さわやかでまえむきな人間になりたい男が
好きな「文化」を語る。
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完全つかれ宣言します

つかれが止まみません。仕方ないです。先々週末は千葉勝浦に行き

Instagram post by 世界のmaemuki • Apr 7, 2019 at 8:28am UTC

先週末は長野県上田市に行ったのです。

これはもう使われていない上田市民会館です。ここは高校3年生の時に、吹奏楽班!で定期演奏会を行った、班!を引退した時の思い出の場所なのです。もう使われていないんだなあと感慨に深まるのと、思い出にひたりました。かわいい後輩たちから花束などをもらった僕はすごく泣いたりしたのです。ほんとうに。涙もろいんですよ。最近は涙を出す動作をするのがくせになるほどです。涙はでないのですが、常に泣いているのです。

やはり疲れています。きわめて淡々とここまでタイピンをしている事がそれを表しているでしょう。つかれています。完全つかれ宣言です!

 

こんなにたのしい週末が続き、さぞ平日もリアル充実かということやはり、そんなことは全くないのです。ひどいことばかり。ああやめますね。自分の価値を下げるようなことは書いてはいけないのです。気分が乗ってきたので(だいたひかる風)↑の最後の定期演奏会であったこと、また自慢くさくなるのですうがご容赦ください。つかれているのですから。

この日、僕はやりたい放題、もうこの世の主人公のような活躍ぶりでした。仕方ないでしょう。事実上3学年をメインで学生指揮者をやるというような異能の才能の持ち主だった、なんて自分で書いてはずかしいですね。賛美歌のやぶきさんんみたいになってしまったけど、いいでしょう。やぶき姫はこのブログのセレブレティなのですから。かぶるということで。

殆どの曲、コンクールでやった曲は先生が指揮をしましたが、それ以外、ポピュラー、クラシック、全部、僕が指揮をしたんですよ。更にピアノ、そして「GSメドレー」ではエレキギターなんかも弾きました。

ラストの曲はムソルグスキーの「展覧会の絵」でした。僕の指揮はよかったのかはわかりません。でもがんばったのです。最後「キエフの大門」では感動しました。

終演の後、僕に恥ずかしそうに話しかけてくれた人がいたのです。「すごかったです・・天才です天才・・・」と言っていました。「ああありがとうございます。あああなたは」とおききすると「上田高校の○○です。握手してください」ときたのです。

上田高校・・・!学区内ではトップクラス。まさに進学校です。僕の高校は上田高校→上田染谷丘高校→上田東高校←ここなのです。これは、頭の良い順で、つまり3番目というイケてない学校だったのです。当然吹奏楽のレベルも、こうなって、いないように、せめて上田染谷丘高校には負けないように!この時は頑張ったのです!!

そして、「上田市民会館」での演奏会も、班史上初めてだったと思います。僕らはもっと狭い上田文化センターでそれまでやっていたのです。上田高校と上田染谷丘高等学校は、市民会館でした。僕はそれが悔しかった!!だからここでやりたいと申し出て、かなった演奏会なのです。

だから嬉しかった。ほんとうに。知らない人、しかもレベルの違う学校の人にそんなことを言われて、吹奏楽班の活動が終わったなんて。

 

そんな

輝かしい過去ばかり

思い出している

悲しいおじさんなんです。

とりえあず、明日は、何もしないことにします。

やることは、朝8時からの「朝だ!生です旅サラダ」をみることです。楽しみです。。だめだ終わりですごめんなさい。つかれているのです。ああ

 

はるやすみ第二弾 上田市で桜と上田映劇でパーティと映画を3本観て支配人さんくんと交流!!

