さわやかでまえむきな人間になりたい男が
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【お花見文化】お花見の妄想

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(撮影まえむき 京都にひとりぶらり旅をしたときの写真です!)

 

もうすぐ春ですね。

ほらね春が来た

春なのに。

お別れですか。

 

おはようございます。さわやかまえむき日記のさわやかまえむきです。

さわやか「トラウマ」から変えたのですが、あいかわらずそのことに対して、特に何の反応もありませんでした。

「ふーんそうなんだ」という声すら聴こえてきません。「ふーんそうなんだ」というのは、僕がかつて働いていた会社の社長様のモノマネのネタなのですが、それをやることも、なくなったと、ふと思い出したのです。

「ふーんそうなんだ」深い言葉です。そして、今日のテーマは「お花見」ですが。

これに関しても、「ふーんそうなんだ」以外、特にありません。

 

春というものは、僕はとても好きな季節です。春が来て、寒い季節が終わる。

それは心の解放を意味するのです。「解放を・・・!(hyde)」

そして、花が咲き乱れます。あたたかい空気の中で、赤白黄色、そして・・桜も色づく。

 

そして人々は「花見」と称して桜の下に集います。

桜の樹の下には屍体が埋まつてゐる!とはおもわない人たちが(梶井基次郎の文章です)集まっているのです!桜の樹といえば、屍体。そうなのです。

 

それよりも、桜を見るというより、ブルーシートを引いて酒のんでどんちゃんさわぎ!そして「さくらーさくらーんいま〜まいおどるぅ〜」などと、森山直太朗さくら(独唱)をみんな合唱したりするような、さわやかくそまえむきな集い、それが「花見」なのです。違いますでしょうか?しょせん酒飲みのための集会なのです!

 

そのような場所に行った記憶は、もちろんあります。

僕は今や、「究極のスタンドアローン」状態ではありますが、かつては「東京のちょっと有名な企業で働いているOL的な意味でリア充というか平凡なOL的な男」だったのです!当然花見とか、パーテーとかにも行ったことがあります。

しかし、「会社の花見」には行った記憶はありません!断った記憶ならあります。

ただし「二子玉川ちかくの多摩川河川敷での豚の丸焼きパーテー」には行った記憶があります!オシャレでしょう?うっとり・・・

今や、長野の上田城でお堀の鯉を毎日一人で眺めるまいにち・・。田舎で孤独・・。

 

「一般的な花見」が嫌いな理由は、まず集団行動であるこということです。

知っている人との集団行動も基本的に苦手なのですが、次から次へと、知らない人がやってくると、恐怖。恐怖です。

(例:知らない知り合いの知り合いの男性との会話)

「んちわー オオヤマです」

「(誰だろう?あいさつしておこう)こんにちわ!まえむきです!」

「あーどうもー(なんだこいつぱっとしねーな)」

「あ、あの今日はどなたに誘われてききたのですか?」

「ジェイジェイに誘われて。あ、自分ネットシンクのものです(こいつ情弱っぽいから知らないだろうな)」

「ジェイジェイくんとはいつも仕事してました。ネットシンクのオオヤマさん。よろしくおねがいします(全然知らない会社だ・・・でも悪いから知ってるふりしなきゃ)」

「まえむきさんは会社で何やってるんですか?企画ですか開発ですか」

「・・・どっちもともいえないのですが・・(QAなんて知らないだろうな・・)」

「あ、自分トイレ行ってきます。」

「はい」

「ジェイジェイ、なんだよあいつ、まえむきとかいうの、お前の会社変なやつばっかりだな。イメージと違うと思うよ。」

「そんなことないよ。うちの会社、昔CAに「11階の秋葉原」って言われてたし、問題ないよ。」

「お前の会社の受付の美人の子が来てたからそこに移動しよう」

「俺もいくわ」

 

 

(みんないなくなっちゃった・・・。さくら、きれいだな・・)

 

https://www.instagram.com/p/BQ0Si75D8Wy/

 

こんなことが、あるかもしれません・・・

うつですね・・・

行きたくない!

 

とうぜん、知らない人と出会えること、それが花見、知人との花見の醍醐味ともいえるかもしれません。が、

知っている人と話すのは得意なのですが、知らない人と話すのが、あまり得意ではないのです!くつうです!

ただ、「知らない男性たち」は特に苦手ですが、「知らない女性たち」は結構得意かもしれません。

(例:知らない女性たちとの花見での会話)

「はじめまして、まえむきです」

「はじめまして。まえむきさん、わたしえみかです。こちらはよしこです。同じ会社でふたりともデザインやってますー」

「デザインなんですね。デザインの人ってオシャレで可愛い人多いですよね。二人ともかわいいです。」(これで余裕だな・・)

「わあーお上手ですね!」

「本気で言ってますか?」

「よしこ、よしなよ〜たぶん、本気じゃないとはおもうけど。。。」

「本気ですよ!僕はいつだって本気でマジでピュアなんです」

「ピュア!」「マジもピュアもそんなことばひさびさー」

「僕もそうですよ。さいきんピュアなんて言葉マジつかってないです。和久井映見のドラマ以来です。」(ちょっと古かったかな)

