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集団行動「集団行動」

 

集団行動

集団行動

 

 全く素性をしらないこの…「集団行動」という作品を何故聴いたのか。「集団行動」というタイトルは気になりました。気になります。「そういえば自分の人生は”集団行動”からほど遠いものになってしまったなあ」と思ったからです。それはいいとして。バンド名(3人組のバンドでした)も「集団行動」なんて。バンド名がまず「集団行動」というのも明らかにおかしいです。まだ「ゲスの極み乙女。」の方がマシだと思えるかもしれないほどです。もし誰かに「バンド名は”集団行動”にしたよ」と告げられたとしたら、どんな気持ちになるのでしょう。「え」「まじですか」みたいな。楽しそうじゃないですか。一人ユニットだったらわかるのです。「一人だけど集団行動」みたいな。劇団ひとり的な感覚です。でも、違う!そして、この作品がリリースされたのが、大手「ビクターエンタテインメント」だという事実!ナゴムとか、殺害塩化ビニールとかではない!驚愕です。A&Rの人は何か文句言わなかったのでしょうか。「そんなバンド名じゃ売れないよ」とか。言わなかった考えなかったのでしょうか。このバンドのメンバーが「相対性理論」という有名なバンドに所属していた人がキーマンだということもわかりました。それでしたら冒険的なバンド名にすることも…あまり考えられません。たとえ前バンドがどんな名前例えば「ゲスの極み乙女。」のようなものであったとしても新バンドが「集団行動」という事実は、重い十字架に違いありません。

そして聴いてみました。PVにもなっている「ホーミングユー」という曲が1曲めです。束の間のイントロへ経て、曲へ。「とりあえず曲の始まりでバンドフロントメンバーが一斉にジャンプ」をしそうな感じではないので、安心しました。岡崎体育さんがパロディでやってましたよね。出だしで一斉にジャンプ。楽しそうすぎて恥ずかしいです。バンドとは集団行動だと思わされる瞬間です。集団行動とは深いのですね。曲はクールでスピーディーでテクニカルでもありますが、基本的に音の数と音像は考え抜かれています。注目すべきは右側から聴こえてくるエレクトリック・ピアノです。コードの間の主音を外して俗に言うテンションコードを多様して浮遊感を演出しています。このバンドのキーマンはギタリストですから、ギターも重要なのですがたまに主張しつつでもフレーズの重要なポイントを引っ張る。そんな感じです。そしてボーカルは女性ボーカル。この方のボーカルは…非常に好きです。私めはアイドル好きなのにも関わらず、”ロック的なものにおける女性ボーカル”というものが基本的に苦手なのであります。なぜかというと「みんなやる気がありすぎる」ということです。男性ボーカルが皆さんやる気ないのか、というとそういうことではありません。女性ボーカルがやる気があると、ボイストレーニングによってボイストレーナーに洗脳されてしまい同じような声になって同じような歌になりそして曲も似たような”さわやかまえむき”的なものになってしまうという偏見が私めにはあります。駅前で歌ってる人等に多いです。この「集団行動」のボーカリストの方は、まず「声が可愛い」ということがいえます。しかし「私ってかわいいでしょ」みたいなものはなく、基本的に「やる気」をあまり感じさせない。けれどもちゃんとやってあげてますよ〜みたいな余裕も感じさせる。私はそういうボーカルが好きなのですが、あまりいないのです。大体の場合は「あああ〜」と声張り上げ系、歌で夢を叶えたい、思い共有したい系なのですが、この「集団行動」の方は、そういうものがありません。起きている事実を淡々と伝えています。

本題でもある「集団行動」との関連性ですが、もちろんのこと直接的に「集団行動はいやだね」とか「集団行動ってすばらしい」とかそんな言及は歌詞ではいっさいありません。「東京ミシュラン24時」という曲がありますが楽しげでパーティーソング、まるでピチカートファイブのような面持ちの曲なのですが、よくよく聴くと何度も繰り返される「東京ミシュラン24時」という言葉のいみがわからずなんだろう東京ミシュラン24時って…ミシュラン・ガイドブックで24時まで営業しているようなところはないだろう。東京にはない。他にもない。東京?24時?ガストとか?ミシュランにはない。しかし歌詞をよくよむと自作料理のような感じもします。ミシュラン的に私の作る料理はおいしい、みたいな曲なのでしょうか。そして楽しくそれをいただく、というような所もありますが、「誰と」それを食べているのかというものはありません。つまりこれは「集団行動」から外れてしまった人が、ミシュラン的なレストランにて食す「集団行動」を夜中に「孤食」にて思う。という曲なのでは。みたいな邪推がいたるところで楽しめるアルバムです。直接的に哀しいとか楽しいとか”集団行動”でなくても特に何もない歌詞達だと感じましたが、それは聴き込みがたらないからだわかりました。「バイ・バイ・ブラックボード」という「バイ・バイ・ブラックバード伊坂幸太郎の作品のおぱくり的オマージュ的な曲名の歌詞、なんだかとても切ない切な系西野カナ系的かもしれない歌詞ですが何かを強烈に欲しています。そして最後に「この日々を懐かしくしたくて」という歌詞に共感を覚えました。僕も毎日そう考えていたからです。この日々を早く懐かしくしたい。それは集団行動から外れてしまったから。かもしれない。です…。

この作品のジャケットですがやはり意味深です。現代的なデザインにて「集団行動」がわかりやすく描かれています。集団行動なのですが、孤立をしている人が一人見えます。孤立している人、集団行動から外れた人。それは集団行動ではない。しかし果たして「集団行動」というものを考えることは、「集団行動」にいない人においての方が、強いともいえると私は思うのです。理由は…もう書きましたね。

「集団行動」という言葉は、気になるものでありました。音楽業界においてです。集団行動的なものばかりが多い、とはみなさま思いませんか?アイドルが矢張りみなさまそう思うと思います。何十人単位の人間が訓練された極めて細かい動きを一斉に寸分違わず同じ動きをする!怖い集団行動〜。それが性別老若男女問わず集団で表れている!こわい!しかしそれは矢張り「ふつう」の考え方です。ほんとうの「集団行動」は他にある。傍観者たち。「集団行動」のファンの方々です。SNSの普及によって、価値観の統一が細かなところにまで及ぶことによって、より意識や行動において統率が取れるようになった。いいことです。しかしより「信者度」は増したことにより「集団行動」が容易になり、それが楽しいー!と思うようになってしまった!と思うのです。

バンド「集団行動」は特にロックらしくもなく(醒めた女性ボーカルは非ロック)ポップスともいいきれない、ポストロックのような冗長な音楽でもない、ジャズともいえない、そんな音楽です。そういう音楽はほかにあると思いますが、「集団行動」というあまり考えたくはないけど避けられない言葉を冠にしたということで、他とは違う行動になっているということで、アルバム「集団行動」はおもしろい、と思いました!

おわり