さわやかでまえむきな人間になりたい男が
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【レビュー】SPEED-iD「Inner Dimension」(1994) 消毒された人間達には引き継がれなかった音楽

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戦争が終わり時代が過ぎて、人々は豊かな生活を手に入れた。そして庶民達もそれまでに手に入れられなかったもの、科学の進化によって手に入れられるものも増えた。人間の欲求に則して、それまでには見られなかった、人類には見ることができなかったものを、見られるようになった。その風景を、感性の鋭い者達は、何かに残そうとした。または酩酊のままにそれらを描いた。数々の作品、文学、絵画、映像、そして音楽などにそれらの状態を残そうとした、または酩酊のままにそれらを描いた。

 

しかし、それは当然のように粛清をされ、後塵達は残されたそのものから、もう体験が出来ないものに対して疑似体験をしようとした。それが本当の風景なのかはわからない、またはわからない振りをしてるのかも、わからず、作品から理解をし想像をしようとし、そして創作をした。

そうした疑似のものは、時代を経て悲しい程に薄まっていく、そして消滅をしていく。忘れられてしまう。もう理解できないものになってしまう。

 

SPEED-iDの「Inner Dimension」自分はリリースされた当時に聴いたわけではありません。ヴィジュアル系の名門レーベルとなったフリーウィルからのリリースということもあり、当然にそのようなもの、まあ当時のフリーウィルのレーベルスタイルはその名の通り「フリーウィル」だったから、当然にそのようなものではないという期待もあった。

でも、僕はわからなかった。最初はわけがわからなかった。素直に「自分にはまだ早い」と感じたことは確かだった。

わかった、わからないなんて、どうでもいいことだ、と気づいたのはもう大人になったくらいだった。冒頭の文章のことは、要するに自分なりの「サイケデリック」の解釈です。

そして、もうひとつ大人になって気づいたことがあった。

このアルバムがリリースされるたった3年前に、ロック界を揺るがすようなアルバムがリリースされていたということ。それがMy Bloody ValentineLoveless」だった。時代が過ぎて、散漫になっていたものを、彼らがとり纏めて、パッケージにしたものだった。その独自の音像と、耽美ともいえる世界観に触れた者は、見られなかった既視感を得ることができたのだと思う。

SPEED-iDの「Inner Dimension」はこの時期における、ロック・シーンのトレンドを取り込んだもの、もちろんそのままだけではなく、日本の他のバンドには無い、彼らのルーツも取り入れたものだった。

それは、The Doorsであり、Jim morrisonだった。1971年にヘロイン中毒で死んだ伝説のロックスター。生粋(という言い方は間違っているような気がするが)のジャンキーだった彼の音楽を聴いてみたのも、SPEED-iDを理解したかったからだと思う「Break on Through (To the Other Side)」という曲から、彼らの前進バンド「The Other Side」も来ているのだと勉強をした。素直に勉強をしてよかったと思う。このような70年代以前の音楽に触れる機会になったからだ。ドアーズはひたすらに僕にとっては聴きやすく、わかりやすい音楽のように聴こえてしまった。オルガンの音が新鮮に聴こえてしまった。ロックオルガンというものは、現代ではほとんど見なくなってしまったから。

しかし、SPEED-iDの音楽がドアーズのコピーかというと、そのようなことは全く無い。現にSPEED-iDは今現在ではゴシックを基調としているということもある。オルタナティブなバンドであったという証拠なのだと思う。

 

話を「Inner Dimension」に残すと、これは前述の通りフリーウィルからのリリースということもあり、もしかしたら元祖ヴィジュアル系のようなものかと、期待をする人たちもいるだろう。が、全くそのような物ではない。

ひたすらに夜、暗闇と地下室と毒に満ちて、聴くものを悪夢に連れ去ってくれる危険な音楽、というとやはりそのようなものだと勘違いをしてしまうかもしれない。

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貴重なヴィデオがアップロードされていたので貼ってみます。「Inner Dimension」の1曲めを飾る「Moon Shine」に独自のintroが付随されたPV。かつて、ボーカルの優郎の声をAUTO-MODのジュネが「近所迷惑な低音」と評していたけれども、言い得て妙とはこの事だと思う。そしてこのアルバムのもうひとりの主役である、ギターのIPPEIの恐ろしいエフェクトと地底を這いずる蛇のようなフレーズは圧巻である。