「あったあった覚えてるーっていうか小学生のころだったかも。あんまり覚えてない」

「よしこちゃん、若いんだね。私中学生だったかも。。。そういえばまえむきさんはおいくつなんですか」

「18歳なんです。こころはまだ処女です」

「!」

「本気でいってますか?」

「えみか、、まえむきさんはピュアだから・・。まえむきさんはピュア」

「(まえむきうなずいて)ところでみなさん、桜でも、見ませんか?」

「そうでしたね。今日は花見だったーー」

「実は、わたしえみかとよしこと、その他もろもろで”やけざけおとめだコノヤロー会”っていうのをやっているんです。まえむきさんも参加されませんか?まえむきさんは確か男性だと思いますが、残念ながら乙女的であるとお見受けしましたので参加していただきたいです。やけばちに中目黒で開催しています」

「中目黒!それはそれは・・・参加します」

「さすが、中目黒に反応するなんて」

「はい。友人が中目黒に住んでいたので、家にいくついでに花見の季節なので見に行ったら、中目黒で桜を見たい人たちが集結していて、ものすごい数の人たちが、わざわざ埼玉県や千葉県から中目黒に集結していたんです。東急は神奈川に繋っているのに」

副都心線乗り継ぎで埼玉、しかも東武東上線ともつながるようになりました。つまり中目黒は埼玉とひとしい、というのが私達の考えです」

(まえむき:なんだかすごい人達だな・・坂戸とか東松山以北の人たちなんだろうな・・僕はふじみ野に住んでたから、ちょっと彼女らより格が上なのかもれない・・)

「ありがとう。よしこ。説明してくれて。まえむきさん、その点についても中目黒で話し合いましょう」

「わ、わかりました」

 こんな楽しい異性達のふれあいもしたいのです。なぜ僕は異性と気が合うのでしょうか。

基本的に異性はみんな「意識が低い」人が多いという認識です。それは失礼かもしれません。「意識が高い」女性の人は、女子に嫌われる傾向があると、過去に体験したからです。

そして「意識の低い男性」は、誰にでも嫌われがちですが、「意識の低い女性」は、好きではないけど、相手をしてくれます。

 

花見とは関係なくなってきました。

 

花見とはおとなの世界だけではありません。子供も、そして老人も参加します。

こども。こども。

実は、僕こどもが大好きなのです。子供がいたこともあります。

それは妄想なのですが・・・息子、ディール・サジタリウスは死んでしまいました。ディッセルドルフの外れにあるサナトリウムで・・

は、やめましょう。最近、大島弓子の読みすぎで、頭が完全に少女化しているのです。

そして、「子供と仲良くしたい」という気持ちはいつもあるのです。その近づきの手段として「花見」は最適です。

こどもは「外」が大好きで、もちろん「桜」も大好き。純粋に花見だけを楽しむのです。穢れた酒なんて液体(僕は酒が飲めません)を口にしたりしない、おこにあるかもしれないおかしには興味はあるかもしれない。僕もおかしだいすきー

 

こどもと触れ合う機会があって、「子供と仲良く出来る方法」を編み出しました。

それは、「自分が子供と同化する」ということです。もちろん、それは言葉だけではありません。すべてをすべてを子供と同化、同レベルの人間になるのです。

赤ちゃん様でしたらお口を開けてわあわあと言って両手を上げて何かをやっていたら、自分もそれをやれば、気にしてくれます。もし笑ってくれたなら、成功です。

しかし、引きも重要です。その喜びを持続できるのかできないかのか、見極めが大事なのです。おそらくその引き際を知っているのは母親です。母親が仲良しの人だったら、そっと「ソフトな拒絶」を遠回しにしてくれます。こちらもそれを察知してパッと引きます。

でも、赤ちゃんから離れていても、顔が見えていればまたチャンスがあるのです。

顔を見て、目を合わせることができたら、そのまま、口と頬を動かすのです。あとはおめめをパチパチ、そしておめめパチパチと口ぐにゅぐにゅ。これの合わせ技。

これで赤様は喜んでくれます。

 

そして赤様との「会話」もできます。「ばあばあ」といったら、ちょっと違った様子で「ばあばあ」と自分もいうのです。そしたらまた違う「ばあばあ」が返ってくる。返って来ない、そして「泣き出し」の可能性も・・・そしたら引くのです。

あとは「動きの同調」もあります。よくわからない動作を赤様がしたら、同じ動きをするのです!そしたら、なんらかの反応をしめしてくれます。

また、最終的に「体験の同調」ができると良いと思います。たとえば「ママに怒られて泣く」のです。まえむき「ママーおかしたべたいよお〜わーん!」赤さま「うえええ〜」母親「・・・」

その時真の友情が目覚めます!

 

でも、実際におこさまと触れ合える機会はありません。

ショッピングモールのフードコートで遠くから見守るだけ。

目をあわせようと、母親様にみつからないように、ひたすらスキを探して・・・。あやしい。あやしいおじさん!それは「気をつけて」の対象「知らないおじさん」なのです。こんなにやさしいおじさんなのに。「知らないおじさん」は敵なのです。

 

そして子供らにとって僕が「知っているおじさん」であっても、親に敵認定されると、会えません。

そんなことを体験してしまって、またうつです〜(T_T)

本格的にはなしがそれました。「おこさまとはなみがしたい」というのが言いたかったことです!

 

このブログもそろそろ引かないといけません。

しかし、サクラの季節はこれから。

ということで次回(次ブログではありません)の桜シリーズは「サクラ」の話を書こうとおもいます。

 

終わり!