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【ヴィジュアル系】僕が「ヴィジュアル系」をあがった、本当の理由

 僕は「ヴィジュアル系をあがった」ということを公言しました。

maemuki.hatenablog.com

 その理由は

いつのまにか僕は「古いヴィジュアル系バンド」だけしか聴けない普通のおじさんになってしまった

そう書いています。でもそれだけではありません。

なのでハッキリ書きますね。

理由は、

最近目につくおじさんたちの「90年代のヴィジュアル系バンドへの盲目的な信仰振りが」おじさんぽいおっさん臭くて超かっこわるいから一緒にされたくない!

ということからです。 

 

僕は、今の「ヴィジュアル系バンド」に興味が持てなくなった。それは仕方がないことです。「あの頃」と比べたら、劣ってしまう。そうなのかもしれません。

でもそうではないのかもしれない。でも、そうではないことを確かめることすら、できなくなった。

だからあがった。と公言した。

 

ヴィジュアル系という言葉がまだなかった頃から活動していた90年代のヴィジュアル系と呼ばれる発端になったバンド」は本当に素晴らしいと、思います。でも、僕はそうとも言い切れない事情もありました。

僕は数々のバンドを好きになって、すぐに「あがった」過去があったことも明かしました。

maemuki.hatenablog.com

 こんな本当にどうでもいいことをわざわざ晒したのも、本当の「ヴィジュアル系」への愛があったからなのでは、と今では思います。

僕は、ヴィジュアル系は神聖なもの、だとは思っていません。でも愛を持ってそう思っています。

どのジャンルでもそうですが、輝かしい実績を残した時代でも、そのような輝かしい人たちだけではなかった。ヴィジュアル系もそうです。というかヴィジュアル系は傍からみたらそもそも「基本的にみんなゴミ」なのです。男が化粧をして、気持ち悪い独特な歌い方で、狂ったように激しかったり甘かったり、西洋的だったり。

みんなが理解できないもの、否定されてきたもの。そのような歴史があります。

 

それでもわずかな「理解」が広がって、どんどん広がって、ひとつのシーンを作るまでになった。そのような歴史を体感してきた中で、「もう未来はない」と感じる状況になったとしても、その後継の存在を無碍に否定することは、僕にはできません。

過去と比較して「理解」をしないことが美徳になるなんて、それは「ヴィジュアル系」の終わりとなることになると思います。

 

過去は美しいです。でもあの頃には戻れないのです。誤ちさえ帰せない。

過去にひたること、美しい過去にだけひたることは、自由です。なんでも自由。なんでも自由だから、「ヴィジュアル系」がどのような未来になっても、そっと見守ってあげたい。

それがあがった理由です。

だから、「お前らほんとうにLUNA SEAに比べてクソだな」なんて言えないです。「お前らほんとにカリスマ清春に比べたら説得力ないなステージで首吊れよ」なんて言えません。「てめーらいい加減してくださいCaligariは昔のボーカルの方がよかったお前らなんてくそだよなんて僕前にかいちゃったよ恥ずかしい」なんて言えません!!!ごめんなさい><

 

若いころによく見ていた「昔のバンドはよかったなあ〜最近のバンドはブルースを知らないー」なんていう格好のよくないおじさんだけには、なりたくない。ただでさえ、老化しているのに。

彼らは勝手に進化していって、そして退化する。その繰り返えしです。いままでもそうだった。もう止められない。好きでも嫌いでも。

「わかったふり」だけをして、何もいわない、そんなおじさんが良いと、おじさんは思いますがいかがでしょうか。

 

「人生初ライブ参戦がフリーウィルサミットのオールナイトイベントでhideも観た」なんてことが、自分の誇りであるような事がこれからもずっと続くことを願っています。

 

でもゴールデンボンバーは許せないです!ごめんなさい><