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L'Arc~en~Ciel「As if in a dream」 ヴィジュアル系史上に残る「まるで夢のような」名曲をレビュー

 

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この間、このブログを長く読んでくれている御方にコンサートに誘われ、その前に少し歓談をしました。その中で、昔、リアルタイムで聴いたアルバムについての話の中で、こんなことを話しました。

「L'Arc~en~CielのDUNEは凄かった」

「インディーズとは思えないクオリティ」

「まずアルバムの音質も演奏も凄い」というような事です。

その御方のお年は存じ上げないのですが、おそらく自分と同年代の方で、そして僕と同じく「DUNE」のアルバム直後に聴いた人でした。

発売から、もうかなり時間が経ってしまいました。そんな時間を過ごしてきた人と、同じ感想をわかちあえたということ。素晴らしいと思います。

 

DUNEの最後を彩ったこの曲は、今でも全くいろあせないどころか、Classicな面持ちさえ感じさせる、まさにエヴァーグリーン、時を経ても色あせない、という立場である彼らを象徴する、曲であると思います。

「DUNE」についてはこのブログでも触れましたが

maemuki.hatenablog.com

いかんせん内容が薄くて恥ずかしいです。今日は反省の意味をこめて、ちゃんと「As if in a dream 」についてレビューをします。

 

前奏からしてまるで夢のよう (〜1:07)

まず、この曲の短い前奏から、曲の特徴を大きく表現しています。ミュートを効かせたディレイで幅をつけたギターが細かく音符を刻みます。コードはD、ですが、ベース音、一番下の音はAに固定をして、その上で左から「ミ」の音が繰り返されます。立体的な音の演出に成功しています。どこか浮遊感を感じるのはそのせいです。

そのままDから、F#になります。ベース音はAのまま。そしてコードを行き交う中で、Kenの少し歪んだギターのアルペジオが徐々に表れ、クレッシェンドをして、次の場面に行きます。この手法は、Shutting from the skyでも、ありました。そして、Aメロでもつかわれる、特徴的なデーデーっデーというリズムの第2前奏になります。SAKURAのドラムが間と間に主張してきます。そこで、うすいシンセサイザーの音色も挟まれます。

ビートが入り、ギター・ソロが始まります。ここでのききどころはTetsu(当時)のベースです。ギター・ソロへの対旋律のような、ベースのフレーズを奏でています。このベースのフレーズがギターでも良いくらいに、音楽的な先導を得ているフレーズです。Tetsu(当時)は改めて凄いベーシストであるなということがわかります。そして、フレーズの最後は、SAKURAとのコンビネーションにて、16分音符というベーシストにはむつかしいフレーズで、Aメロへと導入されます。普通、このような細かいベースのフレーズは、あまり聞こえないはずですが、ドラムのおかげもあるのか、ちゃんと聞こえてすごいな、と。そして、曲を素晴らしきものへと、導いていると感じます。

 

Aメロでの「天衣無縫な鮮やかさ」で夢の中にいざなわれる…(1:08〜)

前述の「ジャ ジャ ジャーン」とhydeのボーカルと「愛しい 安らぎは 夕暮れと共に 失われ」という印象派な「自然」のある歌詞が融合した瞬間から、「隙間を広げた」という高い音程のボーカルのフレーズと共に、kenの躍動的な上昇するアルペジオのギターのフレーズが、舞い上がっていく瞬間、まさに、夢の中にいるような、気持ちになれます。

特に、自分が好きなフレーズは、2回めのAメロにある、次の言葉です。

光の点滅が尾を引いて 後ろへ流れては消えてゆき

あなたの所から少しづつ 遠のいているのを教える

 この言葉だけ、では伝えられない風景が、音によって、表現されていると感じました。光の加減で、人の心象を表現する。ここにはない、風さえも感じてしまうような。

そしてそれに寄り添う繊細なサウンドも。

 

