さわやかでまえむきな人間になりたい男が
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【随筆】足がおかしい、走れない

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ここのところの一番の悩み、それは「足がおかしい、走れない」ということです。

足がおかしく、うまく歩けない。そして、走れない。

もちろん、かつて、東京にいた頃は、普通に普通に歩くことができていました。

 

しかし、できなくなりました。

原因はわかりません。

 

身近にいる人達には「運動不足だ」ということを言われました。

無理もありません。その時住んでいたのは山奥、くっそ山奥の別荘地。

そして、長い冬の間でした。

外には何もありません。

整備された林、人間の手の入った森林、開拓されたあとの荒れ地

舗装していない道路、靴が泥だらけになる道、坂道

「寒いのが嫌い」ということを、改めて強く認識させてくれた、ひどい寒さ。

 

そんな状況なのですから、外になんて出ません。出たら地獄だとわかっているようなところに、なぜ足を踏み込めるのでしょうか。

 

何週かに一度、ショッピングモールに車で連れられて、出ることもありました。

そういうところで自分が「歩けない」ということに気づくわけです。

当然、身近にいる人にはおかしい、と指摘されます。

運動不足が原因だ」と言われるのです。明らかに僕は歩行速度が遅くなり、それを笑われたりもしました。

「あなたの歩き方を見て、笑っている人がいたよ」なんてことも言われたりました。

「整形外科に行けないかな」と言ってみたりしたのですが、真っ向から否定されました。「そうか僕が脛かじりだから経費削減なのかな」と思っていましたが、違いました。

 

僕はいずれ、街に出て働くことが決まっていました。

この足をなんとかしなくちゃ。早くこの地獄から出て、早くふつうに暮らしたいから。

 

どうしたらいいんだろう。

とりあえず、僕は「出来る限りの防寒」を自らに施して、外に出ることにしました。

道の照明はかぼそい、まるで戦後のような貧しいものなので、夜の外出はできません。

ただし、住んでいた家の電気の都合でよくよくヒューズが飛んで室内生活に懐中電灯が必須でしたので、日が暮れそうな時は懐中電灯を携帯して、外に出ました。

 

やはり寒くて、道はどろ、雪、坂、何もない、今は誰も住んでいない別荘地。生命の危機、精神崩壊の危機しか感じない、そんな道でしたが、僕は歩きつづけ、段々と長い距離を歩けるようになりました。

それでも、かつて自分が自力で歩いて、日本、世界をひとりで歩いていろんなところに行っていたことが、信じられない、お金てきにもそうですが、実際に歩けなくなった。そんなことを考えます。

 

一歩、一歩、悲しみだけがひろがります。

 

そんな日々の中で僕はあることを決意して、実行しました。

何も起きない自分の生活に嫌気がさしました。

「そうだ、コンビニに歩いていこう」

もよりのコンビニエンスストアまで歩いていこう。

事件をおこしてやろう。何もない自分に事件をあたえてやろう!

 

「そんなことあたりまえじゃないの」って思うでしょうねえ。そして、僕の日記などを読んでくれてる人には「またその話か」と思うでしょう。

 

グーグルマップでは家からそこまで「片道45分」と出ていた記憶があります。もちろん、そんな時間ではたどり着けないことも、わかっていました。

山なのですから、そのようなコンビニエンスストアに行くには「行きは下り坂、帰りは上り坂」になります。実際になんどなんども車に乗せられて行き来している道でした。

なので、下りの道でも上り坂があったり、上りの道でも下り坂があったりするカオスな道だということもわかっていました。

 

自分で出来る限りの準備をして、僕は家から出ました。家の前の細道を出ると、長い下り坂となります。

ここを下ろうとして、何度も途中で挫折していました。でもこの日はどんどん進みました。割りと暖かい、わりとですが暖かい日だったからかもしれない。

いちおう車道なのですが、あまり車も通りません。この場所において、「一人で歩いている」ということは、かなり異常なのに。誰もきにせず、車でササッと僕の横を通り過ぎます。誰も彼もが通り過ぎていく。

車がにくたらしい。そう思うようになりました。東京にいたときはそんなことは思わなかったのに。

 

