さわやかでまえむきな人間になりたい男が
好きな「文化」を語る。
そんなブログです。from 2004yaer。

ファンレター&苦情はこちら kyopon2017@yahoo.co.jp



【今週のまとめ山】ひたすらに「映画的」「芸術」「貴族」について考え倦ねた日々でした

まずは恥ずかしい長文を恥じ、みなさんにお詫びを申し上げたい。

 

自分でも自省と自制をしなくては、と思ってはいる。

 

思ってはいるだけ。対策をしなくては。

 

ということで「1行明け」にしてみてみることにする。

 

しかし自分の「実行力」の低さには辟易してしまう。

 

この1週間は、いかに仕事をしながら、その時間を無駄にしないかという挑戦をしていた。

 

要するに、まったく仕事ではないことを考えることを、実行していたのだ。

 

悪くないと思う。

なにせ、「なぜ自分は貴族に産まれなかったのか」ということを、マウスをひたすらに

 

クリック、クリック。スクロール。ひたすらにエクセルと細かい文字を追いつづけるのだから。

 

ひたすらにそんなことを一日中していたらやはりおもうであろう「なにゆえわたしはここに」「なにゆえ」

 

なにゆえ、貴族にうまれなかったのか

 

ああ、愚かしい愚かしい。

 

ほんとうは、Korngortのピアノ・クインテットが聴きたいのに。

 

www.youtube.com

 

雑談が激烈に花咲くオフィスにて、ひたすらコルンゴルトを頭に描く。

 

なんて映画てきなのだろう。

 

自分の頭には、うつくしいメロディとまろやかな弦とピアノの音が鳴響ているのに。

 

実際には、マウスでクリッククリック。

 

 

エーリヒ・ウルフギャング・コルンゴルトは、ユダヤ人であり、迫害をおそれ、オーストリアからアメリカへ亡命をした。

 

亡命?

 

その手があったか。そうだ。

 

迫害、迫害されているんだ。私は。

 

欧羅巴のどこしか」にて産まれたはずなのに、こんなコンクリートだらけの虚しい、小麦のささやきも今はもう聴こえないそんな土地に…これはセルゲイ・ラフマニノフの言葉の引用だが。

 

こんな自分が愚かしい。

 

もっと、違うところに、ほんとうの居場所があるはず

 

なのに。

 

明日は、中野の図書館にモリスラヴェルの評伝本を返しにいく。

 

モリス・ラヴェルは素晴らしい。どうせ「ボレロ」もみんなピンとこないのだろう。

 

昨年の著作権発生使用料が世界一だというのに??

 

星のなにがしの「恋」よりも多いのに??

 

すばらしいモリスラヴェルの「ピアノ3重奏曲」も知らないのだろうご存知ないのだろう

www.youtube.com

 

嫌がらせのために、動画は楽譜付きのものを張ってやった。

 

イヤだろう。楽譜は読めないだろう。義務教育で習ったはずなのに。なぜ?

 

英語と同じだ。むなしい。

 

さて「映画的」について摂したい。

 

今年の上半期の「まい流行語」は「映画的」他ならない。

 

自分が如何に「映画的」であるか、ないのか。

 

それをたどるような上半期だった。

 

しかし、在ることに気づいてしまった。

 

今は「映画的」ではないけれども、過去は「映画的」であったということ。

 

映画は、今をとるものではない。過去をうつしだすものだ。ということにも。

 

気付いた。気づいてしまった。

 

僕は思うがままに筆を滑らせている。

 

わかりづらかったら、でも、問題ない。

 

映画的、なのだから。許してほしい。

 

結末がウリ「ネタバレ禁止!!」のような下卑な映画ではない

 

それだけは、真実である。

 

しかし、過去は悲しいもの。

 

芸術とはかなしい。

 

ああ!なんて映画的なんだろう

 

おわり