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(ex.賛美歌〜RUNA)yabuki様は真実のロックスター!!!その③〜最終章〜

「伝説の渋谷公会堂解散ライブ そしてRUNAへ‥」


様々な苦悩の結果、yabuki様は賛美歌の解散を決めます。


そして解散ライブを渋谷公会堂で行う事を決定!「最後っ屁」という言葉が頭をよぎりました。
渋谷公会堂‥収容人数約2300人。数々のロックコンサートが行われ、数々の伝説を産み出した。
まさに聖地。ここを満員にして更なる飛躍を遂げた者、ここで終わった者、ここに立つ事ができな
かった者‥商業ロックにとっては一つのステータスともいえる場所である。


現在の使用料は全日利用で平日80万程度。コンサートの場合は更に照明、PA、会場整理等で
経費が更にかかる筈。
アテにならない某2ちゃんねる情報によると、求人広告でこのコンサートの為のアルバイトが
募集されたとか、ないとか‥
また、一日拘束で給料は3000円とか、ボランティア(この場合タダ働きを意味する。こう
いう時のボランティアと、善意の奉仕精神によるボランティア、同じ言葉で括っていいんだろ
うか。新潟地震や、台風23号の被害で自らの生活を投げ出し、現地に出向いたボランティア
と同じ言葉になるのはおかしい。善意とはいえ、タダ働きを自ら喜んで行う愛知万博のボランテ
ィアとも一緒にしたくない。)の人とかもいたそうだ。
当時参加していた人の証言によるとかなり混乱のライブだった様子。


http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Himawari/1301/histry1-3.htm
ファンサイトによるライブレポートより気になる部分を引用
しかし、このページよく見ると『LIVE REPORT from レクイエム』
レクイエム=オフィスレクイエム=yabuki様。yabuki様によるレポートってこと?
文中は客席から見ているような視点のものもあり、yabuki様の直前の様子の事も
あり、書いた人がどこにいたのか、いまいちはっきりしません。
まあ、どうでもいいや。やっぱりyabuki様が書いたのかなー

彼の心配をよそに、3階席まで溢れた観客は静かに彼を一目見ようと
その時を待っていた。オリジナル・メンバーは彼ただ一人。改めて
そのカリスマ性には驚かされるばかりだ。

渋谷公会堂って2階席までしかな(略
カリスマって‥(略)

最後の舞台の幕が上がる前、彼は明らかに苛立っていた。前座の演奏が
大幅に時間オーバーしていたからだ。彼は遠方から駆けつけた人々のことを
気にかけていた。(略)

グタグタです

時計の針が午後8時をまわった頃、ようやく賛美歌にとって最初で最後の
渋谷公会堂ワンマンがスタートした。

渋谷公会堂は21時終了厳守で有名です!20時ってかなり遅いですね。
すでにワンマンの体は要していないような気がします。
この直後幕が上がらないハプニングあり。緞帳上げ下げのボタン押すの
忘れたんでしょうかね。

11曲目の「Yes−No」の後、賛美歌のイメージからは思いもよらなかった
ドラム・ソロが始まった。この日のステージ・ドラムには綺麗からOrgaが参加した。

綺麗からorgaというのは「綺麗」というユニットからOrgaさんというドラマーが参加して
そのドラム・ソロとのこと。
解散ライブでサポートメンバーがドラム・ソロ。常人には思いつかない構成ですね。

傍からみても練習不足なのが見てとれる。特に下手側の弦楽器であるベースが
演奏、ステージングを含めて躍動的かつ安定していただけに、ギターは音量が大きく
不安定で聴かせる曲を台無しにしてしまった気がしてならない。

事務所からダメ出しつらいっすね‥しかもインターネットで!

