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クリスマスに「ひとり」のあなたにおすすめの曲 飯島愛「あの娘はハデ好き」

メリークリスマス!

おめでとうクリスマス!ありがとうジーザスクライスト!

みなさん幸せなクリスマスを過ごすんでしょうね〜

「大事な人」と、愛に包まれた幸せな時間。

一年に一度、なぜか前日の「イヴ」の方が盛り上がる変な祭り。

祭り?じゃありません。イエス・キリストの誕生日です。

 

「日本人ってキリスト教徒がそんなに多いのか」というのは定番すぎるツッコミですね。みんな、本気でイエス・キリストの誕生日を祝ってるわけではありません。

 

じゃあなんで、ここまで盛り上がるのか。それは「楽しいから」「楽しくしたいから」

「楽しいことが待っているかもしれないから」です。

要するに「レジャー」の一貫です。

「レジャー」とは義務ではなく、生活の余っている時間を予算をかけて費やすためのものです。

つまり、無くてもいいものです。必要がない。

でも人生にとって「楽しいこと」が必要な人にはクリスマスは必要なのかもしれません。

それは「楽しいことを売りたい人」もいるということです。要するに商売ですね。「楽しいこと」を「売りたいもの」にする、という商売もあります。商業の基本です。そうです。日本におけるクリスマスとは「商業」なのです。

 

この頃になると、保育園児だった自分にあったことを思い出します。

保育園はクリスマスの飾りつけがされて、記憶に定かではありませんが、白人のおじさんがサンタのコスプレをした人が来て、おかしを配ったりとか、そういう「夢」のあるイベントもありました。

そして「サンタさんがプレゼントをくれるかもしれない」と思っていたかもしれません。

ただ、僕ははっきり覚えているのですが、そのクリスマスの飾りつけに彩られた保育園で「わーいサンタさんたのしみいい」と騒ぐ保育園児にこう言いました。

は?サンタさんなんていないよ!いるわけないじゃん!

園児たちはしばらくの沈黙の後、泣きだして僕に抗議をします。

「うへぇ〜いるもん〜サンタさんいるもーーーん」」

「だからいないって!いないいない!」

こっちも折れません。実際いないんだから間違ってないです。

そうすると保母さんが駆けつけてきて「どうしたの?」と聞きます。

「うへえーサンタさんがいないってこの人がいうのおーーー」

「あっ」

保母さんは全てを悟ったのか、なんとか彼らをなだめてその場は収まりました。

内心「余計なこと言うなよこのクソガキ」と思ってたかもしれません。

 

家に帰って母に「サンタさんっていないよね」と確認したかどうかは覚えてません。クリスマスプレゼントが貰えるかもしれないという打算は当時からあったので、言わなかったもしれません。

 

実際、サンタクロースは「子供の夢」なのです。存在しない。そしてクリスマスは「大人も含めたみんなの夢」であり、実質のところは「商業」なのです。

夢を見ることはいいことですが、「ひとり」でいる人、孤立している人には関係のない話です。なんのメリットもない。

しかし「クリスマスにひとりはさみしい」なんていうフレーズでマスコミはネタのひとつにします。今日も「クリぼっちの男性が3割」なんて記事がありました。クリぼっちとかなんだよしね!

headlines.yahoo.co.jp

まあでも、このブログもそうです。

でもただの商業イベントなのに、自分という人間の優劣がつけられるなんて不快と思うので、どうしても紹介したいクリスマスに関連している曲があり、このブログを書きました。

 

その曲は飯島愛さんの「あの娘はハデ好き」です

www.youtube.com

 歌詞:

www.joysound.com

注目は飯島愛さんが作詞したというこの詩です。

曲調は明るい感じで、本人もニコニコ愛嬌を振りまきながら歌ってます。

あの娘は 派手好き

青山のマンション

 

だけど日曜日の夜

電話が止まった 

歌い出しからこんな感じです。明るい曲調にごまかされてますが、ハッピーな歌詞ではないです。青山のマンションなのに電話が止まるなんて。

さらにBメロでは

「遊びだけならば

都合はいいけど

恋人には出来ない」

彼氏が笑った

さらに2番のBメロでは

遊ぶだけならば

都合がいいけど

親友にはなれない

彼女は笑った

 

