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筋肉少女帯「月光蟲」リリースから本日で17年記念!補足濃厚ぎみに再度レビューします!

 

月光蟲

月光蟲

 

 今日、好きなツイッタラー「サブカルおばさん」さん(宝島とフールズメイト信者)のツイートにて、本日11月21日が、筋肉少女帯のアルバム「月光蟲」がリリースされた日付だということを知りました。

 わああ素敵なお知らせ!と思い、再度「月光蟲」を聴いてみたくなり聴きました。そこでまた盛り上がってきて、再度「月光蟲」について書きたくなってしまいました。

以前にも書いたのですが…

maemuki.hatenablog.com

この記事は今でいう「まとめ」のようなものです。なんせ量が多いので、その分薄くなってしまった。それが自分にとっては、ちょっと不満でした。

もっともっと、言いたいことがあるのです。だから、個別に記事を作成して、この記事のリンクを編集ではりつけてやろう!と考えていたので実行することにしました。

1.風車男ルリヲ

petitlyrics.com

 

実際のところ「風車男」というものが実在がするのか、それとも他の創作物からの引用なのだろうか。この曲の歌詞にも出てくる「パノラマ島」のように。まーた江戸川乱歩からの引用なのではないか。そして「ルリヲ」ルリオではなくルリヲという「オ」を「ヲ」とするサブカル感のように。これも誰かの真似模倣引用なのではないか。と考えてみた。実際すなおに「風車男」で検索をしてみた。しかし、出てくるのは「ルリヲ」が紐づくものばかり。そして「風車男 江戸川乱歩」でも検索をしてみた。しかしやはり「風車男ルリヲ」に紐づくものばかり。

と、いうことは、もしかしたら「風車男ルリヲ」はこの世に実在の可能性がある、と私が考えたことも責められないし、誰も否定はできないのだろう。そうだ!そうなんだ。実際にこの曲を初めて聴いた時、初心(うぶ)な中学生だった頃の感動と心揺さぶられる激しい共感、其れは「中2病」または「厨2」という愚かしいカテゴライズ・ワードが出てくる前のことだったが、やはりそうなのかもそうだったなのかもしれない。

 が、「風車男ルリヲ」を聴いた時と「元祖高木ブー伝説」の存在をしった時、そして「踊るダメ人間」のシングルCDを買った時、同じような衝撃と心揺さぶられる激しい共感を覚えてしまったことを思いだしてしまったことも事実だ。

なんでこんなことになってしまったのか。そうです。ルリヲが全部悪いんだ、と「楽しかったあの頃」に今の自分が戻れないのも、「待ち人がついに現れない」のも、全て煌々と月の照るホスピタルの上で、観覧車みたいな巨大な風車を回してるルリヲがいるからなんだ!!と気づいたのです。

そうだ、ルリヲが全部悪い。今の人生に満足が行っていないのも、全部ルリヲのせい。だから、殺しにいかなくてはいけないんだ。ルリヲを殺しにいかなくちゃ。風車を止めにいかなくちゃ。いますぐ!いますぐ!

そのような性急さを駆り立てる残酷すぎるほどに重く速いメタルサウンド。そして大槻ケンヂの、激しく壊れている咆哮。ルリヲの存在は、優雅に否定されてしまう。ルリヲには首がないんだ。そんなこと言い最期には「ルリヲーー」と断末魔に蹴されたような声で、終わる。

しかしルリヲは存在する。それは今の自分がそれを表しているのかもしれない。だから殺さなくてはいけない。おわかりだろうか。この曲は「風車男ルリヲを殺す」ということに希望を見出して行くことに、希望を見出そうとする、ポジティブシンキングの曲だということを!僕の勘違いなのかもしれない。しかし、勘違いがもう何十年も続いているという事実。中学生から、中年とよばれてしまうかもしれない、痛い「サブカルおじさん」になっても、ルリヲの殺害の必要性について本気で考えている。そうです。大槻ケンヂが全て悪い。いや、自分が悪いのです。踊る!ダメ人間!!

