今日気づいたんです。
自分が住んでる場所は「うぐいすの森」という山の中の別荘地なんですけど、
そういえばGUNIW TOOLSにも「冬のうぐいす」という曲がありました。
この曲はもちろん忘れてませんでした。なんか記憶障害みたいな事があるけど、グニュウのことは忘れてないです。特に「不断の窓」これは上野公園で聴いて号泣したというブログを書きました。
「冬のうぐいす」は夏の札幌の旅行記で書きました。
ブログの中に
今、ここは夏なのに何故この曲が響くのか。自分の心は冬なのかもしれない。
とあります。この時は札幌は夏で、すごく快適でした。
でも、実は働いていた会社を契約終了になって、ヤケクソで出た旅でした。intoshさんと会ったりして、楽しい感じを気取ってますが、心はメチャクチャでした。
そして、今、僕は冬のうぐいすの森で、自分の心は冬です。それに気づきました。
改めて「冬のうぐいす」を聴いてみたらどんな気持ちになるのか。
聴いてみました。
PV
Guniw Tools - Fuyu no Uguisu PV
歌詞
落ち浮いたテンポでアコースティックギターとフワフワしたピアノが入ってきて、ストリングスも入ってきますが、基本的にシンプルで聴きやすい曲です。
日は古びれ赤み消す 際に染む松の葉 淡雪受けて
気も緩み 尖らす爪を笑う
なんだか僕が毎日庭や窓からみている景色のようです。
そう聴いていくと歌詞が全て自分のことに思えてきます。
「誰もあなたなどみていない 自由に行け」
そうでした。僕のことなんか誰もみていないんだ。
やはり人と距離が離れるとこころが離れる。相手は離れていないかもしれませんが、僕は離れてしまいました。
「春を待つ人の日は淡く うなだれだまま消えず
光沈む目に吹き荒み にじませたまま」
そうです。僕は春を待っています。幸福な春。解放。でも目の中にそれは留まりつづけててます。
光放つ人達に あこがれて地の中眠り続ける
信じてる 今が夢だと
まさにこれが僕の姿になっていまいました。
札幌の公園で思った通り、こころは本当に冬になり、自分以外の光を放つ人、全ての人にあこがれます。そして今が夢だと信じてます。
それが夢ではないとはわかってます。それをこの曲は教えてくれます。
僕は明日もこの曲を聴きます。この曲は自分への戒めです。
ここまで読んでくれてありがとう。