途中、「岩の上」に腰掛けたりしてゆっくりゆっくり歩きました。下りの道なのに存在する上り坂も攻略できて、僕は「ああ事件だ事件が起きた」と自分が誇らしくなってきました。しかし、すぐに絶望します。「自分は何をやっているんだろうか」「なぜこんなめにあっているのか」「バンコクや台湾、ミャンマーやローマ、フィレンツェヴェネツィアを一人で歩いた過去がにくらしい」

 

整備された嘘の冬の森の中でも、鳥たちは生きて鳴いています。僕は泣いているのに、やつらはチュンチュン、チュンチュン。ひどく鳴いています。

鳥の鳴き声はやみません。僕の耳と心を直撃してきます。そして「森の音」がすごいということも、気づきました。そんな自然でさえも、にくたらしくなってしまった。

 

コンビニエンスストアは、国道沿いにあります。

国道までなんとか降りると、恐ろしいほどの車達がひっきりなし走っていて、僕は恐怖を覚えました。荻窪の「環八」を思い出しました。思い出すのは、過去のことばかり。自分がただただ、情けない。

コンビニエンスストアに到着して、僕は100円の自分でいれる珈琲を買おうかと思ったのですが、手も足もその時にはもう、震えていましたので、ホットの缶コーヒーとホッカイロを買いました。

店内に椅子などはないところでした。極寒の外に出て、飲みました。

 

矢張り「何をやっているんだろう」という気持ちが湧き上がってきました。でも、「僕は自分に勝った」「勝った勝った勝った」そう思うようにしました。

負け続けてきて、もう気持ちが死んでいたから、そんなことでも嬉しかったのです。

足はもしかしたら、どうにかなるかもしれない、そう思いました。

 

そして、奇跡的に自宅へも帰れました。

翌日以降の身体へのダメージもほとんどありませんでした。

 

こうして今、街へ出ることができたのですが、僕の足はそのままでした。

アルバイトの面接でも「あるきかたが、おかしいですね」なんて言われたりします。

しかし、身近な人は僕の不摂生のせいだと言うことをいい続けました。

誰でも受かるようなアルバイトでも落ちてしまったのはそれが原因だったのかもしれません。

そして運良く受かったアルバイト先でも足のことばかり言われます。

心配してくれているのです。それはわかります。「病院に行ったほうがいいよ」と言ってくれました。

一日にたった4時間程度でも、僕の足は限界でした。走れない、立つことがつらい。

 

僕は整形外科にいくことにしました。

身近な人にそれを伝えると「ああそう。でもね。整形外科に行ったからって治るとは限らないよ

と言われました。

最近、身近な人とはそんなに会っていません。もっとも身近な人はアルバイト先のひとたちです。僕は身近な人の意見を尊重しようと思い、整形外科に行きました。

 

結果、僕の運動不足ではなく、神経の異常かもしれない、ということでした。

そして、整形外科の範疇ではないので神経科に行ってほしいということも言われました。紹介状を書いてくれました。

 

もっと早く医者にかかる必要があった。

そうわかりました。

僕の足はまだまだおかしいままです。

いくらがんばってあるいても、お風呂に長くつかっても、そのまま。

 

でも、治る見込みが見えた。それは大きいです。

 

本当にバカでした。

ここから離れたところで職につくことができましたが、足のせいでどれだけつらかったか、誰にもわからないと思います。

「同職全員で一斉に階段を1階上り降りする」ということもあって、僕にとってものすごく苦痛でした。階段がほんとうにつらくて、他人と速度を合わせて昇り降りができないのです。なるべく、後ろの方になるようにしましたが、ある時一番前になってしまって泣きそうになりました。

 

そんな毎日を終わらせてしまったことは後悔していません。「地獄」はそれだけではなかったからです。

 

しかし、前にも書いたように、僕には救いとなることがありました。

もしかしたらダメになるかもしれないけど、まだはじまっていないから。でも、よかったのです。

「家の外を一切歩かなくても、お金が稼げる」仕事です。こんな辺境でそんな仕事に就けるなんて。

僕の足はいずれ、治る。

それがわかった。

そして、膨大な無駄な時間もすごした。

みなさんに言いたい

「身近な人の意見を尊重しすぎるのは止めましょう!損するよ!」

 

終わり