2 少年、グリグリメガネを拾う

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勿論の事において「グリグリメガネ」ってなんだろうとGoogle検索をしてみたのです。それはもう純粋な気持ちでした。長年「グリグリメガネってなんだろう」とうっすらと考えていました。Technologyが進化して、「グリグリメガネとは何か」ということも、簡単にわかるようになってしまった。それでも自分はしなかった。「グリグリメガネとは何か」について、知りたくはなかった。しかし、「グリグリメガネは実在しない」と云うことを本日確認してしまった。長年に渡る「グリグリメガネの幻想」が今日解けてしまった。

しかし、私がこの曲の初聞きの時とは違い、自分は「メガネやろう」になってしまったことに気づいてしまった。あの頃の視力は両目1.5。今は0.1もないのかもしれない。とりあえずメガネがなければ生きてはいけない。しかし世間では「メガネやろうはくそださいオタク八郎」という当時の認識から、いつもまにか「のびたてきなまるめがねがオサレメガネだんしはトレンド」という世の中になってしまった!なんということなんだろう。

メガネをかけ始めてから、この曲のように、いろいろな見えなかったものが見えるようになってしまったことにも、気づいてしまった。ネコの中には薔薇がいっぱいだし老人の中には釘。サラリーマン、彼の中には鼠子公!そしてふと鏡を見る。そこに移ったのは、少年ではないメガネをかけた自分。グリグリメガネ?グリグリメガネをかけているのだろうかあなた、僕は!?問いかける。問いかける。

少年、少年、グーリグリメガネひ~ろう~という言葉そのままのメロディが印象的だが、この曲は大槻ケンヂ作曲とクレジットになっている。彼が何の楽器もできず音楽的な素養がないということは、エッセイ等にて散々に本人が話している。なので、「こういう感じかな〜たらラーたららーたらりらららららー うーんそうだねえ歌詞はしょうねーんしょうねーんぐーりぐーりめがねひーろうーなんてどうでショウのほほん」なんて言って、それを無言で他の一流ミュージシャンといっても良い技量の彼らが、わざわざ曲に起こして、こうしてアレンジもされて、レコーディングもおこない、トイズ・ファクトリーという一流のレコード会社からリリースされた。

ああ、なんということなんだろう。架空の「グリグリメガネ」から見ていた景色より、現実のZoffで買った安いメガネが見てきた、この現実の方が、奇々怪界であるということ。信じられません。グリグリメガネはどこで拾ったら良いのでしょうか。知っているひとがおられましたらメールをくださいませ。

3 デコイとクレーター

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 デコイとは囮のこと。おとり。「狩りのためのデコイ」と、わかりやすいものです。しかしそのデコイとクレーターの曲なのです。こういうもの、こういう曲に対して、いちいち意味や正解を問うとこはよくない、と思い、ずっと考えてはきませんでした。囮とクレーターの関係性については長年においては、どうでもよいけどなんとなくの引っ掛かりを得ていたことは事実です。

しかし、それがくつがえされた事態がありましたので、自慢ついでに披露しますね。

映画監督デヴィッド・リンチ氏を皆さんご存知でしょう。彼が監督をした映画「マルホランド・ドライブ」という映画がありました。2001年公開のものです。僕はその映画の意味が何回観てもさっぱりわからなくて、でもわからないことはよくないのかな?でもそれでもいいのかな?これまでもわけのわからない筋肉少女帯の曲などを聴いてきたのだから。「日本を印度にしてしまえ」「ラッシャー木村はえらい!」「フェティシストの兄はいくじなし!」「リュックサックに子猫をつめて」など、そのように理解はできなくても「正解なんてない、なくてもいいんだ」と思っていたのです。しかし、ネット上では「正解は何か」という平和すぎる議論が繰り広げられていたのは、確かでした。

ちな大槻ケンヂ氏も尊敬をする漫画家・蛭子能収氏におけるこの映画の解釈は「リンチさんは、撮ってる間にわけわからなくなったのかなあ〜」といったものでした。さすが!サブカル!青林堂

そんな時に「マルホランド・ドライブ」の日本公式HPにて「デヴィッド・リンチ監督に聞いたみたい質問を募集します☆」みたいな告知がでていました。そして私は素朴な疑問から、投稿したのです。彼、デヴィッド・リンチに対し「この映画の正解を巡って、日本では議論になっていますが、この映画に正解はあるのですか??」と送りました。そうするとそれが採用されたのです。デヴィッド・リンチのこたえは"(正解は)ある。”とだけでしたが、正解はあったのです。以上自慢です。リンチに近づいたのかも…。

筋少に話戻しますね。この「デコイとクレーター」においても意味があり、正解もある、この曲だけではない!すべてにおいて、正解があるかもしれないなんて。そんなことを考えてしまいました。そんなことを考えさせてくれるような、心地よいが心地悪くもある、そんな夜の音楽だと思います。

4 サボテンとバントライン 

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この曲に対して、自分は大きな事を発見してしまいました。それは、この曲のテーマ、大きなテーマが…「映画」だということです。そんなことは当たり前なのかもしれないけれども。CMソングで流れていたとか、大槻ケンヂが作曲をしたとか、そんなことなどどうでも良いくらいなのです。

