さわやかトラウマ日記

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東山紀之「カワサキ・キッド」心から尊敬をしている方の半自伝的エッセイをレビュー!!

ある日、図書館に行った時に東山紀之さんが書いた「カワサキ・キッド」という本を見つけました。すぐにこれは借りよう借りようと。心から尊敬している東山さんの本。こんな本があるとは知らなかったのです。

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これは、2000年に刊行された本で、借りて読んだのは2004年に文庫化されたものになります。

 

少年時代の回想

タイトル「カワサキ・キッド」は東山さんが少年時代を過ごした神奈川県川崎市のこと。これまでの半自伝的なエッセイとなり、少年時代の回想から始まります。

母子家庭で川崎の下町で育った、ということは本人が話していたことで知りましたが、この本には、その時の良い思い出と、悲しいこと、つらいことも正直に書いてありました。

幼少の頃の最初の記憶は、ロシアの血を引いている祖父が酔っ払ってこぼした熱湯がかかった時の痛みだった。足に負ってしまった火傷の痕はずっと残ってしまった。

また祖父と父、両方ともに酒癖が悪く、そして暴力も振るわれてしまった。両親の離婚の原因もそれだったとのことです。

そのような厳しい家庭の生活の中で、自分の支えとなったのは「外」であった。学校の友人達とも仲良く街中を走り回ったり、ビルとビルの間をジャンプをして飛んで渡ったり、階段の上段から下段まで飛んだり。野球に熱中をしたり。明るいヤンチャな活動的な少年だったということです。

このような厳しい環境に育ったことが、後の人間形成に良い影響も及ぼしたと前向きに考えているともありました。

酒に酔いつぶれることもなく、ギャンブルにも興味が無い。物欲もなく、家が狭かったので、整理整頓も自然にするようになった。お母さんの手伝いで料理も覚えた、など。確かに「家事ヤロウ」でゲストで出演をした時に、手際良く料理をされていて「東山さんが料理できるなんて意外」と他の出演者に言われていたりしました。こんな背景があったのだなと。

ジャニーズ事務所に入った経緯の裏話

東山さんがジャニーズ事務所に入ったきっかけは、渋谷のスクランブル交差点を歩いていた時に、ジャニー喜多川さんに声をかけられたというのは有名な話ですよね。

この本には、そのエピソードを掘り下げていました。その時に渋谷に行ったのは、理容師であるお母様が、当時NHKの理容室で働いていて、NHKの「レッツゴーヤング」の公開収録のチケットを手に入れたということで、それを見に行った為です。

東山さんは、当時はあまり芸能界には興味もなかった。渋谷にも行ったことがなかったとのこと。ジャニーさんに名刺を突然渡されたけど、興味がなかった。知らなかった。当時は「たのきん」もデビュー前です。無理もないですよね。

後に、ジャニーさんから電話がかかってきて、家族とともに会って食事をすることなった。食事の会場に向かう際に、ジャニーさんの高級外車の中で妹さんが車酔いをして吐いてしまったそうです。

ひとまず、東山さんの自宅で寿司を取って食べることになった。その時に東山さんがお母様を手伝いをする様子をジャニーさんが見て感心をしていた、それは自分に取っては普通のことだったのに、とありました。

ジャニーさんはそんな面を見てなのか、東山さんを事務所にスカウトします。しかし、当時の東山さんは「男が踊るなんて気持ちが悪い」と考えを持ってたということから、家族の意向もあり、この話は断ることになりました。

その後、車に吐いてしまったことを侘びたいと、お母様からの指示もあり、東山さんが菓子折りも持参をして、一人で事務所に向かったそうです。その時にレッスンを見学して、やはり「男が踊るなんて気持ちが悪い」とは思ったものの、「ひとまずこのステップをやってみて」と他のジャニーズの人たちが見守る中でやってみた、しかしできなかった。みんなにも笑われてしまった。運動神経には自信があったのにできなかった事に悔しさを感じて、このステップができるまで、という約束でレッスンに通うことになった。それがきっかけだったと書いてありました。

妹さんが「お兄ちゃんがジャニーズに入れたのは私が車で吐いたおかげだよ」なんて笑って話したという後日談もありました。面白いですよね。妹さんは、東山さんが感心するくらいにとてもバイタリティのある体育会系のお方で、自立心の強い方のようです。お二人はいわば戦友のような仲だとのこと。お面白い素敵な妹さんだなあと。

少年隊のこと、ジャニーズの仲間たちのこと

前述のように東山さんがジャニーズに入った時にはたのきんはデビュー前。当時は小さな事務所でいわゆる「ジュニア」も少なかった。入所後に仲良くずっと一緒にいたのは薬丸裕英さんだったとのこと。もしグループを結成するなら薬丸さんと組む感じになるのかなと考えていたそうです。そして「3年B組金八先生」が始まり、田原俊彦近藤真彦両氏はデビューをすると、バックダンサーとしてのテレビ出演などの仕事も入ってきた。

デビューをした二人の、寝る間も惜しんでレッスンしたり、決して誰にも決して偉ぶったりしない姿に心から感銘を受けた、とありました。中でもトシちゃんは、朝まで踊りのためのビデオを見たり、勉強熱心。軽いというイメージがあるかもしれないけど、とても努力家としての一面があります。と書いてあってトシちゃんファンの自分は感動しました!

