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【ドラマの感想】2月7日 ドラマ 「カルテット」 第4話感想 主題歌「おとなの掟」レビュー

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主題歌「おとなの掟」レビュー

本日ドラマ「カルテット」の素晴らしい主題歌、「おとなの掟」が配信限定にてリリースされました。早速購入したので感想を書きます。

作詞、作曲は椎名林檎さん。アレンジは椎名さんと斎藤ネコさん。

歌唱メンバーとして主演の四人が「Doughnuts Hole」弦楽四重奏団の名前でクレジットされています。

そして、ピアノのメンバーにヒイズミマサユ機さんが入っています。この方はかつて椎名林檎さんが組んでいたバンド「東京事変」に参加していた方で、東京事変のデビュー曲であり名曲でもある「群青日和」を作曲した方です。

最近はH ZETTRIOというジャズバンドにて活躍中で僕も大ファンです。ちなみに「アフラック」のCMのピアノの音楽も彼の曲です。

 

この曲の出だし、1秒目。そこでまず「ハッ」にハッとした。

巻真紀(松たか子)が息を吸う音、それから始まる。テレビでもうっすら聴こえていたけれども、音源だとやはりはっきり聴こえる。ここがすごく印象的。このドラマがミステリアスな劇である、そして「おとなの掟」というタイトルの曲だ、ということをここで、1秒で表現しているような気がした。

 

歌が始まると、バックはもちろん「カルテット」弦楽四重奏。徐々にピアノにパーカッションが加わる。

しばらくは巻真紀(松たか子)がメインボーカルで曲が進行する。

「嘘でも 本当でも」というところで、違う声でハモリが入ってくる。女声の声。カルテットに女性は二人だけ。世吹すずめ(満島ひかり)の声だ。

 

そのまま2番は世吹すずめ(満島ひかり)の声が唄う。「滅びの呪文だけれど」という一説の始まりから、2番に入る。なんとなく彼女のキャラクターにあった歌詞だ。 

2回めのAメロは世吹すずめ(満島ひかり)のウィスパーの土壇場だ。巻真紀(松たか子)は旋律の下なのに、時々割り込んでくる。そういえばドラマでもお互いに秘密を持ちつつ、近づきつつ、という関係だった。それを表しているのか。またこの部分の歌詞が、世吹すずめ(満島ひかり)の過去のように聴こえる。

 

そして1回目のピーク。「私が主役よ」というように、巻真紀(松たか子)が割り込んで主張する。強くイメージながらも今の状況に後悔しているような、そんな歌詞、そしてそんなメロディだ。

「言葉の呪いも鎧も一切脱いで剥いでもう一度 僕らが出会えたなら」

 

ここまでのドラマを見ていれば単なる「仲良し弦楽四重奏団」の話じゃないとみなさんお気づきだろう。実は「とんでもなく仲良しだけど、とんでもなく心の底では憎しみ合っているおかしな弦楽四重奏団なのだ」と。

そして刹那的な間奏を挟む。ここで主旋律を奏でるのは、ヴァイオリン、と思った。普通はそうなのだが、ヴィオラに聴こえる。ヴィオラ。「最も人間の声に近い」と言われている楽器。どうなのだろうか。真実を知らない。聴き分けに自信がない。

そしてここでヴィオラ奏者の声、家森諭高(高橋一生)の声が加わってくる。もう一人の男、別府司(松田龍平)ではない。このドラマの番宣で、松田龍平には歌唱の経験が無く、あまり唄うところがなかったと言っていた。それを高橋一生は知っていたのでレコーディングの際、彼をずっと見つめていたとのこと。

高橋一生はミュージカルの経験もある手練の人である。ここで高らかに歌われる声も素晴らしい。ソロが無いのが寂しいが。

 

巻真紀(松たか子)の独白のような箇所から「第2のピーク」が来る。これはドラマのエンディングでも流れる部分。初めて聴いた時に凄く感動した。椎名林檎はやはり天才だ。他社へのソングライティングでも評価をされているが、これは特にすばらしいと感じた。エクスタシーということばを思い出した。そのフィナーレは、密やかに終わる。

 

松たか子、やはり素晴らしい歌声。歌手デビューした時はたどたどしい歌だった記憶だが、いつのまにか成長していた。「アナと雪の女王」の「Let it go」日本がその歌唱力に震撼した。満島ひかりの歌、正直言うとちゃんと聴いたことがないけれども、彼女のミュージカルで鍛えられたと、この歌を聴いて感じる。彼女は主役の一人だけど、決して単独主演ではない。その役には意味がある。そのキャラクターに相応しい声色で歌っている。

 