この曲は一人の少年とネコ(名前はバントライン)とサボテン(サボテンマークのレポート用紙に”僕はこの世を憎む”と書いてあった)が映画館に爆弾をしかけて、爆死する、映画館もろともふっとぶという曲なのです。そのような下りがいかにも映画的だ、なんてことは言いません。

少年は爆弾をしかけ、一度は成功する。なぜ?バントライン(ネコ)とサボテン(僕はこの世を憎む)と映画をみることだけが楽しみだったのに。そして更に犯行をしかけます。上映中の映画は「真夜中のカーボーイ」しかし、映画に見とれていた少年は、ぶっ飛んだのです。

サボテンの光とともに、息絶えた生命。サボテン(僕はこの世を憎む)も爆破したのかはわかりませんが、バントライン(ネコ)は死んでしまいました!そして少年も。

しかし、死んでいないものがあります。それが、「映画」なのです。「真夜中のカーボーイ」にかぎらず、製作者、俳優、観客は死んでも、作品だけは残る!ということを感じました。

音楽的なこともあります。この前においてわたくしは「すばらしき映画音楽たち」という映画を鑑賞しました。その映画は映画における映画音楽の歴史と使われた方を説明した素晴らしい映画でしたが、その映画で語られたことのひとつに「映画音楽にもっともふさわしい音は、オーケストラ、そしてストリングス」という解説がありました。「スターウォーズ」の音楽が例として使われていました。とても納得しました。

筋肉少女帯のサウンドにおいて、オーケストラやストリングスが採用されていたことは、みなさんご承知でしょう。そのはじまりはオリコン8位の大ヒット曲「元祖高木ブー伝説」だったからかもしれません。そしてこの曲「サボテンとバントライン」にも入っています。

 

間奏の、4分音符高音の弦のトゥッティでレガートにながれる壮大な場面!ほんとうに映画風景が浮かぶようです!ああ、こんなに素晴らしいだなんて。ほんとうに、大槻ケンヂハナモゲラで作った曲を、ここまでオオゲサにアレンジしたアレンジャーとバンドメンバーの苦労に涙が出そうです!

しかし、そもそもこの完璧なストーリーの歌詞をつくりだしたは、我らがきょうそ!大槻ケンヂ様なのです!!ああ崇めましょう崇めあがああ!!おおつきさまーー!

5 夜歩くプラネタリウム人間 

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でました夜歩くプラネタリウム人間。夜歩く、プラネタリウム人間。おおよそ、筋肉少女帯に出会わなければ「夜歩くプラネタリウム人間」という言葉には巡り合わなかったかもしれない。しれないではない、巡り合わなかった。のです。しかし、そんな人生でない方がよかったのかもしれない。でもいいのです。俗なやつらには、見えないのです。夜歩くプラネタリウム人間は。山の上でも魚がおよぐーーという箇所がありますが、僕は実際に山の上に当時住んでいました>><><><その時は夜空を見上げて「魚が泳いでいないかな」「ここは山の上だけど水族館だあ」なんておもって いま せん!!そんなことはありません!山の上は夏も秋も春も寒くて暗くて道も舗装していないから!外に出られないのです!!!ほんとうに夜って暗いんですよ!山の上では。

それにしてもこの曲の「普通にかっこよさ」といったら、説明ができませんね。女性ボーカルとデュエット。「この世で一番狂っているかもしれないデュエットソング」なのかもしれません。交互に「水族館!」「人間!」「プラネタリウム!」と歌うデュエットソングなんてこの世にない、、ありましたねこの曲です。このような「異世界感」が筋少たるものであると示してくれる名曲です。しかしこの曲を名曲だと宣う御方がは果たしておられるのでしょうか??わかりません…わからない!

6 僕の宗教へようこそ(Welcome to my religion) 

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来ましたね!「宗教ソング」!!こんなに世に求められていない曲があるのでしょうか?いや、必要でした。リリース後しばらくたってから「宗教」は日本にとって、大きなものになってしまったことは、みなさんもわかると思います。いくら子供でも知っているかもしれないしれない事態。「詩人オウムの世界」の現実化が図られてしまった、そしてこの曲もそうでした「しゅうきょう!」ズンズンズンズン「しゅうきょう!!」ズンズン!という繰り返しのアジテーションに、思わず「入信します!」「ようこそ」となってしまう、なんてことももちろんありません。しかし自分は実は「宗教好き」「宗教ウォッチング好き」でした。このころ中学生のころに開眼していたのか、なんて覚えていません。が、この曲「僕の宗教へようこそ」を聞いていたことは、確かなのです!ああ、そうです。やはり大槻ケンヂ教祖によっての擦り込みがあったのです。おそろしいです。この曲はカラオケなどには入っているのでしょうか。歌いたいです。しゅうきょう!しゅうきょう!!そして「元祖高木ブー伝説」で締めるのです。あああ

