さわやかでまえむきな人間になりたい男が
好きな「文化」を語る。
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鈍感力

僕は今、鈍感力が上がっていると感じています。

毎日、鈍感になったというか鈍感になろうとしているのかもしれないと、気づいてしまいました。

僕は、基本的に純粋な人間だ、と人に指摘をされることもありました。確かに純粋でありピュアであると自覚をしています。我慢ができないのです。そして獰猛で野性的な人間なのです。普段は知的な人間wを気取ってはいますが、実はそうなのです。

いつでも感情のまま、本能のままに生きてきた。

はずでした。

しかし、最近の僕は今、自分が置かれている立場に対して、真剣に考えないようになるべく鈍感になろう、といつのまにかなっている自分に気づいてしまいました。

 

鈍感。

いわゆる、バカです。

人間、鈍感な方が、幸せなんだ。と残酷でひどくて最悪ですが、いつも周りの人たちを見て、そう思っていました。この人が「幸せそう」なので鈍感だからなんだ、と。

実際そうだと思います。人が気づかないところには気づかないほうがいい。バカならバカのままで、なるべく気づかない、考えないほうが幸せなのです。

だから、そうなろうと、そうしようといつのまにか思ってしまっていました。

 

いつも心の中で他人を見下していた、わけではありません。基本的に他人は他人であり自分は他人ではない、という考えをもっています。それは、他人というものに対して、自分をいつも偽っているということにもつながるのかもしれません。

それはそうです。僕は他人にやすやすと自分をさとられないようにずっとしている、のかもしれない。

ほんとうの自分の姿を見せないように、たとえ見られてしまっても、悟られないようにしているのだと思います。

鈍感であるように。

それは、つまらないことも起因しています。生活のため。お金のために。なるべく鈍感でなくてはいけない。たった一度の人生なのに、とか考えてはいけないのです。先にくるであろう、ものに対して、鈍感でなくてはいけないんだ。と、ずっと考えているのです。

そうです。

人生は一度きり。なのに。

鈍感でなくてはいけないなんて。

 

そう考えてしまいます。鈍感な人間はそんなことは考えないはずです。でも考えてしまうのです。

僕は、究極のネガティブと少しのポジティブが相反して存在している人間です、なんて書きましたが、そんなの普通ですよね。そんなの普通。僕だって、普通の人間です。そうです。ただが人間であり、ただの動物なのです。

 

今は、生存本能のために、そうしてるんだ、と自分に言い聞かせています。

僕が鈍感になっているのも、そのためなんだ。と言い聞かせています。

ほんとうは、全てをぶち壊したい。

ドウブツだから。