あの娘はハデ好き

友達がいっぱい

だけど入院した時

来たのはママだけ

引き続き、明るい曲調で笑顔で歌っていますが、歌詞は絶望的です。

自分を冷静に観察して、皮肉っぽい揶揄を織り交ぜてます。

「彼氏」に「遊びにはいいけど、恋人にはできない」と笑われ

友達には「遊びだけならば 都合はいいけど 親友にはなれない」と笑われる。

 

友達はいっぱいなはずなのに、入院しても来たのは母親だけ。

 

明るい曲調に、軽いメロディ。笑顔で歌っている飯島愛さん。曲中には「あいちゃーん」という掛け声まで入っている。普通のアイドルのようです。普通ではないのですが。

そして歌詞を読んでみると、ものすごく、ものすごく孤独な歌詞です。

この曲を観客に手を振りながらニコニコして歌っていた飯島愛さん。どんな気持ちだったのでしょうか。

 

飯島愛さん作詞とのことです。ゴーストライターなんて説もありますが

どちらにしても、飯島愛さんの本当の姿や、苦悩を描いていると感じます。

 

飯島愛さんは、AV女優でした。

しかし、タレントとして「普通に」成功して、「スター」と呼んでもいい位置の芸能人になりました。

そんな人は僕が知る限り他にはいません。AV女優として、本物の「女優」になった人はいたと思いますが、成功してはいないと思います。逆に、芸能界である程度成功したのにAV女優になった人はたくさんいます。

飯島愛さんがAV女優だったことは、「公然の秘密」でした。「公然の秘密」であることに触れることすら、タブーだったような気がします。ダウンタウンが、そのことに触れてしまってそれ以来共演NGになったとかいう噂がありましたが、事実は事実です。

難しい問題です。

ただし、所属事務所は「ワタナベ・エンターテイメント」という今でも、そして昔からも芸能界の大手の事務所の「ナベプロ」の系列の事務所でした。そこの力は強力です。

飯島愛さんが「あれ(AVの”飯島愛”)は他人です!ニセモノ!」と言ったのを覚えてます。そんなはずないのに。

 

そう言い切るにはやはり矛盾があります。

本人がAV女優だったことは事実です。でも、無いものとして扱われて、人気が出た。「AV女優だった」ことを売りにせずに、公然の秘密として、公然の秘密にもならないくらい気にされなくて、普通に人気が出た。

矛盾がありますが、そもそもAV女優という仕事自体がそんなに悪いものなのか、「恥」であるのか。本人は「恥」だと思っていたのか。

 

そのあたりはやはり最後に全てをぶちまけた著書「プラトニックセックス」を読めばわかると思います。しかし僕はまだ読んでいません。

いつか必ず読みます。

プラトニック・セックス

プラトニック・セックス

 

 

そして、この曲の最後の歌詞。

僕は飯島愛さんが亡くなって、しばらく経ってからこの曲の存在を知りました。

 

あの娘はハデ好き

いつも楽しそう

 

だけどクリスマスの夜

淋しく過ごした

 

彼女の遺体が発見されたのは2008年12月24日です。クリスマス・イブです。

実際に亡くなったのは12月17日のようです。

 

どちらにしても、偶然にしても悲しすぎる。

彼女は孤独だったんだと思います。

自分を偽って、それでもたくさんの人が支持してくれた。それがもしかしたら嬉しくもあり、苦痛だったのかもしれません。

「本当のこと」を全て打ち明けること・そのあとにそのまま活動を続けていくのか、すっぱり足を洗うのかどうか、その葛藤の末に芸能界を引退したのでしょう。

 

そして、クリスマスイブの日に、遺体が発見されました。 

 

クリスマスになると僕はこの曲を思い出します。飯島愛さんの特別ファンだったというわけではありませんが、この歌を知った時に、すごくすごく切なくなりました。

 

幸せなクリスマスソングばかりが溢れているこの世で、クリスマスソングでもないこの曲のことを毎年思い出してしまう。

そういう人間がいるということを知ってほしくてこのブログを書きました。

最後はこの画像でお別れです。ここまで読んでくれてありがとう。

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