7 悲しきダメ人間

ハワイアンムードでプチうつムード、そんな悲しきダメ人間です。「ダメ人間」という筋少を象徴するようなワードがここで初登場なのでしょう。「ダメ人間」って、筋少が流行らせたのかな?みたいなことを感じることもありました。ドラマで「私は!ダメ人間だから!」みたいなセリフがあったりして「よしキター」なんておもっていたり。

悲しくなってきました。悲しきダメ人間。作曲は脱退して今もドラマーの太田さんです。太田さん良い曲作りますね。短いけど!!

8 少女の王国

現実にはありえないこと。少女の王国。現実にはありえること。この地球を燃やすこと。いや、地球は燃えない。でも月に行けばできるのかもしれない。ほら、あの地球を燃やしておくれ、この言葉に僕は感動をしてしまったような記憶があります。曖昧なのは、「そんな自分に感動していた」なのかもしれません。でもそれの何がいけないのでしょうか。この「少女の王国」は全てを諦めて、少女の王国を作り、地球を燃やしてしまおうという、現実逃避の曲なのかもしれません。現実逃避だとしても、それが悪いということはないのです。「私は、月で、少女たちと生きたい」という言うことすら、憚られてしまうこの世の中です「オーケン楽曲で少女趣味告白」なんて見出しでニュースになってしまうかもしれない「オーケン児童ポルノ所持か」なんて見出しもあるかもしれません。こんな世の中です。もうこんな曲をメジャーから出せないのかもしれない。そんなことはありません、この曲はオブラートに包まれています。橘高氏の類まれなギターによるシュガーコーティングによって、「少女の王国」にふさわしい曲になっているのです。だからだれも気づかないのです。俗なやつらにはきずかれないのです。ああよかったです。私は月で、オーケンと…暮らしたくはありません。中野で見かけてみたいです。

9 イワンのばか

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ロシアの子供向けの文学作品をモチーフした曲。実は、小学生の頃に図書館にて「イワンのばか」を読んだ記憶があります。どんな話だったかはわかりませんが「ああ、イワンのばか」ということは分かった記憶があります。そうしたら、数年後に筋肉少女帯のこの曲を聞いた。しかし「三年殺し」とか「ロシアのサンボの裏技」とかそのような語句は出てなかったと記憶しております。そうです。そんな記述はないのです。おそらくは大槻ケンヂの創作なのだろうと思います。「ロシアのサンボ」というものは実在し、「三年殺し」という概念は存在するのです。しかしそれが「イワンのばか」にどうやってつながるのか、というと、とてもどうでも良いと考えることが先だってしまうのです。歌詞を読むと、いかにイワンが愚かしい阿呆であるということ、子供たちをツンドラの大地に埋めてしまった。人殺しです。人殺しは仕方がないのです。創作の世界は、です。そのようなロマンス、退廃的なもの、この曲にはピッタリバッチリだと考えます。

本当に言いたいことは、この「イワンのばか」は名曲であり、「ツンドラ」の景色を想像させるような叙情的な歌詞に、それにふさわしいメロディ、珍しく大槻氏のヴォーカルも調子が良い、ような気がします。しかし、最後最期の「イワンの ばかあ!」で全てが破壊されてしまうのです。それはいつもそうなのです。この曲は、昔から「ナゴムギャル」には不評だったのかもしれないです。橘高メタル路線全体がそうなかもしれない。しかし橘高氏の極端さと大槻氏の極端さの相性は、けっこういいと思うのです。けっこういいのです。けっこういいひとだったから、入ってあげてもよかった(よかった)なのです。とろろの脳髄なのです。ああ、わかりません、とりあえずイワンのばかあ!です。

10 少女王国の崩壊

幻想はいつか崩壊してしまう。崩壊を望まなくても、アルバムの最期にて、それを表現してしまう。そこに言葉は必要がないと思ったのでしょう。この曲はインストゥルメンタルです。歌がない。大槻氏の声がないのでききやすいなんて、思います。思ってしまうのです。しかし、さみしいのです。ああ、気づきました。大槻ケンヂこそ、「王国」であり、彼がいない曲は、崩壊を意味するのだと。

そんなことはないのかもしれない。ないのかもしれないのでしょう。でも良いのです。今だから、また言いたい。病んでる人はみんな聴け!君の居場所はここにある!と。

 

おわりです