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【やすらぎの郷】「このドラマはフィクションですが、諸処、お察しください」最終回感想

ついについに、本日、終わってしまいました、ドラマ「やすらぎの郷

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僕のこころを4月から…3ヶ月では終わらなかった、ゴールデンタイムのドラマのようには、終わらなかった、このドラマが終わる。 

ショックです。すでに「やすロス」だということを言おうと思いましたが、それは…「今のテレビドラマ」「落ちぶれたつまらないテレビドラマ」を象徴するようなことだ、と気づいたので止めます。

 

今週の「やすらぎの郷」は、やすらぎいっても良いのか悪いのか、よくわからないような変な展開でした。

主人公、大物脚本家菊村栄が、昔に一時の甘い時をすごした女優の孫、その女優にそっくり、同じキャストの孫と再会をし、甘い甘い時を、思い出の温泉旅館で過ごすことになった。

孫の名前は次クール「トットちゃん」主演の清野菜名が演じる「アザミ」中島みゆきの「アザミ嬢のララバイ」からの引用でしょう。「アザミ嬢のララバイ」が発売された日、9月25日に、この日は流れていました

アザミ嬢のララバイ - Wikipedia

いつもより長く。いつも流れていたのに、いつもより長かった。その日の主役は「アザミ」と「アザミ嬢のララバイ」でした。

アザミがそれほどまでに、重要なのかなと思いました。その後の菊村センセイの浮かれっぷりには、正直呆れてしまいました。最終週なのに、こんなことでいいのかな。どんどんどん、アザミに対して、性的な興奮を覚えたり、酔っ払って絡んだり、とても惨めでした。

このままこのアザミに堕ちて、そのまま終わりなのかな。とは、思っていませんでした。

 

あっさりあっさりと、その全てが彼女の彼氏のため、だけだった。あっさりとわかってしまった。

全部が彼女の「芝居」だった。そしてその彼氏にその温泉旅館にすぐやってきた。

彼氏は、アザミと同棲をしていて、脚本を菊村センセイに見てもらいたかった。

「ワタシのコネを利用して、センセイに見てほしかった」ということも言っていました。

ひどい、ひどいです。でも、彼氏はまともなひとだった。この前「やすらぎの郷」にやってきた、20歳の実の娘が、52歳の妻子持ちの男と妻との手切れ金のため、だけにやってきた男とは違う、200万円を無心した夫婦とは違った。あのひどいエピソードも、この伏線だったなんて。

そして彼とアザミは正座のままに、「脚本家志し、これからドラマの世界で行きていきたい自分たちへ、一筆お願いします」といって、色紙を差し出した。

 

そこに、菊村センセイは、硯と筆を頼んで、「木は根によってなりたつけれども、根は見ることができない」というような、事を書いていました。

ドラマも、目に見えないひとたちが支えている。しかし、見えるのは葉や枝、木の本体だけ。根がなければ、木は存在しない。そのようなメッセージが込められているということも、説明がされました。

 

このドラマは、菊村栄、もうドラマを書かなくなった脚本家、ようするに、倉本聰そのままです。アザミが書いたといっていけど、実は彼氏が書いていた、という脚本に自らざ見直してして、わざわざ書き直して、そして付け加えたもの、それは「ドラマの人物の履歴書」でした。それをアザミとその彼氏が「履歴書に感動した」と言っていたのです。そして、菊村栄も「履歴書」に関しては、脚本より自信を持っていたような発言もありました。

倉本聰は脚本を書くときに登場人物に対して「履歴書」を作っているということを事前に知っていました。

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このドラマには、倉本聰が言いたいこと、見たいこと、そして聞きたいこと、言ってほしいこと、やりたいこと、すべてが詰まっている。そして、これを最後にしよう、というものだと感じていましたが、そうなのだと思います。

終始「今のテレビ」が攻撃されています。若い人なら、後を考えていたら、そんなことはできないのです。彼のような老齢の方でなかったら、そして一番テレビの良い時を体感したひとたち、脚本だけではない、俳優、制作会社、そしてテレビ局のひとたちもできないことでした。

 

もう、こんなドラマは二度と観られないと思います。

ほんとうに貴重でした。

 

最終回の結末、あっさりと夢が裏切られて、みじめなものになった。これは、今のドラマであったら「がっかりな結末」としてNGが出るかもしれない。あまりにも現実的だからです。ハッピーに大団円で終わったり、あるいは、誰かが死んで終わる。わかりやすい結末だけが求められているような気がするのです。

でも菊村栄には帰る場所があった。「やすらぎの郷」があったということ。それで終わりです。なんて清々しいのだろう。

 

僕は、こんなドラマの企画を引き受けて、最後まで放送をしてくれた、テレビ朝日を褒め称えたいと思います。老人の最後の夢に付き合ってくれた、サンドバッグになってくれたのです。

最後の最後にいつも「このドラマはフィクションです」というテロップ、最近見ないものでしたが、このドラマには出ていたので「さすが」と思っていたのですが、今日は

「このドラマはフィクションですが、諸処、お察しください」と変わっていました。

確かに、僕は察していました。言いたいことは全部本当なのです。それはわかりました。

もう、これが最後の「昭和の世界」のドラマなんだと思うと、寂しいです。昭和は最高です。僕が生きたのは短い時だった、小学生の時に終わってしまった。今でも僕は少ない「昭和」の時代が恋しい。でも次の「平成」はもうすぐ終わるのです。

新しい時代が良い時代になるように、したいと考えています。

 

おわり