なぜ、僕が二週連続週末の旅、遊びに行ったのか。それにはちゃんとした理由があるのです。それは、僕の今はたらいている会社は祝日休みではないのです。普通に土日だけ休みなのです。もちろん、ゴールデンウィークも…

実は、そうしないように、そうならないのように早いうちから動いていたのに、こりゃだめだとわかったので、ならば早めに春休み気分を味わいたかったのです。プレ・ゴールデンウィークの気分だったのです。そうなのでした。

さて愚痴はそこそこにして🔥今回は、僕の故郷でもある上田市に1泊2日行って参りました。目的は今は、上田市にある上田城跡公園にて、桜まつりが開催されているので、そこで桜を見ることと、上田映劇の定期上映再起動2周年パーティーに出席をして、映画も観ることでした。

気分を盛り上げるために、こんな写真も撮ってしまいました。北陸新幹線です。最初の頃は「長野新幹線」だったのですよ。開通後すぐに乗る機会があったのですが、もうガラガラで…大丈夫かなと思いましたが、金沢までつながったので、少しは乗客は増えたようです。

指定席は満席だったので、早めにホームに行き並び、普通に座れたので、買った駅弁も食べました。今回は焼鮭とクラッシュサーモンと、こぼれいくらの弁当です。お値段は1280円くらいでした。味は美味しかったですよ。普通に。鮭不足だったので満足しました。食べたい時に食べたいものを食べられる、良いことだと思います違いますか?

 

ごめんなさい。やはり連休普通に出勤ということでテンションが下がってしまっています。しかしこの時はウキウキウォッチング(オヤジギャグはずかしい)だったのです。

これは軽井沢駅手前のトンネルを抜けた後の光景です。

トンネルを抜けると、そこは雪国だった。これは川端康成の雪国の有名な節ですが、軽井沢の手前でほんとうにそのようになっていました。前日に降雪があったようです。川端康成の雪国なんて、「邦ロック」とか抜かしているクソ若者たちは知らないのだろうな〜無教養め!!

ごめんなさい。怒りがとまりません。なんて恥ずかしいのだろう。

しかし、大丈夫です。この後、早速「予測をしていた通りの満足感」が得られたのです。

上田駅前です。見てくださいこの青空!しかも寒いどころか暑いのです。なんというなという!ここは山に囲まれた盆地なのです。まだ寒くても良いはず!!なのにああ。

そして予定どおりに、市がやっている無料レンタサイクルも借りられました。ここは駐輪場で借りられて、いつも自分は100円を払って止めていた場所でした。今日は自転車で夜の19時まで市内を移動することにしました。上田ではずっと自転車に乗っていたので、懐かしい気分炸裂ファーウェイファー・アウェイです。

ちょっときつい上り坂(真田坂というらしいですよ定かではないのですが)を登って、ついたところは、北国街道柳町というところです。

ああ、いちおう上田のことを説明しますね。僕は実家が山山山の上スキー場の横!だったので、高校に通うために一人暮らしをするために、住んだところが上田市でした。山解放をされたところ、そして友だちはあまりいなかったけど吹奏楽班(部)でものすごく楽しかった高校生活、そして、2017年と2018年にまた舞い戻り、ここでも山解放をされ、また一人暮らしを始めたところです。そして最後の最後に心のふれあい〜♪があったところなのです。

岡崎酒造という有名な酒屋があり、そこは「サプリ」などで知られる

漫画家おかざき真里さんの実家なのです。つい最近、この飾りがかけられるようになりました。

ここにきた主目的は柳町屋というところの、長門牧場のソフトクリームです!!長門牧場というのは長門町というもうなくなった町、僕が住んでいた町にある牧場のことです。

nagatofarm.com

そこのソフトクリーム!ここは一応同じ町だけどとても遠いところにあるので、あまり行くことはありませんでしたが、ソフトクリームと牛乳の美味しさは覚えていました。上田にまた住んだ時も、よく行っていました。ほんとうに美味しいのです。濃厚かつスッキリ、甘いのですが後に残らないのです!

ここで、通りがかりのおばあさまに声をかけられて、写真を撮るようにお願いをされたので、ちゃんと撮ってあげました。ごめんなさい。いい人アピールをしてしまいました。実は、僕が身につけた、都落ち長野生活で身につけたスキルの一つが「お年寄りと仲良しになる」ということなのですよ。ああまた自慢をしてしまいました。

自慢をしたら、気分がよくなってきました!!