2曲め「Mad House Freaks」も凄い。このアルバムで僕はこの曲が一番好き。日本のバンド的な構築性と、UKバンドのようなフリーダムとUSの狂気が結合をしていると感じた。この曲のIPPEIのギターも凄い。ひたすらにワウを歪ませた生物的なギターが幻覚的である。

また、3曲めのダンスサウンドを導入した「Drive With Speed Slave」のように、ロックだけに傾倒をしていないのも、当時としては斬新であったと思う。優郎は、昔の雑誌のインタビューにて、ロックシーンの限界、やがてクラブシーンに追い抜かれるのではないかと言及をしていた。それは20年以上前の発言だった。そして、その通りの未来になってしまった、のではないか。

代表曲ともいえる「薔薇と摩天楼」は、彼らなりの、歌モノの楽曲なのだろう。美しいコードワークと、16ビートが無限的な都会の風景を感じさせる。しかし、普通の「日本のロック」と大きく異なる部分がある。

「ボーカルはトランス状態なのか不安定」

 かつて、雑誌「ロッキンf」の増刊のレビュー欄にてこのように書かれていた。確かに高音部分は不安定にも聞こえる。これは優郎氏も認めていた。

けれども、僕はこれでよかったと思う。もし、普通に歌えていたら、まるでカラオケのように歌っていたら、普通の人たち、本質を理解できない人たちに消費をされてしまうかもしれなかった。だからこのボーカルは踏み絵のようなものになった。聞きやすいボーカルだけが、ロックではない。ロックで大事なものは、それだけではないということ。僕はそう思う。

でも、消毒をされてしまった人たちには、わからないかもしれない。みんなで楽しく運動大会、合唱コーラス隊、エアロビクス大会、野外でタオル振り回し大会のようなものをロックに求める、消毒された人たちには。

 

しかし、このアルバムを再録音をする企画もあるかもしれないという。先日はこのアルバムの曲で構成されたライブも開催された。新しい「Inner Dimension」を是非聴きたいと思う。


SPEED-iD - Across the Twilight PV

優しい感情に満ちあふれているかのようなアルバムのラスト・ソング「Across The Twilight」に加えて、最後に、1994年の「SHOXX」優郎のインタビューから、一部の発言を引用します。

もう押し付けがましい感情が溢れてくるような”俺たちにどこまでもついてきて、一緒に成功していこう”みたいな。大きなお世話だっていうの(笑)。一般人にはくそったれミュージシャンの人生なんかとは比べ物にならないもっと大変な生活が実際にあるわけじゃない。女の金で遊んでいるような俺たちに”俺達について来い”なんて言われたくないじゃない

共同幻想を叩き潰せ」がこの頃のテーマだったよう。このアルバムとインタビューから25年。すっかり消毒をされてしまった平和な世界に、彼らのような毒と、精神的な自立が必要ではないかと、自戒もこめてこのレビューを終わりにします。

 

つかれオジさん4☓歳から若い人たちへ 今しかできないことがあります!やったほうがいい

ほんとうにつかれたオジさんになってしまった、また年齢を重ねてしまったつかれおじさんまえむきです。

 

今日、ちょっと悲しいことがあったんです。会社のことです。自分のことではなくて。

最近、会社に入ってきたとてもわかい女子らがいます。まだ大学を出たばかりで、すごく明るくて、ニコニコしていて、僕のようなつかれオジさんにもニッコリ話しかけてくれたりするのです。

しかし、その子達が、もうすぐいなくなってしまう。派遣社員だったからです。

今、僕の働いている会社は厳しい状況にあるようです。経費削減が求められています。

そのしわ寄せになったのでしょう。地方から上京をして、最初の職場だったのに。まだ数ヶ月なんですよ。ひどいですよね。

以前もそういうことがありました。頑張っている人がいても、派遣社員だからといって、切られていなくなってしまいます。自分が勤めてまだ1年なのに、何人も。

 

でも、彼女たちは本当にまだわかくて、明るくて元気なのです。だからどうにでもなるでしょう。本人たちは、さっぱりしているようでした。

そうです。若いとなんとかなるのです。

 

僕は年を取ったからもう○○できない、ということは間違っていると思っています。それは、僕と同じ年同学年の中田英寿がよく言っているからです。日本人は年齢を気にしすぎだということを。それは彼が成功をして、引退をしても好きなような生きている人だから、信用になっているということもあります。

