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【テレビドラマ】「やすらぎの郷」を観て「やすらげない」という人が、テレビを駄目にした。

老人による老人のためのドラマ「やすらぎの郷」僕はこの番組が始まる、その概要を知り、見てみたい。と思いました。自分は確実に老人でもなく、そして若いともいえない。中間の人間です。が、なぜ見たいと思ったのか。それは「近頃のテレビがほんとうにつまらない」という事からでした。僕の好きな「渡る世間は鬼ばかり」のような、若い人だけが主役ではドラマが観たかった。

ドラマ以外でも、テレビ番組は面白くなくなった。僕の世代でもそう思うのだから、上の世代はもっとそう思っているのだと思います。

昔はよかった、といって例えば音楽や映画ならば、それを振り返ることは容易なのです。作品として残されていて、誰でも観ることができる。でも、テレビはそうはいかないのです。単発のドラマは映像作品として入手することはできず、アーカイブにもないことが多い。再放送なんて、BSでごくたまに、されれば運が良いもの。更に日本は映像の再利用が難しい、そのくせ、Youtubeなどにアップロードされても「違法アップロード」として消えてしまいます。

もう、昔のような面白いテレビの番組を観ることは不可能に近いのです。

 

そんな中で、倉本聰脚本による、石坂浩二ほか、豪華なベテラン、という言葉では片付けられないプレミア付の古家具のような方たちが出演するドラマ、舞台は「やすらぎの郷」という名前の老人ホーム。ああ、なんて面白そうなんだろう、と思いました。

脚本が、倉本聰だといことは、「のんびりと老人たちがのほほんと過ごすやすらぎの郷のドラマ」ではないのだろうな、と邪推をしていましたが、実際にその通りでした。

まず、「やすらぎの郷」への入居条件が「長年テレビ界に貢献をした人たち、ただしテレビ局の人間はだめ。なぜならテレビを駄目にしたのはテレビ局の人間だから」ということ、その設定が事前に共有されていたのかは知りませんが、実際にテレビ朝日に決まる前に、倉本聰の代表作「北の国から」を制作したフジテレビに「やすらぎの郷」のオファーをしたけれども、断れられた。ということも聴きました。

フジテレビに対する攻撃も、ドラマの中で行われました。セリフに「湾岸テレビ」という局の悪口がでてくるのです。「湾岸テレビ」なんて、フジテレビ以外思いつきません。「湾岸テレビのウリだった月曜9時のドラマも〜最近は低迷しているようですねえ〜」というような事もありました。

そして、驚くべきことがありました。この「やすらぎの郷」の初回の視聴率は、同じ時期にやっていたフジテレビの月曜9時のドラマ「貴族探偵」の第2回の視聴率を上回ったのです!

 

そうしてはじまったドラマは、現実からかけ離れたところなのに、極めて現実的な問題、でもそこにいられる人たちにだけに起こるような特殊な現実ばかりです。それが面白かった。ドラマに出ようとして話を持ちかけられて話とは違うので断られて、怒りをぶちまけたら「まあでは茄子の呪い揚げをしましょう。ごぞんじ?」と”姫”という愛称でその名の通り姫のような気品を見せる八千草薫が、それを老人たちに教えて、満月の丑三つ時に、決行するのです。

そのような楽しい時もあり、哀しいこともありました。人が死ぬのです。当然です。老人ホームは「ホスピス」でもあります。死を迎えるための場所。ドラマだから、当然意味を持って死にます。夫婦が後を追うように死んだり、そのようなこともありましたが、「やすらぎの郷」の住人ではない人がやってきて、後にして自殺をする、ということもありました。

このあたりから「やすらぎの郷、なのにやすらげない」という意見がTwitterで見られるようになりました。それはおかしい、というのが今日僕が一番言いたいことです。

 

倉本聰、といえば「北の国から」が代表作です。北海道富良野にやってきた親子3人。電気も水道もガスもない。家は掘っ建て小屋。厳しいです。でも美しい富良野の景色、そして暖かい人たち。しかしそれだけのドラマではありません。そうでした。数々のひどい現実、身勝手なひとたち、そして身勝手な身内。翻弄される田中邦衛演じる五郎が、僕は観ていて辛かった。「北の国から」は僕にとってはトラウマともいえるドラマでした。

やすらぎの郷」の主人公、菊村栄は「かつてはヒット作を沢山出した偉大な脚本家で、もう本人は脚本を書く気はない」ということは、まんま倉本聰そのままです。このドラマで菊村栄センセイが見ていることは、倉本聰がみてきたこと、みたいこと、そして、みたくはないこと、そのものなのだと思います。

 

本日2017年9月20日の放送は、これまでの集大成だと思いました。「やすらぎの郷」の創設者の最期の場面が描かれました。彼は、自分の人生に対して悔いがあり、それをつぐなうための「やすらぎの郷」だった。しかし、最期の言葉は「はじめてテレビを見た時には、処女のようだったテレビを、自分の私欲にまかせて、まるで娼婦のようにしてしまった」という言葉でした。

この番組は「現在のテレビ」に対しての批判が多いものです。だからそのように「テレビだけがダメだ」と捉えられてしまうのかもしれません。が、僕はそのようには感じませんでした。

テレビは、内容を考える人、それにお金を出す人、そしてそれをテレビの前で行う人、だけではない、ということはおわかりだと思います。

視聴者です。視聴者もテレビをダメにしてしまった、そのように感じてしまいました。

やすらぎの郷」の放送日数はあと少しです。もうやすらぎの郷に、やすらぎの郷を求めるのは止めにしませんか。

 

終わり