さわやかトラウマ日記

さわやかな音楽ブログです from 2004


さわやかでまえむきな人間になりたい男が
好きな「文化」を語る。
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芸術的なスイッチを入れた日

今日、いつも通る通勤のバス停で、僕の好きなところが光輝いて見えました。

そこは大きな公園の入り口で、たくさんの木にかこまれて、公園へと導かれる坂道があるところ。晴れた日は、木に光があたって、とても美しくて、そこにバスが止まったときは、どんな天気でも見るようにします。

今日は、そこの木の枝と枝の間から光がダイアモンドのような輝き、という常套句しか浮かばなくて恥ずかしいけれども、それがいくつもいくつも見えて、豊かな心が湧き上がるのがわかりました。

ああ、素晴らしい自然だ。

そして、なんて自分て素晴らしい感性の持ち主なんだろうと、思ってしまいました。

 

しかし、このような感情の揺れ動きは人間にとって、とても大切だと思うのです。そうではないでしょうか。

本当でしたら「ああ、今日はすばらしい景色を見たのですよ」なんて、すぐに分かち合える人がいるはずです。しかし、そんな人はいないのです。

かつて、音楽学科ピアノ科の友人たちにそんな話をしたら「まあ、素敵。見てみたいわ」と皆、言うでしょう。そのような人達にまためぐりあいたいのに。

ああ、孤独だなあ。芸術家は。。。

 

なんて、芸術とはかけ離れた、くさったサラリーマンでしかない、ということもわかっています。くそみたいな事務仕事をさっさと終えて、「今日だけしかない空気を味わおう」とサッと外に出ました。

今日は素晴らしい天気でした。雲が少なくて、ひたすらに青い空。蒼井そらでした><

風が強くて、少し肌寒い。カーディガンを羽織ってきてよかった。ユニクロだけど><

 

こんな、くそつまらない会話ですら恋しいのでしょうか。

 

お昼はおいしい自作の弁当を食べました。

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今日は温めない弁当にしました 神木きゅんが冷えたものは温めない拘りがあるとテレビで見たからです!ちくわを久しぶりに食べました ちくわちくわビタミンちくわ♪ #料理男子 #弁当男子 #お弁当 #デリスタグラマー #おべんたぐらむ #クッキングラム #オベンタグラム #cookingram #obento #常備菜 #弁当 #おべんとう作り楽しもう部 #もり弁 #料理好きな人と繋がりたい #おうちごはんlover #おうちごはん #料理

おいしいというのは、ちょっと大げさですね。今日はいまいち弁当でした。なにしろ朝に急いで「詰めた」のです。そうです詰めました。しかし、ピーマンは自分で切ってごま油で味付けをしました。ごま油が他に広がってはいけない!と感じて少なくしたのが失敗でした。味が薄かったです。。

その後は、先程の「芸術的感性を取り戻したい」と考えて、いつもの「外から丸見え壁なし」の避難場所のカフェに逃げ込みました。

そこで、私は今日持参をした本を読みふけりました。なんの本なのかは明かさない。そんなのは個人情報なのです。明かさない。ヨーロッパのある国のある場所が舞台の美しい、そして悲しい物語でした。大した事件もなく、一人の人間が一人のことをずっと思う。ずっと思っている描写がひたすらに続くのです。美しい形容と情景とともに!

アイフォンで音楽も聞きながら、それは100年前に死んだクロード・ドビュッシーの曲、「ピアノと管弦楽のためのファンタジア」でした。かつてNHKホールでNHK交響楽団の演奏にて、聴いた曲です。

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身も耳も心も、芸術的な感性、ヨーロッパ的な感性を取り戻した自分に気づきました。

 

そのような高揚の中、もうひとりの自分、こころの中にたゆたう自分をまた見つけられた。「これは収穫だ」と、席に戻りました。

 

特にやることもなく、やることもありませんでした。何をしたのかが覚えていません。しかし、現実に抗うこと。心の中にできた襞をなくさないようにと、ガードをしていたことは事実です。

そして、私は外の空気を吸いにいきました。またです。

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夕景を待っていたわけではありません。犬を待っていたのです。今日はかわいい小型犬をたくさんみかけました。「おおよしよし」なんて話しかけたかった(南野陽子の名曲)ですが、そんな勇気はなかったのです。なんのこれしき!

しかし、今度は枝葉が夕陽と照らし合わされて、影絵のようではないか!とカメラでとってみたのです。写真では伝わらない。すぐにわかりました。動く大きな影絵が天空に照らし出されるなんて、素敵なことではないか。ああ、芸術だ。

これは、何かに活かそうなんて思いません。そんなことを考えてはいけない。いまは、このように過ごしても何も問題がないから、とかそんなこともやはり考えてしまうのです。ああ、苦悩の日々です。

もうすぐ、終わるかもしれないのに。。審判のときはすぐそこ、であってほしい。芸術家は孤独であり、そして陶酔の極地の毎日なのです。でも、許してなんて思わない。

終わり