そうであってほしい。

のですが・・

例えば今、僕がまたジャニーズ・エンタテイメントでアルバイトができるかというと、絶対にできないと思います。僕がアルバイトをしていた時はまだ20代前半でした。他の業界も同じだと思います。若いとアルバイトで雇いやすい、入り口は広いのです。

もし、自分がやってみたいこと、やりたいこと。将来のことを考えなくても、とりあえず飛び込んでみたいところがあったら、雇用形態を問わず、とりあえずやってみてほしいのです。あとになってもできないことはあります。全部がそうだとは言わないけれども。

派遣社員でも、やりたいところだったら入ってみても良いと思います。もちろんアルバイトでも。そして正社員だったらもちろん良いです。

実際にいろんな世界を見てみること。

それは、僕は30代になってもそうなってしまいました。初めて正社員になった会社を不本意のまま自主退職をしました。しかし、その後でその会社にいただけでは見られなかったものが、沢山見られました。世界はもっと広いんだな、井の中の蛙大海を知らずとはまさにこのことだな、と実感できました。

今は、僕はぱっとしない感じにはなってしまいましたが><でも色んな世界を見てきたことは確かです。そしてまだ自分の人生において、いちばん大事なことができていない!それはずっと、忘れないつもりです。

とにかく、若い人は今を大事にしてほしい。そう思います。僕は最近、白髪が増えてきました><おわり

椎名林檎「三毒史」このレビューも毒に満ちています

 

三毒史(通常盤)

三毒史(通常盤)

 

椎名林檎は凄いと思う。まず名前、芸名から言って凄い。リンゴ・スターから名付けたという名前というのも凄い。「林檎」という到底使われないけれども、誰もが読めて知られているリンゴから取った名前。そして最初から音楽もすごかった。「無罪モラトリアム」なんて言葉をアルバムのタイトルにするなんて。凄い。誰もが思いつきそうで思いつけなかったものだと思う。その時彼女はまだ10代だった。モラトリアムまっさかりの筈の世代の少女が「無罪モラトリアム」とデビューアルバムに名付けた。

その後、彼女は約束された通りの成功を収め、やがて「東京事変」というバンドも組んだ。種を得て、子供もできた。傍からみたら、順調そのもの人生盤石安定。そして東京オリンピック2020の東京オリンピック開閉会式プランニングチームにも選出された。

 

そんな栄光の中での新しいアルバム「三毒史」 「三毒」という言葉を自分は全く知らなかった。仏教用語らしい。椎名林檎は本はあまり読まず、百科事典をよく読むという話をどこかで聞いたことがある。その学びがここで現れていたのだろう。三毒というものを、馬鹿のひとつ覚えのようにぐーぐる検索で調べたのだが、わかるようでわからないものだった 三毒とは「貪・瞋・癡(とん・じん・ち)」貪欲、怒り憎しみ、そして理知に対して無知であるという3つの毒。わかるようなわからないような。

しかし、「毒」という言葉に僕は恐ろしさを覚えた。すっかり「毒」という言葉や概念を忘れていたのだ。生活にはいつも毒が溢れていて、それを避けようともしていなかった。この世は無毒なものだと、思い込んでいたからだ。

テレビでも、毒から発生した出来事はすべて、所詮は他人事にしかすぎない。死ぬのはいつも他人ばかりと言ったマルセル・デュシャンの言葉によく現れている。そして、自分から毒を発しないように、他人からなるべく毒を浴びないようにしている、という無意識に消毒されてしまった自分に、気づいてしまった。

目の前にある、現在のもの、全てにおいて、消毒されてしまっている世の中になってしまった、とも感じてしまった。

 

三毒史」に話を戻すと、1曲目「鶏と蛇と豚」はこのアルバムを貫くような仏教感に満ちた曲、というような評論が虚しくなるほどの力強い叫びと慟哭が満ち溢れる曲。

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どこかで見た、もちろん見ている東京の風景が、そこにある慟哭のような雄叫びに占められているような、そんな由々しき現実なのか幻なのか、わからない世界が見えてしまった。ただし余韻は長く続かない。ねぶたや着物などの日本を象徴するもの、そして東京の象徴に違いないもの、オレンジに燃えるあの塔も出てくる。煽りのような警告のような英詩の字幕が、目にも心にも何故か痛い。僕はこんな曲を今までに聞いたことがない。