 

その後は、上田城跡公園に桜を観に行きました。

やはり咲き頃(こんな言葉ない!)で満足しました。映らないようにしているのですが、たくさん人がいましたよ!「新宿御苑みたい…」とかちょっと思ってしまいました。でもほんとに多かった。そして新宿御苑には無い、露店も沢山出ていました。お堀を囲んだ道にも出ていて、人も沢山で、そこを歩くのは止めにしました。露店ってどうなのでしょう。祭りだから仕方がないけど、そこだけではなくて、至るところに出ているのです。。縁日じゃないんだから、と思ってしまいました。ごめんなさい。自然を尊ぶ清らかな気持ちを、感じてくださいね。僕の気持ちを。ああ。

上田城跡公園の桜まつりの動画ですうーんfabulous!#桜#桜ファビュラス

この女性のマネをして、僕も座って、しばらくぼーっとしていました。このあたりには桜がないので、人がいなかったのです。風がそよそよ、気温も良く、空もきれい。ああー和むナゴムレコードといえば人生ピエールたき・・こかいん・・とかどうでもいい思考を巡らせながら、ぼーっとしました!

この後はひばりやというラーメンやでほたてラーメンバター乗せを食べました。かなり変わった味でした。具はアボガードとかが入っていました。チェーン店とか、このあたりの市街にはないんですよね。国道沿いはチェーン店だらけなんですけど。良いことだと思います。

この後は、最後の最後に心が通じ合った、同じアパートに住む、老年だけど若い心の持ち主の方の家に行きました。その方の電話番号を教えてもらったのですが、なくしてしまったので、ひとまず訪ねましたが、ちゃんと家にいました。

その方は今は身体を壊してしまって、仕事はせず、家にずっと1人でいる人です。しかし、部屋はものすごく整っていて、センスの良いものがたくさん、そして本がきれいに山積みになっていました。音楽も好きで、いろいろ教えてもらったり、筒井康隆の「ジャズ小説」という面白そうな本を教えてもらいました。ここに書いてあるジャズのレコードを集めたいと話していました。僕が本に興味を持ったので、その本をあげるよと言ってくれましたが、やはり固辞をしました。レコードを買うために必要ですもんね。今度買って読んでみます。

ジャズ小説 (文春文庫)

ジャズ小説 (文春文庫)

 

 その後は、いよいよ上田映劇です。パーティーの前に、1つ映画を観る予定でした。

こんな感じで2周年を記念するものもありました。もり立ててます!

中に入ると、すぐに愛おしい、いや、そんなことは思わない!親しみを感じる支配人さんがいました。「お久しぶりです!」と握手を求めてきてくれました。

「💖💖💖💖💖💖💖💖」となりそうでしたが、心を抑え、握手に応じました。

この日は「モンテ」という映画をみました。映画に関しては、また別にレビューをしたいと思います。

イラン人監督による、山の厳しさを描いたという知識だけを持って見ました。山の厳しさ・・・山の厳しさ!!!ああ!!そんなものわざわざ映画で見る必要が!この僕にあるのか??という問いかけが止みませんでしたが、見ているうちに面白くなりました。実はここで「カメラを止めるな!」を去年の9月に観て以来、映画を見ていなかったのですが、ここで散々映画を散々沢山見てきた「勘」が徐々の戻ってくるのを感じました。素晴らしい映画でした。

映画が終わり、外に出るとやはり支配人さんがおられました。

「映画どうでしたか」ときかれると「いや💖💖💖💖💖💖あの」となりそうでしたが、真面目に「すごく面白かったです」「難しい映画ですよね」「あ、僕はここで散々鍛えられたので💖」と言うと、微笑んでくれました💖💖

💖はもうやめときますね。この後、この映画の監督アミール・ナリデさんが登壇をし、トークショーがありました。非常にやわらかな人柄で、話の内容も興味深かったです。それはまたこんどにしますね!

この後は、ホテルにチャックインしました。

週末なので高いかな?と思いましたが、結構安かった?です。そして建物は古いけど部屋はきれいでした。お風呂も広かったです。

上田映劇の恒例食事イベント「映劇ごはん」の2周年記念ポップコーンとベルギーワッフルと、「ルヴァン」という有名なパン屋さんで買ったパンの写真です。これは1日以内に全部食べきりましたよ!ポップコーンは「映画といえばポップコーン」という亜米利加的な考えに即し、翌日に上映中にぱくつきました。

この後は自転車を返しに行き、上田映劇でパーティーに参加しました。

上田映劇の支配人さん、そして同じ高校、長野県立上田東高校出身の後輩!がスピーチをしています。もうはーとまーくは止めにします。「ハートマークはやめにする」なんてアイドルみたいで恥ずかしい。自重します自重!