このような表現は、それまでの、いわゆる「日本のロック」にはなかったもの。あったとしたら、いわゆる「女性のポップス」にはあったのかもしれない。日本のロックバンドは、やはり粗野なイメージがあったと思います。あくまで当時の話です。時代が違う頃です。

しかし、先程「印象派」という言葉を出しましたが、それは「自然を愛で、そこから人の感情を表現する」という手法なのですが、それは絵画、クラシック音楽によってあったものです

L'Arc~en~Ciel「DUNE」には、それが感じられるな、と改めて思いました。

とまどい、まどろみから「ほんとうのサビ」までの流れは夢のように(2:14〜)

この後みじかい「とまどい」のような場面になり、そのまま、いわゆる「サビ」のようなものになります。ここは、もしかしたら「サビが弱い」と言われてしまうかもしれません。僕も最初はそう感じた記憶がありますが…。これはこの後の流れによって解決がされました。

この「As in in a dream」の大きな特徴の一つであるのが、独特な曲の構成です。

サビのようなところ、には間奏が待っています。kenのギターをソロを中心としたもの。ギター・ソロを弾くにあたり、楽譜があったかどうかはわかりませんが、楽譜にはとらわれない、どこかラフなギター・プレイが彼の持ち味であります。

そして、この曲の一番の聞き所が、次であります。

まるで、うそのような、エレガントな激昂のhydeとSAKURAの夢の音楽のバトル(3:33〜)

ここがこの曲の一番の聞き所だと思います。間奏、Kenのやはり印象的な散文的なアルペジオによる盛り上げを経て、Aメロに戻る、はずが、Aメロの構成を生かして、全く違うもののようになっています。抑制的であった、この曲の主人公の彼が、今までは隠していたかのような、歌詞の無いフェイクを歌い上げ、野生的なのかもしれない、本能の一面を見せます。しかし、激しくも美しい。それを表しているのが、ここでボーカルにバトルを突きつけるような、しかし野生と真摯が絡む、SAKURAのドラムです。まばゆい光を太鼓からたたきつけられるかのような。そして「足をとめて」からのBメロ、先程とは同じ、はずなのに、様子が違う感じが伺えます。何かがあったんだ、と感じました。

 

このほんの一瞬の表現、このようなもの。刹那的なものが、彼らの魅力なのかな、と感じました。

「ほんとうのサビ」から「ほんとうの夢」まで(4:13〜)

このような経過を経て、同じ「サビ」のはずなのに、全く違うようなものに聴こえて、しまう、こと。こういう構成になっていたんだ、と聴くたびに思ってしまいます。1回めの「サビ」は「サビのようなもの」であった。ほんとうのサビはここなんだ、と。hydeのボーカルも1回めと、フレーズも違えば、表情も違います。何かに気づいてしまったかのように。

物語性、というのでしょうか。5分30秒の中で、音楽の中で、短い「夢」の中に入っていくかのような世界が表現されています。構成を持って、ちゃんと完結をするかのように。

そして、最後は、力が抜けていくかのように、終わっていく。

しかし、最後だけ、激しくなっていく。ドラム。まるで、一人だけ抵抗をするかのように。凄いもの、を残していきながら。余韻を残して、曲は終わります。

 

L'Arc~en~Cielの凄いと思ったところは、ずっと変わりません。それはオリジナリティです。独自性。こんな音楽性を持つバンドは、それまでにはいなかった。いちばん、バンドに必要なものが、最初の最初からあった。

そしてもう一つ重要なこと。それは演奏力です。「DUNE」の時、バンドのオリジナル・メンバーはhydeとTETSU(当時)だけ。kenまだ加入して間もなく、SAKURAは本当にレコーディング直前に入った。とは、思えない連結力が音源から感じられた。それは、演奏力があったから。そして、「何か魔法のようなもの」がそこにあったこと。それが何のなのかは、わかりません。誰にもわからないけど、「DUNE」の発売の1993年からもう25年も経ってしまった。それだけは事実であり、彼らが未だに存在していて、人気も保っているということ。それも事実です。

 

maemuki.hatenablog.com