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宮本浩次をゲストに迎えた「獣ゆく細道」は、そのまま欲を表したもの。その欲の象徴が、宮本浩次の野獣めいた歌声なのだろう。ミュージックステーションでのパフォーマンスはすごかった。完全に獣になったような、宮本浩次を従えて、椎名林檎が終始上からの目線で冷たく見ていた。宮本浩次は野獣のようではあったが、この難しいメロディを一糸乱れず、歌いこなしていた。ハモリのパートも。獣の道は細い。気をつけなければ、道を外してしまう。

 

このアルバムの特徴として言えることは、収録曲の時間が短いということ。サッササッサとどんどん次に進んでしまう。それは良いことだと思う。毒を喰らわば皿までとはいかないのだから。

櫻井敦司がゲストの「駆け落ち者」を先行にて初めて聴いた時、僕はがっかり、するBUCK-TICKファンの顔が浮かんでしまった。申し訳ない。タイトルと椎名林檎とのデュエットというシチュエーションから、まるで悩ましいキャバレーソングのようなもものを、期待していた、僕もそうだったから。みんなもそうかな、なんて。でも違いました。むしろBUCK-TICKよりもBUCK-TICKだった。けたたましいシンバル音の洪水に、やすらぎなんてものは一切ない。それでも負けない櫻井敦司の存在感はまさに魔王であり勇者でありゆうていきむこうドラクエ2のようで格好いい。

そして今までの彼女のスタイルであるものも納められていた。ギターをかきむしり、愛をかきむしり、声もかきむしるようなラブソング。そこにはなぜか心地よさを感じ、、、なんてない。ただ見えない血の雨が降り注ぐようなギターサウンドにこちらがかきむしられてしまう。

ごほうびのようなミュージカル調の既発表曲も、影における光のなかの影も見せてくれる。これも「毒」のひとつなのだろう。

 

僕は、最近「バンドサウンド」に飽き飽きしています。このアルバムのようにひとつのエッセンスとしての曲としてなら良いのだけれど、最初から最後まで、同じメンバーが同じようなフレーズを延々延々ギターの音ばっかり、ボーカル中心の日本の!バンドにうんざりしています。るのです。

そして、東京五輪の関係者といってもいいのに、太平ムードがない、テーマも「三毒」それをこのタイミングで表現をすることに敬意を表します。

オリンピックの音楽といったら、、栄光のかけはしー♪まけないでー♪みんなひとつー♪いつでも夢を(これは良い曲)そんなに走らなかった!良いと思います。

オリンピックが終わったら、東京も終わり。なんてことはないのです。このアルバムのように東京はずっと生き続けるのです。そうですたくさんの夢と光と毒はずっと終わらない!!

【日記】いろいろあきらめました

 

ここ半年さっさと転職転職さっさと転職しばくぞー だったのですが。。

ぜんぜん決まらなくて、もうちょっとあきらめました。

あんまり焦らなくていいかなあと思ってしまっています。

仕事は本当に面白くありません。誰にでもできる仕事です。だから頭を使わなくていいのです。だからラクなんですけどね。給料も安いですが、むしろ貰いすぎともいえるのです。

今は、これからの人生に向けて、真剣に考えて、ことに移そうと思います。そうです。まだ長いんですよ。いつ死ぬかはわからないけど。

だから、僕はなるたけ(雑な日本語)自分の脳内世界を充実させようと思います。余計なことを考えなくても良いので、自分だけの完全世界を樹立させるのです嗚呼!

空想の世界は、誰にも立ち入れない自分だけの領域なのです。だからもっとネタを得る必要があります。もっとそこに貪欲になり、残り少ないかもしれない人生を豊かにするのです!

なので、どんな仕事でもいいのです。だから、他に良いところ、なるたけ。。雑ですが、なるたけ自分の脳内世界が充実できるような環境を作っていくのです必死で!

 

そうです。僕の脳内には、いろいろなものがひしめいているのです。まだ誰にも見せていないけれども、見せる、見せられるように努力をするのです!!

