌詞。
華やぐ冬の街の生き生きとした描写。「2人」のハッピー具合も最高潮。
大袈裟すぎるストリングスでさえ、その2人の添え物である。気が狂ったような高揚感だ。
サビも凄い。「強い気持ち 強い愛〜心をぎゅっとつなーぐー」このメロディと歌詞のマッチング具合は凄い。小沢健二といえば歌詞の内容も注目されているが、こういう技術的な歌詞のつけ方もかなりのものだと思う。「ぎゅっと」の個所「ぎゅっ」しか絶対当てはまらない。
そしてサビの終わりに歌われる歌詞


「今の この気持ち ほんとだよね」


何気ないこの言葉に俺は涙が出そうになった。


幸せな場面に、幸せな気持ち。強い気持ちに強い愛。
何故そんな満点の場面に「確認」するのだろう。
相手に伺う確認でも、自身に問い掛ける確認でもそうだ。


ほんとだよね


うそじゃないよね


強烈な自我と強烈な疑念
Aメロ、Bメロで描写された輝かしい何かの前に、それを全て突き崩す言葉だと思う。
俺は小沢健二でないのでわからないが、そんな場面に「今のこの気持ち ほんとだよね」
なんて思うなんて、悲しすぎると思う。


嵐のような間奏の後、再び歌は続く。愛の確信。愛のコミュニケーション。
この曲は「LIFE」以降の彼の世界観の総まとめなのではないか。
2回目の「今のこの気持ち」の後は「強く 強く」と叫ぶように大サビに
突入する。ここからの歌詞の描写には唖然としてしまった。


狂ったように盛り上げる、ストリングス、ブラス。
それに答えるかのように小沢健二は声を張り上げる。この頃は声が絶好調だった
らしく。もの凄い声量だ。この曲のこの部分は小沢健二の楽曲の中でも一番
「ハイにキマっている」状態だろう。
キマっているのは曲だけじゃない。
ラブリーな二人だと思いきや、長い階段を超え、大きく深い河を渡り、しまいにゃ泣き出す
のである。完全に狂っている。高揚感どころではない。

俺は初めてこの部分を聴いた時、衝撃のあまり思わず泣いてしまった。


人間は笑いながら泣ける動物である。
泣きながら笑うこともできる。
太陽の下、笑いながら「死にたい」と思う事もできる。


交錯する感情の中、誰かと何かを共有する。
強い気持ちを確認する
強い愛を受け取る
ああ刹那。俺は小沢健二が何故このアルバムに刹那と付けたのか、わかった気がした。


このアルバムは「強い気持ち・強い愛」を頂点に後はひっそりと終わって行く。
別にこの後の「それはちょっと」も「夜と日時計」もいい曲なんだけど、自分はここで満足してしまったのでレビューはこれにておしまい。


冬の街の中でiPodで一人で聴く「強い気持ち・強い愛」は自殺したくなるほど寂しくなります。
ほんとです
maemuki.hatenablog.com
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