宴は進みました。

更に上田映劇を支える人たちによるトークショーもありました。貴重なお話がたくさん聞けてよかったです。ほんとうに愛されている劇場なんだなと感じました。そして気がついたのですが、僕はけっこう定期上映開始直後に来ていたということがわかりました。2017年上田映劇の一番の常連だった、ということは支配人さんにしつこくきいて確認はとっていたのですが💔でも僕は2018年の2月に東京に戻ったのです。せつないけど、また記念の日に来られてよかったな!と思いました。

この後、念願だった、あああの「あの人とツーショットさつえい」に挑み、成功をしました。これはアップロードなどはしません。Googleフォトにはアップロードが自動的にされてしまいましたが、決してあげないのです。

この後、少し知らない人と話して、自分が支配人さんと同じ高校の出身だった、2017年にここで沢山映画をみました、というような事を話したりしました。

その後は、ちょっと疲れてしまったので、ホテルに戻ることにしました。

しかし、トークショーで支配人くんさんが、言っていたことを思い出してしまいました。

二年の中で、一番うれしかったことはなんですか?という質問に「上田映劇を来て知らない人同士が交流をしているのを見るのが、とても嬉しかった」と言っていたことを思い出しました。残ってもっと交流をしたらよかった。

でも、僕は今、皆さんと違い、もう東京に住んでいるんだ、、という気持ちもありました。切ないですね。ああ、なんて映画的なんだろう。ああ、この気持ちは永遠に消えないのです。映画が続く限りですああああ!

 

そんなせつない夜は、あまり眠ることができずに、朝を迎えました。泊まったホテルは安いけど朝食が良いという評判もあり、楽しみにしていました

感じのよいおばあさまが味噌汁とご飯をついでくれたりする中、ビュッフェの基本である、食べ切れる量を、少しづつ取るという高級ホテルで学んだマナーを守りつつ🔥おいしく頂きました。もちろん完食ですよ。ふふふ!

 

この後、昨日悪かったなという思いを抱え、朝9時半からの上映「マチルド、翼を広げ」という映画を観に行きました。

上田映劇につくと、支配人さんくんが、いつものように1人カウンターに佇んでいました。なつかしいなあ。これだよこれ!なんて思ってしまいました。ハートマークはだしませんよ。日曜日の朝ということで、僕がとりあえず最初の客のようでした。

いろいろ大変なんだろうな。変わっていないですよ。とも言っていました。変わっていないということ。僕にとっては正直うれしいけど、それは良くはないことなんだろうなと思いました。

実は、前の日の映画上映中に、ノイズが混入するというトラブルがあったのです。その禊として、無料鑑賞チケットを頂きました。この日は早速、それを出して鑑賞をしたのですが。この後の映画も見ようとその瞬間に決めました。ちょっとでも力になれれば、なんていうのは、言い訳です。ほんとうにまた映画を観たくなったのです。ほんとうです。でもこれも言い訳ですね。

上映前の時間、また僕はいつものように、愛しい上田映劇の中の徘徊したりしました。

あったかい灯油ストーブ。ほんとうにあったかくて。最初の頃はこれがなくて、ひたすら寒い上田映劇でした。この前に立ってあったかいなーと思うのは僕にとって新鮮で楽しい出来事なんですよ。

映画「マチルド、翼を広げて」は、また感想は書きますが、フランス映画らしいフランス映画でした。いろいろそうでした。その感想も支配人さんとシェアしました。前日の「モンテ」よりもわかり辛かったです、という上級者気取りの感想を言ってしまったのですが、彼はそれを悟ったのか、わかってくれました。嬉しいな。こういうのが都内の映画館ではない、ということが、全然映画館に行かなくなった理由だったんだとも思いました。

