今朝も目が覚めてしまいました。
カーテンの隙間から、光が見えました。明るい光。
「嫌だな」と思いました。
カーテンを開ける勇気が無く、そのまま横になったまま、灯油ストーブのスイッチを付けて、ずっと何もせず布団にくるまって、動かずに。
最近の目覚めのきっかけは「寒い」ということに気づいてしまいました。
ずっと灯油ストーブを付け続けるわけにはいきません。二酸化炭素中毒になるかもしれないからです。だから寝る時には消さなくてはいけないし、自動的にアラームがなって止まります。「ピッピッ」と定期的に、その音が鳴り続けます。
「うっせーな このクソストーブ」
僕は、このストーブが好きではありません。つねに全力投球で、加減を知らずに、温度を設定したとしても、同じペースで温風を出し続けます。なんでこんなひどいものを作ったのでしょうか。テストとかしなかったのでしょうか。まさに「クソストーブ」です。
毎日、毎日、こんなことばかり。
しまいには、今住んでいる山奥に対して「クソ山」と命名してしまいました。
クソ山です。クソ山。
大好きな「ポッポ牛乳」をコップに入れて、部屋に戻り、カーテンを開けました。
そうしたら、なんという美しく澄んだ青空に、木々が光に照らされて。
そんな風景を毎日のように見るたびに、なぜか孤独感を感じるのです。
自分が自分の思うような人生を行きていない。
山の中で、ずっとひとりぼっち。
自分のことを、誰も知らない街。
車がないと、どこにも行けない街。
ずっとひとり。ずっとひとり。
こんな生活が何ヶ月も続いてます。
心はどんどん弱っていって、人と接していないので、話をするのが怖いのです。
本当は、前のように人と話して仲良くしたいのに。
孤独。
孤独なんて言葉はバカバカしいと思ってました。
甘えだと。そんなものは甘えだ。心の持ちようだと。
孤独なのは、ある事情があって、廻りに嘘をついていたので常に孤独なので
慣れていました。
それでも僕の廻りには人がいてくれた。
いまはそれがいない。
ヴィジュアル系が長年好きで、「ダーク」で「絶望的」な状況の曲を聴き付けられていたのは、自分が本当は幸せだったからもしれません。単なる傍観者だった。哀しい人を演じる人を観察して、心の底では楽しんでいた。音楽とはエンターテイメントだから、それでいいのです。
実際に自分がそのような状況、先の見えない暗闇の中に取り残されると、本当につらいということが、わかってしまいました。
以前はなかったことが、自分に起こるようになりました。
突然に叫んで、泣いて。泣き叫んで。
それでも一人なので、誰にも心配されません。
一人でいることは、自分で選択したことです。親と住むともっと辛くなるから。辛かったから。申し訳ないけど。傷ついてばかりだったから。きっと親も傷ついていたと思う。
そして、大好きだった姉と妹との心の距離も近づけることに失敗してしまった。
うらやましい。
うらやましい。
バンド活動をして、好きな音楽をやっている人たちがうらやましい。
僕も音楽をやりたい。
かつては僕も活動していたのに。
ヴィジュアル系の暗くて絶望しているのに、メイクして髪染めて、どっかで聴いたような曲を乱発して、ライブして、ギャーギャーボーボー叫んで絶望的で文学的ではない歌詞を書いたり、楽しそうです。羨ましい。僕も楽しく絶望したい。仲間と。バンド仲間と。ツアーなんて、本当にうらやましい。山以外、どこにも行っていないから。かつて一人で行った海外旅行のことが忘れらません。
そんなに楽しそうな状況なのに、なんで絶望的なのでしょうか。理解ができない。
前に聴いた新しいヴィジュアル系バンドの暗い絶望的なのが売りのアルバムをききましたが「嘘の絶望」だとわかってしまってそんな自分に絶望できたので、それがそのバンドの本望だったのかもしれません。
本当に彼らが絶望しているのか、それが音楽から全く伝わらなかった。
絶望的な文字が並んでいる歌詞なのに、まったくそれが伝わらなかった。
彼らには「絶望の才能」がないのです。音楽の才能についてはわからない。
でも、「絶望の才能」がない。良いことじゃないですか。
うらやましいです。
僕にのこされたのは「絶望をする才能」だけです。
こんなことがあたまをぐるぐる回っています。
なんてことだ。
悪夢です。
これが悪夢です。
長年、悪夢のような音楽を聴いてきて、本当に悪夢の中に引きずり込まれてしまった。
だからといって、もちろん光に満ち溢れたリア充音楽を聴いても癒やされません。
この先、どうしたらいいのか考えて、いろいろ行動をしても
全部ダメでした。全部だめ。
このままこのクソ山で、滅亡していくのか。
死ぬのなら、大嫌いな山じゃなくて、海で死にたい。
最近は、生への渇望すら、失ってきつつあります。
自分がこわい。
ここまで書いたことは、僕の心の中にある現実です。
フィクションではありません。
これは歌詞ではありません。
メイクでカッコよくみせてる長髪の男の独白ではありません。
40歳の、みじめなおじさんの現実なのです。
暗いこころに、現実的な明るい光が降り注ぎます。
なんて明るいんだ。照らさないでくれ。お願いだ。
今日も、自分に課せられた自分という人生に引きずられながら、過ごします。
なるべく人前で泣かないように。思いつめないように。
涙が止まる、薬があればいいのに。
薬局で聴いてみようかな。
僕は本気です。
ここまで読んでくれてありがとう