さわやかトラウマ日記

さわやかな音楽ブログです from 2004


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在宅勤務開始をして1ヶ月…振り返りのため「6つの自己検証」をしてみまs

僕め私めが在宅勤務を開始をして、早くも1ヶ月が経過しました。この間は本当にあっという間で、日々が過ぎるのが早くなりました。なぜだろうと思ったので自己検証をしてみますね

自己検証1.通勤が無くなって…無くなってしまって…

これは散々100回くらいここに書いたかもしれませんが。通勤が無くなりました。当たり前ですよね。在宅勤務の利点として挙げられている事が多いです。が、本当にそのとおりなんですよ。

もうあのカオスな新宿駅をうつだしねとか人を避けながら歩くことが、当面無くなったなんて。信じられない。ちょっとさみしいかなというのはあります。それは新宿駅西口地下の喫茶店に寄ったり、東口出てすぐのベルクに行ったりするようなことがなくなった、要するに、そのような楽しみもなくなった、なくなってしまったということです。

しかしまあ、なんでしょう。下記のような利点を活かしてそれらをカバーすることもできるのです。

自己検証2:膨大長大すぎるヒマな時間への対応

もともと「日本一ヒマな会社員」と、のたまっていましたが、今度は「日本一ヒマな在宅勤務員」となってしまいました。会社でヒマというのは、けっこう地獄なんですよ。慣れるまで大変でした。そうです。慣れてしまったのです。適応能力があるかもしれないです。ほんとうに。そう気づいたので「この膨大ちょうだいなヒマ時間をどうしよう」という戸惑いはあったのですが、すぐに慣れることができたのです。

自己検証3:膨大長大すぎるヒマ時間の使い方の如何

やはり人生とは限られたものです。ヒマな時間も有効に使いたい。何に使おうか。迷っていました。いくらヒマだといっても、それすらも時間に限りがあるのです。有効に使いたい。どうしようか。やはり人生とは限られたものです。ヒマな時間、

このような思考のループに陥ってしまっていました。最初の頃はです。どうしたらいいんだろう。結論は、「とりあえず寝よう」ということでした。

「ヒマだったら寝ればいい」

尊敬する作家の故・深沢七郎先生が、このようなことを仰っていました。「深沢さんのように生きたい」と常日頃考えておりました。だれも深沢七郎先生のことなど知らないであろう人に囲まれたオフィスの中にて、です。もう誰にもそばにおらず、より自分の世界を追求したらいいんだ、いや、世界なんて追求しなくていい。自分はただの宇宙をただよう「粒」なのである。これも深沢七郎先生が仰っていました。嗚呼深いですね。

ということです。寝たらいいのです。寝てもよいのだから。いや、よくなくても寝るのです。人間とはそういう動物なのですから。

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深沢七郎先生

自己検証4:より具体的な「膨大長大すぎるヒマ時間の使い方」への対峙

やはり人生とは限られたもの以下略です。もう少し具体的に膨大長大ヒマへの対峙をしたいなと考えました。まず寝る、ボーッとする。お菓子を食べる。ブルボンを食べる、食べるためにショップへ行く、ということはありますが。それはあっという間に過ぎてしまうのです。しかししかし、私はわりと多趣味なはずでした。しかしボーッとスマートフォンを見てしまう自分をいつも恥じてはいます。なんて平凡なのだろう。

そこで考えました。

全部やる。

全部やることができるのです。寝るのもボーッとするのもお菓子を食べるのも。ブルボンの「ホワイトロリータ」を齧るのもです。他もです。新宿西口の喫茶店やBERGにも行ったらいい。全部やればいい。自分の科せられたことをやる、それを大事にしたらいいのです。

自己検証5:ありきたりな傍観者からの懸念「孤独」

よく言いますねありきたりな傍観者らは、在宅勤務は孤独なのではと。そうですよねやはり懸念事項なのかはと思いますが、私は根っからのスタンドアローン気質なのでした。ネットに接続をせず単独で動かすコンピュータ。そうなのですた。何にも他人には依存をしないようにしてきた。してきてしまった。できていた。できてしまっていたのです。いまは「してきた、できた」の状態なのです。プログラムはそちらを正として作動をさせているのだと思います。なんて文学的なんだろう。要するに、全く孤独に対しては懸念をしていません。いないのです。

自己検証6:今後やりたいこと

自分史上もっとも感性が豊かであった、音楽学科ピアノ専攻学生時代だった時の親友、もちろん女性の方、自分より感性が豊かであった方が、ある日こう言いました。

「私はね、空想の片手間に生活をしているの」

それは、いつものメンバー、もちろん全員女性のグループでしたが、やはりぽかんという空気が流れまして、その中の一人がこう言いました「まあ、どんな空想をしているの」すると「秘密よ、秘密」「○○先生のことではなくて?」「うふふ、秘密」

という会話が流れる中で、自分は感動していました。なんて素晴らしいんだろう。自分もそのように「空想の片手間で生活」をしてみたい。

その時からもう雲重うん10年以上の時が流れてしまいました。未だに達成できていません。これまでの検証事項から、今が、それが達成される時なのだと感じております。ぜひそうするべき。「べき」だなんて愚かしいですね。ひたすらに夢を尊び生きていくのです。さようなら。