その後は、「世界一と言われた映画館」というドキュメンタリー映画を観ました。これは山形県酒田市にあった伝説の映画館「グリーン・ハウス」の栄華と大火による消失に関する、映画でした。また感想は書きますが、この映画をここで観られてよかったな、と思い、それも支配人さんくんにその感想を言いました。嬉しそうにうなずいてくれました。僕も嬉しかった。

ああ、なんだか怪しい感じになってしまいましたが、とてもよい休日になりました。

 

ほんとうに、映画を久しぶりに2日に3本も観たけど全然平気でした。そして、まだ観たい映画もありました。帰り際の後には、人気映画「まくこ」の上映で、人が沢山来ていました。それを見届けて、サッと挨拶を済ませ、静かに映画館を去りました。

 

帰り際には、暖かった上田はもう寒さが見え始めて、雨も少し降って来ました。明日は仕事です。早めに東京へ帰ることにしました。

 

僕のはるやすみはこれで終わりました。いろいろうまくいかなくて、現実逃避をしたかったのですが、現実に活かせることが2週にわたって沢山沢山ありました。素晴らしい休日になりました。それもこれも、人との交流があったからです。僕は今まで、一人旅が多かった、誰ともほとんど話さずに終わったということもありました。ほんとうの旅の楽しさというのもの知った、改めて知ることができた、ということ。それが収穫でした。

僕に優しくしてくれた人たち、ありがとう!ございました!!みんな愛してます🔥

 

終わり

 

 

【Web】若い人が使わなくても、僕がFacebookを使い続ける理由

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先日、千葉県勝浦お茶の間ゲストハウスに泊まった際に、インターネットの話題になり、使っているSNSの話をしました。LINE、Twitterそれぞれ活用をしていたり、していなかったかり。その中で「Facebookに若い人が少ない」という話を聞きました。

その後、会社の若い22歳くらい、大学出たての女子も同じ事を言っていました。「Facebookにはおじさんしかいない」と。

確かに、調査でもそのようになっているようです。

gaiax-socialmedialab.jp

米国では、若い人が使っているようですが、日本では40代以上の利用が目立ち、若い人は利用をしていないようです。

 

それは仕方ないと思います。

 

僕はFacebookをかなり利用をしています。登録したのはまだ日本語に対応をしていなかった頃かもしれません。結構前になります。それは仕事の為に、研究としての登録でした。そしてずっと使っていませんでした。

しかし、使うようになり、どうして使っているのかと自分で考えてみたのです。

 

自分は、転職が多いです。ここ数年でもころころ変わってしまいました。そんな中で、実際に、同じ会社で働いた人、仕事を共にしていなくても、よくお互いの事を知っているいる人と、インターネット上での繋がりがある、ということに安心感を感じている事に気づきました。

僕はFacebookは実際に会った人、話をした人、そして自分の事を少しでも知っていそうな人としか、「友だち」にはなっていません。知っているだけでは「友だち」ではないからです。まあ、そのような使い方でもなくてもよいのですが、自分はそうしています。

そして、転職をした会社において、関わったすべての人と、つながっているわけではありません。

現に、現在勤めている会社の人とはまったく「友だち」になっていません。まあ今までとは全く違う業界なので、仕方がないですが。

一番繋がりのある人が多いのは、一番に自分が頑張った会社です。もうそこを辞めて10年近くたつのに、そういう人達とは今でも、繋がりをもっていたい、と思っています。

要するに、若い人たちFacebookを使わないのは、まだ社会的な繋がりを醸成できていないからなのではないか、と推測します。社会的な繋がりイコール、ソーシャルネットワークです。

そういうものは、ある程度の社会人経験がないと、本当の社会的な繋がりというものはできないのではないか、とある程度の年齢をかさねた自分は思いました。

 

自分は、もう一つ、Facebookを使いたいという理由があります。

「友だち」になった人に、自分のネットワーク上での活動を伝えたいということです。

このブログは、社会人として自分が事実上のスタートを切る前、直前から始まりました。その後、僕はこのブログの事を会社の人にはあまり話さなかったのです。

その時、僕が勤めていた会社のサービスには「日記」もあり、そこにこのブログの記事を更新したよーなんてことは書いた記憶はありません。

今は、Facebookで更新を通知しています。僕がこんな事を考えているのですよ、というのも伝えたいのです。それは会社以外で社会的、というか人生における友人たちにもあわせてです。