フラメンコ・ダンスと劇団のショーが終わると、ライヴは後半戦に入った。
再び、沸き上がった歓声と共に14曲目「1945」へ。この曲のエンディング、
オール・ヌードのパフォーマーが登場したが不思議に嫌らしさは感じなかった。

楽しそうじゃないですか!フラメンコに劇団のショー(具体的に何をやったの?)
オール・ヌードってのもいいじゃないですか。超楽しそう。マリスミゼルを超えたね。
yabuki様+ふしぎな集団 で営業してほしいな。見に行くよ〜
あ、噂としてヴィジュアル系インディーズマニアであられるマリスミゼルの偉大な
リーダーmana様がこの日お忍びで来ていたとの情報あり。さすがmana様!

yabukiの名を呼ぶ声が響く中、1度限りのアンコールが行われた。
曲は賛美歌のデビュー・シングル「スノーフレイクの夜」。演奏は完璧とは
言えないものの観客の視線はすべて彼に注がれていた。他メンバーがステージを
去った後、彼は一人で[LuLu」を歌っていた。彼の投げる花を必死で
受け取ろうとする1階席の熱狂を背に彼は舞台を去った。
公演の終了を告げるSEが鳴っても人々は彼の名を呼び続けた。
曲数を削ったせいかもしれないが、2階席で観ていた人には特に、これで賛美歌の
終幕が下ろされたことをすぐには信じられなかったはずだ。

感動的なラスト・ライブだったようです。


情景が目に浮かびます。
苦渋の決断の上の強い思いと、哀しみを胸に愛すべきファンとの最後の時間‥
一人で唄うyabuki様‥花に群がる狂信的信者達‥。
止める警備員‥(イベンター入ってたんでしょうかね)誰もが席を無視して
ぐちゃぐちゃに‥ああ‥
貴重な客席からのショットがありますので見てください!

↓当日のショット なんか‥えーと(略



事務所や後ろ盾もないまま(あったのかもね)、記事のような広告をバンバン雑誌に載せて、
1000人単位でのホールライブをどんどん行っていった賛美歌‥
彼らの音楽は残念ながら稚拙で、まともに語られるものでもない。
日本のロックの歴史の中で彼らは忘れ去られ(同じような種類だと思われるジャガーさん
語られ尽くされているのに)消えていくに違いない。っていうかもう消えてるか。


しかし、yabukiという人間の、脅威の実行力、後先考えない判断力と驚くべき行動力!そして親御さんのお金!
これらを裏の裏、また裏の歴史として記していきたかったと思ったのです。
これを見ている人でyabuki様、舞、賛美歌に関して詳しい情報がありましたら、教えてください!
一緒にyabuki様の美しい歌に賛同していきましょう!




さて、賛美歌解散後はユニット活動、そしてRUNAというバンドを結成して活躍するyabuki様。
しかし、活動内容は以前に比べると少し規模が小さくなりました。
海外(タイ)でのライブ等の華やかな活動もありましたが、メジャーなヴィジュアル系バン
のワンマン公演で、RUNAのチラシとCD(8曲入りくらいで、賛美歌の曲も使いまわし)を
配布するyabukiを目撃した情報もあります。


2003年からは何故か沖縄をいたくお気に召したようです。
沖縄でオレンジレンジに次ぐ動員記録を作ったとか、公式サイトで嬉しそうに報告するyabuki様。
遂には沖縄に移り住んでしまったようです。
そして2004年12月1日に「十二月の太陽」というRUNAとしてのミニ・アルバムのリリースが決定!
7曲入り。内容は2曲はSE。3曲は賛美歌の曲(おいおい)2曲は新曲。
初回特典として自主制作映画「十二月の太陽」の」DVD入り。
は?
自主制作映画???
「約2時間にわたるB級大作映画」とのこと。


この2時間の自主制作映画DVDがついて、お値段なんと



525円(税込)!!!



初回限定価格とはいえ、さすがyabuki様です。物価等の違いはあれど世界最安ではない
でしょうか。一体何を考えているのでしょうか。
是非!是非!是非!欲しいです!
販売元は沖縄レコード商事株式会社。どうやら沖縄流通のようです。
いつも楽しく拝見しているПсиさんのサイト[seraphita.org] or [virtual fallen' angel Пси 714th]でもこのアイテムに注目しているとのこと。(http://www.seraphita.org/day/archives/2004/12/post_34.php
Псиさんがタワーレコード那覇店に問い合わせしてみるも、入荷が遅れている&発送はしないとのこと。
どうやら本気で沖縄でしか売らないつもりらしい。キエーっ

絶対見たい!まだまだ続くyabuki様伝説!
ということで終わりです。
長くてすみませんでした。
maemuki.hatenablog.com
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