さわやかでまえむきな人間になりたい男が
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【日記】今年の目標は「ドラマが始まらないドラマ」を作るというドラマにする

このようなタイトルですが、今日はさまざまなドラマがありました。まあそうです。大晦日と正月なのですから世間では沢山ドラマがあります。自分の今のお仕事は、ドラマを人々に伝える、といったら大袈裟すぎるのですが、そのような仕事なのかもしれないです。

だから、いつもドラマにかこまれていると、いえるでしょう。でもちろんそれは自分のドラマではないのです。

「何のドラマも起こらない日常」ということを、先日というか昨日?昨年に書きましたが、やはりドラマは何らかで起こってはいるのです。そして、事象に対し「人に伝えるべきドラマかどうか」を判別する、というのが今の仕事でもあるのです。

そのような観点から見ると、僕には何もドラマの価値はない、と思います。

 

ドラマは自分で作り出さなくてはいけない。歩いていてハンカチを落とし拾ってくれた「ありがとうございます」「どうも」「あ、あなた」〜みたいなものは、現実に起きないのです。部屋でひとりで電子ピアノを弾いていても、誰もきいてはくれないのです。

夢みるようなことなんて、起こらない。そう思います。

 

しかし、「自分で作り出したわけではない望まないドラマよりもひどい現実」というものは、過去の自分にも、ありました。それはほんとうにひどいことで、一生その「うらみ」を忘れない。なんて!ドラマ的なんだろう!!

 

そう考えてしまう。しかもそれはもう何年も前のこと。ずっと引きずっているのです。

そんな腐ったひどいドラマなんてみたくない。

でも、僕の中に確実にある「ドラマ」は今、それだけなのです。ひどすぎる。悲しい。

 

僕は、明日から3日連続で仕事、一日休みでまた3日連続。しかし3日めの最後の正午の業務終了後にそのまま東京に行くことにしました。

そして2泊します。3泊もできるので、しようかなと目論んでいます。

 

でもその間に、何もドラマはおこならないでしょう。そうです。何もおこらない。すぐ長野にかえらなくてはいけない。

そして、累計4日間、ずっと一人で東京で過ごすことになるでしょう。全然平気です。長野ずっと一人だった。ずっとずっと、でも東京でもずっと一人だったのです。

何もないところで一人より、何かはある、というところで一人の方が、全然マシです。

 

こんなひどい日々を終わらせるために、ドラマがはじまらないドラマを終わらせるためにドラマを作るのです。そうしないと

死んで、しまいます。

 

おわり