Twitterでは、自分の更新した事を伝えられない、内向きなサービスです。そしてTwitterは自分にとって「知らない人たち」の集まりではないのです。

本当の自分の居場所が、ネット上にあっても良いと僕は考えます。

 

しかし、Facebookでブログの更新を通知しても、あまりイイねが付きません🔥

みんな「最終ログイン3日以上」なのかもしれません><

 

終わり

荒井由実「何もなかったように」ほんとうの光に満ちていた頃が いつかを知るのは

www.youtube.com

毎日、途中までバスで通勤をしています。必ず座れるので、そこから見る車窓も毎日観ています。変わらない景色だけど、いつも違う人が歩いている。緑が湧く公園から隙間から溢れる光、道端に植えられた密かな花、などをずっと眺めるのが楽しくて。

それは行き、朝の時です。帰りはもう暗くなっているので、最初は圧倒的な夜景が過ぎ去って、やがて暗い町の中に静かに入っていきます。

そして、僕はその時に音楽を聴きます。イヤフォンで。最近は通勤の時にしか聞かなくなってしまっているけど、その短さ、限定された時に、感覚が研ぎすまれるような気がするのです。車窓とともに。

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ある日、僕は荒井由実の「14番目の月」というアルバムに入っている「何もなかったように」という曲をバスで聴いていました。この曲は中学生の時に聴いていた曲です。特に、自分にとって何もない曲でした。もちろん良い曲だとは思っていました。

しかし、この日は違いました。

人は失くしたものを 胸に 美しく刻めるから いつも いつも

 荒涼とした風景の描写の中に、歌われるこのフレーズにとても感じるものがありました。それは、自分の心の状態がそのようになっていたからです。

僕は、無くしたもの。美しく胸に刻んだものが忘れられない。そんな毎日を送っています。そんなありきたりな感情でも、このようなサウンドとメロディで歌われると、やはり心が動かされます。が、やはり自分はまた明日、「何もなかったよう」に時を受け入れるんだな、とも気付かされます。

 ほんとうの光に満ちていた頃が いつかを知るのは 過ぎ去った後

 ほんとうの光に満ちていた頃

そんな時が自分にあったんだな、でも失くしてしまった。もう帰ってこないんだ。

願いこと、一つ叶うなら、あの頃に戻りたい。

でも、美しい思い出は思い出、胸に刻んで、しまっておける。それが人間の良いところなんだな、と思うようにします。

 

このブログで、ユーミンの曲について書いたのは、この記事が初めてです。僕は中学生の時から、松任谷由実から入り、荒井由実をたくさん聴いてきました。あまり書かなかったのは、思い入れが強すぎるから、だと思います。中学生の時から、自分が生まれる前の曲を普通に聞けたということは、良い経験になったと思います。今後もまたユーミンについては書こうと思います。

おわり

【SEO】バンド、アーティスト名のSEO対策について考えて見ましたーー

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新宿駅の西口、毎日通るのですが、そこにはいつもストリートミュージシャンらがいます。今日もいつもいるギター弾き語りの男性、売りは「東南アジアに3ヶ月ギター1本で旅をしました!!」ということらしく、そうなんだーーそれで??と思ってしまうのですが、ギターがジャンジャンガシャガシャ、歌はボエーみたいな感じでした。ごめんなさい><

あと、演奏の準備中に観客(男性)に囲まれている女の子がいました。準備中でしたが、ずいぶん可愛らしい女の子です。CDっぽいのも置いてありました。そしてアーティスト名が書いてありました。そこには「菜々」とありました。

「菜々」

これでは、アーティスト名としてはよくないのではないのかな、と思ってしまいました。まあ、本名なのでしょう。普段「菜々ちゃん」とか呼ばれていたら菜々としたくなるのはわかります。が、「菜々」は名詞であり、固有名詞ではないのです。他にも「菜々」という人は必ず存在するのです。ちなみに、菜々ちゃんは、その後アンプありで歌いだしたと思ったら西野カナの曲でした><カラオケかよーだったらすぐそこにカラオケまねきねこあるんじゃんかよおと思ってしまいました。。。