錦織さんは年上ということもあり、また高校受験の為にしばらくレッスンは休んでいた、その間でジュニアの中では錦織さんは歌も踊りも上手い伝説の男として語り継がれていたそうです。

そして初対面。スタジオに入ってきた錦織さんは東山さんや植草さんたちを前にして、いきなりバック転をして威嚇してきたそうです。衝撃的な初対面になったとのことでした!

錦織さんは踊りが柔らかく、自分や植草さんが無理なことでも難なくやっていた。歌もトークも上手い。この間の少年隊の最後のベストアルバムに寄せていた文章でも書いていたこと、錦織さんが凄いということがここにも書かれていました。

また、植草さんは常に笑顔で親しみやすい。尖った錦織と自分との間の潤滑剤になっていた。この3人だから続けられてきた。お金や女で揉めなかった、お互いのプライベートには干渉をしなかったことが、長く続いた理由だ、と述べていました。

身体を鍛える理由

東山さんは身体を継続的に鍛えているということが言われていますよね。その理由がこの本にて判明をしました。

19歳の時に、前述の幼少の頃の足の指にある火傷の痕を、かばい続けてきたことにより、足が変形してしまったことがわかった。トレーニングをしたらそれが改善できると医者からの指導があったとのこと。それ以来、筋肉に関する本を読み勉強をして実践をした。すると身体が変わってきたので、これは面白いと思って続けてきたそうです。

また、デビュー後にストレスのせいか円形脱毛症になってしまった。医者から腹筋をすると、頭に血が回るという指導があり、やってみたら、円形脱毛症は回復し、ストレスは解消、そして頭に血が回った為かそれまでより難しい本も読めるようになった。そこで思い出したのが、幼少の頃からのヒーローだったブルース・リーブルース・リーは哲学を学び、大学にも行った。怪我で入院をした時にも哲学書を読み漁っていたというエピソードを見習って、自分も哲学書を読んだりした。また、腹筋の時にはブルース・リーの鋼鉄の肉体とリズムを思い出しながらやっている。

これ以降、ずっと一日もかかさずに続けている。人にバカにされようが続けている。

と、ありました。そんな、きちんとした理由があっての行動だったのかと気がつきました。深いですよね。。

芸能人として大事なこと

またこの本の後の方には、著名な方との交流、そして学んだことが記されていました。時代劇に出るようになり、そこで共演をした松方弘樹さん、森繁久彌さん、若山富三郎さん、山岡久乃さん、など錚々たる方たちとの共演においての様々な学びがあったと記されてしました。

中でも、森光子さんことは長く書かれていました。もともとは森さんが東山さんのファンだということで、知り合いになった。その後の共演において、森さんの演技や、普段の真面目で気取らない謙虚な態度と優しさに、とても感銘を受けたとありました。

 

この前後において、この本で東山さんが何度も書いていること。それは芸能人として人間として、いかに誠実であるか、謙虚であるか、まともな人間であるか、それがとても大切だ、ということです。それは他人にそうしろというわけではなく、自分がそう感じているという書き方でした。ほんとうに真面目なお方なのだなと。

しょうゆ顔と無表情

東山さんといえば「しょうゆ顔」の代表と言われてましたよね。女子たちがそんな話をよくしてました。本人はやはりそう言われる理由はよくわからないそうですが、無表情だと言われることもあるようで、その理由が明かされていました。それは「あがり症」だからだそうです。カメラを向けられるとどうしてもあがってしまう。少年隊だとトークの上手い錦織と愛想の良い植草がいるからなんとかなったけど、一人だとそうなってしまうとのことです。そうだったんだ。。Winkの二人と同じということなんだなあと!

最後に

僕が社会人としてのスタートとなった場所、そこにいらしたのが東山さんでした。

お話を実際にする機会はなかったのですが、数ヶ月、ずっとそばで見続けていました。

 

実際の東山さんは、どんなお方だったかというと、この本の通りの方です。

ヤンチャで明るい、まるで近所のおにいちゃんでも真面目。自分の仕事の事、そして環境を愛している。

スタジオに誰よりも朝早くに訪れて、黙々とストレッチと腹筋運動をしている姿。

 

僕は、普通にナルシストのような、テレビで見ているような印象しかなかったのです。

良い意味で全く違う人だったのです。とても真面目な一面と「まるで近所のお兄ちゃん」のような一面もある。

驚く自分に長年、東山さんを支えている裏方の方が、こう説明をしてくれました。

「ヒガシはデビューの頃、仮面舞踏会でデビューした時から応援をしてくれているファンの事を大事にしているから、人前では普段とは違うように振る舞っている、仮面舞踏会のような貴族的なイメージを大切にしているんだ。」「後輩達にも負けないようにずっとトレーニングもダンスもレッスンしている」

 

この文のタイトルに「心から尊敬している」と記したのは、この理由からです。

かなり時間は経ってしまったけど、今も変わっていないのだと、テレビに東山さんが映るたびに思わされます。それだけ真っ当なことばかり書かれていた、実際に見た姿そのままだったと感じられたからです。

そして、この本を読んでその思いを深めることもできました!

終わり

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