会社で得られるような幸福は、もう十分に味わい尽くしたと思っています。ほんとうにそうです。夢みたいな時間、今のくそみたいな時間も含めて、すべて、全てを!これからのネタにする、と決めました。

僕はもう誰にも止められない!でも、なんか部屋が寒くて・・・エアコンは切ったのに。要するにつかれているのです。つかれが最大の敵なのです。ツカレ・イズ・マイ・エナミーなのです。

 

くそ日記でも最後にちゃんと音楽を紹介します

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90年代ヴィジュアル系の良さ深さ不可さをよく表したCANARYの素晴らしいヴィデオをどうぞ。ドラムの方、ペット奴隷のようにされている方(最後は毒殺)は、元デザビエのボーカルの方なのですが、早逝をしてしまいました。お祈りを申し上げます。

おわり

初めての会社でのアルバイト先だった「ジャニーズ・エンタテイメント」が事業を終了しました

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もうかなり前のことです。そして短い時間でしたが、僕は株式会社ジャニーズ・エンタテイメントでアルバイトをしていました。制作のアシスタントとしての入社でした。求人雑誌からなんとなく応募したら、受かったのです。応募要件として「楽譜が起こせる人」「楽器が弾ける人」というのがあり、僕はそれが出来たので、それを面接でもアピールをしたような気がします。

その当時、自分は喫茶店での深夜アルバイトをしていました。受かって、急に現場に行くことになり、もう辞めると告げた時、急の退職願いとなり、かなり怒られたので、仕方なく会社名を告げたときのリアクションはすごかった。ジャニーズって凄いところなんだ、とその時に改めて思いました。

 

そこからは、本当に夢のような時間でした。前夜まで喫茶店でアルバイトをしていたのに、気がつくと全く別の世界に自分がいました。いきなり現場、リハーサルにも出向き、いきなり怒鳴られたりしました。サンチェさんに!きつい洗礼でしたが、芸能界ってこういうものなんだろう、という勉強になりました。

そして、リハーサルなどで、初めて近くで長時間見た芸能人、少年隊の東山紀之さん。東山さんの人間性の素晴らしさに僕は毎日、感動をしていました。高いプロ意識と美意識、そしてテレビでは見せていないような、気さくなお人柄。長年、東山さんに付き添っているスタッフの方が僕に言ったこと、今でも忘れずによく覚えています。

「ヒガシは、デビュー曲の”仮面舞踏会”の時にファンになってくれたような人を大切に思っているから、その時のイメージ、貴族的なイメージを崩したくないと思ってる。だから人前では、普段の自分を出さないようにしている、そして歌も踊りも体型も保つように、後輩たちにも負けないように、必死に努力をしているんだよ」

ということ。長く連れ添った人が言っていた事を、比べてほんの一瞬だった自分でも、そのことは十分に感じられました。そして今でも、テレビを通じてそれを感じています。「セサミン」のCMで、10年後も変わらないようにとストレッチをしている姿を見て、20年くらい前の東山さんがリハーサルの前に入念にストレッチをしている姿と変わっていないな、と思いました。本当に、真面目な方でした。

 

後に、現場での体験の感想を作文にするように命じられ、僕は今に書いたようなことを書きました。上司の人は、共感してくれたような気がします。

 

上のニュースのコメントでは、小杉理宇造氏のことを、ものすごい悪人のように言われてしまっていますが、そんなことはなかったです。厳しい方でしたが、優しい人でした。普通の偉い人でした。僕にも気遣いをしてくれることもありました。

僕は下っ端の下っ端でしたが、そう感じたのは事実です。

 

短い間だったので、僕は「ジャニーズの良い所」だけを見てしまったのかもしれませんが、総じて言えることは、ジャニーズは別に普通のところだった、ということ。その後の社会人生活で感じた会社とも、特に何も変わらないということ。

変わっているのは、沢山の人に愛されている、そして注目されているということです。

 

 

このブログで、過去にジャニーズについて書くこともありました。というかかなり書いているようなが気がしましたが、それは、僕の中でのジャニーズは特別なものだったのかもしれません。

ここで見たこと、学んだこと、感じたことのすべてが、その後の社会人生活の大きな糧となったことに、感謝をしています。

ジャニーズはまだ無くなっていないけど、僕が初めて会社でのアルバイトを体験した会社は事業を終了しました。ありがとうございました!

 

過去のジャニーズネタ

※JEから出たCDのレビューです!

maemuki.hatenablog.com

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