 

バンド名や、アーティスト名というものは、現在のインターネットの検索結果の重要性だけではなく、もっと広い意味で、固有名詞としての存在感があるものではなくてはだめだと僕は思うのです。

ただし、本名、または普通の名前、だったら問題無いです。その人の固有の名前だからです。日本人らしくファミリーネーム!ファーストネーム!で。

変わった名前、だったらより大丈夫だと思います。宇多田ヒカルとか。または高木ブーさんとか。これはまあ「造語」ですね。造語だったら問題ないです。

あいみょん」が知名度を得られたのも、「あいみょん」が固有名詞だったからというのもあると思います。本名は存じ上げないのですが、名字名前!ではなく、例えば「アイ」とか「ai」とか「愛」とかのアーティスト名だったら、おそらくここまで知名度をすぐに得るのは難しかったと思います。

バンドの場合によくありそうなメンバーの名前、例えば「KOJI」とか「HIRO」とか「TAKA」とかでも、「ラクリマクリスティーのKOJI」になるので、問題無いと思います。ソロ活動とかになると辛いけど・・・。

 

バンド名ですごいな、やっぱり偉大なバンドはすごいなと思ったのは「X JAPAN」です。

勿論、もともとは「X」でした。「X」ってすごく格好良いと思います。一文字だけ!両手だけで表現できる!!当然目立つし、否応がなしに覚えられる。しかし、アメリカですでに「X」というバンドがいて、商標的に問題があり、変える必要があった、ということで「X JAPAN」とした。

これはすごく良かったと思います。「X」はアルファベットの文字の一つで、固有名詞ではなかった。「X」というものは、「他」にあります。が「JAPAN」を付けることで「X JAPAN」は「X JAPAN」という他にない固有名詞になったのです。JAPANというのも、海外進出をするにはわかりやすいものでした。そして、その時点で彼らには「JAPAN」を代表をするバンドに相応しいものであったということも、あると思います。

 

そしてもう一つすごいな、と思ったのがGLAYです。これはTAKUROがつけた造語だったようですが、グレイ、灰色、誰にでもわかる言葉です。覚えやすい。しかし綴りはGRAYが正しい。でも、G・L・A・Yとしたことで、他には無いものになりました。

GLAYが出てきた当時、同じようなシーンでGRAYというバンドがいたので、それで変えたのかなと思っていましたが、函館の頃にはもうあったようですね。

 

このように固有名詞、または造語にするのが良いのですが、いかんせん覚えづらい分かりづらいものになってしまうということもありますよね。

彩冷えるはまず読み方は「アヤビエ」なんていうカオス極まりないものになっていますが、まあその後に表記が変わったりなんだかんだいろいろあってやはりカオスになってしまいました。

愛しい「愛狂います。」はその名の通り、狂っていたので!問題はなかったです。しかしその後のバンド、「Yeti」は同名のバンドが既にいたりしました><

 

ヴィジュアル系で名詞になっているバンドで辛いなと感じたのが、もうかなり前に解散をしてしまったバンドですが「Sugar」です。

「Sugar」は「ウエディング・ベル」というヒット曲を持つ「Sugar」というグループがかなり前にいました。あとアメリカのバンドにも「SUGAR」というバンドがいました。あと韓国のアイドルのグループにも「Sugar」がいました。いずれももう活動はしていないです。また出てきたりして><

 

ヴィジュアル系バンドの話ばかりになってしまいました。そうするとやはりVivid被り、ジル・ド・レイ被りなどがあります。

僕が最近のヴィジュアル系バンド名の傾向してあるのが、「長い英文、3語を利用」という特徴があると思います。でも、略称で呼べばあんまり問題ないんだろうなと思います。でもおじさんは覚えづらくて…。

 

最後に、SEO対策として、一番に難儀な「アルファベット一文字」バンドで現存するバンド「D」はどうなのかなと検索をしてましたら、こうなっていました。

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すごいですね!「d」Docomoに負けていないです!さすがベテランヴィジュアル系バンドですね!あんまりSEOなんて気にしなくてもいいのかもしれません><がんばれD!あ様!!

終わり