 第4話 感想

「今日はヴィオラの人が主役」と、匂わせていたがそのとおりだった。最近、もの凄く人気の人だ。なんだか気持ち悪いくらいに。それを知ると彼が良い意味で「気持ち悪く」見えてくる。これは褒め言葉だ。この家森諭高は巻真紀(松たか子)を凌ぐ謎の人物、それは過去も含めて、行動、趣味、動き、等全て「気持ち悪い」。それはそう演じているのであって、その演技力の高さの表れだと思う。

今日は「ゴミ捨て」が大きなポイントとして、扱われていた。軽井沢のゴミ事情はよくわからない。私のもう一つの家は「北軽井沢」にある。要するに、公的には「群馬」だから、ゴミの処理方も主人公たちの家がある軽井沢とは異なるはずだ。私が今、住んでいるところは軽井沢の隣の市だが、ゴミ事情は実はよくわからない。ただ、「ゴミセンター」みたいなところが家からかなり離れたところにある。ゴミ収集車が家の前まで来ているのは、みたことがない。またそれを表す標識などもない。

「ゴミ捨て」が彼らにとって、大きな問題になる。それはわかる気がする。寒い中、結構な距離を歩いたところに収集場所があるのではないか。今日の放送ではそこがどこかはわからなかった。

そして「寒さ」が強調された日でもあった。寒くて風邪を引いた人物が何人もいた。本当に軽井沢は寒い。この前なんてマイナス-15度とかだった。

 

家森諭高(高橋一生)の過去のことが明かされる。彼の部屋で。世吹すずめ(満島ひかり)がトイレのスリッパを履いたまま部屋に入り、注意される。この後、また別の人でも他人ではない人が同じ目に合う。そして最後、以外な人物がそれを履いたところで物語を終わりに近づく。トイレのスリッパが何を表しているのか。潔癖症なのか。

家森諭高(高橋一生)の部屋、沢山の本があった。辞典のような、全集のような。大きな本が本棚にきれいに並べられていた。そこから彼の脳みそ(本棚はその人を表すとよく言います。)を知ろうと思ったけど、本のタイトルが見えなかった。

そして結婚をして離婚をして、子供がいる。衝撃の過去というわけではないが、みんな知らなかった。話していなかった。このメンバーはみんな過去があり、それが明かされてしまった。と思ったが、来週、「残りの一人」が主役のようなので、全てがそこでわかって、何かが終わって、何かかが始まるのだろう。来週が「第1章完結」と予告で出ていた気がする。

 

彼の子供と妻の消息がわかり、「恋人の振りをしてくれ」と世吹すずめ(満島ひかり)に頼んで、車で横須賀に向かう。軽井沢を出て、東京方面へ向かう。途中「薄い軽井沢インター 6km」と標識が出て、思わず吹き出す。仮にも「軽井沢」インターなのに。軽井沢からインターまでかなり時間がかかるからだ。途中は山道で厳しい。

その場で妻の「茶馬子」と再開し、子供を奪い、軽井沢に逃げる。その時は軽井沢にきた「茶馬子」の愛人の男もいて、居場所はすぐに特定されるのに、なぜと思ったが、彼の帰る場所はそこにしかなかった。

 

高橋メアリージュン演じる茶馬子、とても演技がうまかった。ビンタは爽快だった。高橋一生に動じず、最後までその強い役を貫きとおし、「言ってはいけないこと」を言ってしまった、家森諭高(高橋一生)が言った言葉を再度その場で言った。それは致命的だ。確かに致命的だと思う。僕としては、彼の言い分もわかる。しかし、そこで愛しい子供と妻を断ち切った彼は、強い人だと思う。

 

終盤は子供とデュエットで子供がリコーダーで吹いていた「フレールジャック」というフランス民謡を例のレストランで演奏していた。茶馬子もそれを見つめていた。

もしかしたらまだ二人は続くのだろうか。

そして家森諭高(高橋一生)はソロでヴィオラを引き出した。ヘ短調無伴奏の曲。

残念ながら今のところ曲の特定ができていない。

ヴィオラの曲で「ブラームスヴィオラソナタ」がへ短調だったからそれかもしれないけれどもあとで「ティーバ」で観て確認してみようと思う。

 

ヴィオラは人間の声に最も近い楽器」と前述したが、その通りの演奏だった。

悲痛で人を苦しませた、そして自分を苦しんでいるような。それを音で、声で届けたい、そんな演奏だった。その声が届いたのか、届かなかったのか。

 

終盤の下りは「また悪夢が始まる」といったような、後味の悪いものだった気がするが、もともとはそういうドラマだったのだ。仲良しだけど、憎しみあう、みんな嘘をついている。だけど愛し合ってもいる。

カルテットは混迷を深めて、様式から逸脱しようとしている。

まだ4回目。まだこれから。

 

ちょっと早く書き飛ばしてしまいました。

ここで終わりにします。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

5話はこちら

【テレビの感想】 2017年2月14日 ドラマ 「カルテット」第五話の感想 絡まった糸 - さわやかトラウマ日記