さわやかトラウマ日記

さわやかな音楽ブログです from 2004


さわやかでまえむきな人間になりたい男が
好きな「文化」を語る。
そんなブログです。from 2004yaer。

ファンレター&苦情はこちら kyopon2017@yahoo.co.jp



はじめての方へ!ブログ内リンク集はこちら!

このブログについて

このさわやかトラウマ日記は、個人にて非営利で運営をしているブログです!

2004年から、惰性感性が赴くままに続けてきてしまいました。。

自分は、普通の会社員です。特技趣味は音楽!を演奏することが本当なのですが、リスナーとして惰性感性のまま色々聴いていた結果が、このブログなんだと思います。

 

ブログの記事が多すぎて、カオスになってしまった気がしたので、初めてきた人、もっとまえむきさんのクソバカカオスを知りたいなという、け稀有な人にリンク集を設置しました!! 

 

それではよろしくお願いいたします。さわやかでまえむきなmaemukiより

 

続きを読む

Instant Cytron - Adventure monsters(1997) 僕の青春!"渋谷系バンドマン時代"を彩った1曲

www.youtube.com

何度でもアピールさせてください。自分は20代の時に、ほんとうに渋谷系オア下北系のバンドマンだったのです。ほんとうです。どうしてもこのブログがヴィジュアル系染メレラレ…刹那ノ刻…狂イ始メタ…殺りくの。。になってしまってちょっと悲しいのですよ… イメージを変えたい!おれはしぶやけい!!

 

今日も、あの頃は楽しかった的な、遠くなってしまった過去にまたひたらせてください。

 

お金が以外のもの全てが、バンドマン時代にはありました。

僕たちは、よくある「完全プロ志向!」とか「初心者不可」「見た目重視」「当方杉同化、隆同化求む」とかそういう感じではなかったのです。何のためにバンドをやっているか、なんてそんな真剣な話しは誰もしていませんでした。

演奏も自分を含めて、下手くそでした。初ライブでは演奏が止まりそうになって、「ちゃんと演奏しろや」とジャンキーがステージに乱入してきたほどにへたくそだったのです。

でも、ギターポップ界隈では「アノラック」というジャンルというか概念があるんですよ。パステルズとか、ヴァセリンズとか(Son of a Gunが僕らのテーマソング)そのシーンは「ヘボい」が代名詞のような感じでした。なのでヘボくても良かったのです!!

 

そこからアメリカのインディーズのレーベル「K records」(カルヴィンという声の低い男がレーベルオーナー、Beckを輩出)とか、そういうものがコアとしてありました。しかし、ほんとうはフリッパーズ・ギターがみんな好きだったんだと思います。僕はそうでした。わるいかフン、という感じでした。

そんな、何でも聴こう!お金はなくてもいろいろレコード(僕はCDだったけど)を聴いている時期でした。知らないものを知ろうとする力が、その時には強くありました。若かったんですね。それは、いつの間にか、直接バンドを組まなかった人たちとも仲良くなった「スモールサークル・オブ・フレンズ」ができていました。このワードもシブヤケイでよく使われた言い回しです…ネオアコ村!!

そんなスモールサークル・オブ・フレンズたちで、クラブに行くことがありました。高円寺のドルフィン?というところです。古いビルにある、小さなクラブに。

当て所なく行くわけではなく、特定のイベント(nameby"ボーイ・ミーツ・ガール")によく行って、うぇーい系の盛り上がりや、激しいダンスなどは、誰もしていなくて、渋谷系界隈やその周り、そのルーツ…のようなものはあまりかからずにDJの人の好みの曲を、朝までまったりと聴いていました。

前に書いた、高橋徹也「新しい世界」も、このときに知った曲です。

maemuki.hatenablog.com

 そして、Instant Cytron の「Adventure monsters」もこの時によく流れていました。インスタントシトロンという名前も知りました。英語詩で子供がキャンキャンと明るく楽しいけどちょっと切ないメロディを乗せて、そこまでの流れ、渋谷系という土台においてとても聞きやすい親しみやすいアコースティックなサウンド。最初は日本の音楽には聴こえなかったのです。「現在」の音楽にも思えなかった。

 

当時は、音源が手に入らなかったけど、このメロディは覚えていました。

ドードードー ラシドドシラソーラー ラドミーミレミレーラーシー♪(臨時記号の表記は省きました)このサビのところのメロディとか。

こんな音楽は高円寺の深夜には似つかわしくないのに、あの夜を思い出せてくれます。心配することは明日の生活のことだけ。荒廃しつつある毎日の中で、純粋無垢さしかないこの「Adventure monsters」に救いを感じていたのかもしれないなーーーという気持ちになります。させてくれます。思い出すのが、これを歌っている子供らの頃じゃなくて、まだ子供のようだった大人の自分だという、不思議なノスタルジック。まさに青春だったんだなあの頃は、と遠い日を回想します。

f:id:maemuki:20200601233955j:plain



インスタントシトロンは、片岡知子と長瀬五郎のユニットで、この「Adventure monsters」はミニアルバム「CHEERFUL MONSTERS」に収められています。そしてこのミニアルバムはスーパーバイザーとしてファンタスティックプラスティックマシーンの田中知之氏努めてます。…真の渋谷系というには畏れ多い…オサレサウンドクリエイター…いやオサレだなんて失礼ですね。本物のサウンド・トラックイカーです!

やっぱり、僕は渋谷系バンドマンだったんだ、と感じさせてくれる、素晴らしい曲です。青春はいちどだけ(フリッパーズ・ギターの曲。。)

www.youtube.com

名前をつけて
冷たすぎるように
シールで閉じて隠して

名前をつけて
残酷なくらいに
さあ目を閉じて答えて

 終わり

 

自分の心には響かなかった。 藤井風 「HELP EVER HURT NEVER」

 

HELP EVER HURT NEVER(通常盤)

HELP EVER HURT NEVER(通常盤)

  • アーティスト:藤井 風
  • 発売日: 2020/05/20
  • メディア: CD
 

各方面で絶賛されているの藤井風のデビューアルバム「HELP EVER HURT NEVER」を自分も聴きました。彼のことはJamiroquai「Virtual Insanity」のピアノ弾き語り動画で知りました。その他、彼の素晴らしいパフォーマンスは、モノマネや、単なるコピー、YouTubeに溢れている「歌ってみた」「弾いてみた」という塵達を凌駕していると思います。

初めて見た時は、日本人だとは思わなかった、日本好きの外国人なのかなと思いました。実際にYouTube LIVEでのトークをするところを見ても、なぜか英単語混じりの変な日本語を話していたり、言ってることがよくわからなかったり、そして乱れに乱れている爆発ヘア・セッティングなど、わかりやすい「普通の人」ではない人だな、と感じるカリスマ性のあるお方だな、とお見受けしました。

 

その後に発表された、このアルバムに収められている冒頭4曲のヴィデオも、興味深い内容でした。日本人アーティストには感じられないリズム感を、バックトラックも含めて歌声にも感じられたのです。「後ノリ」というやつです。

今回はピアノは控えめなんだな、と聴き進めて気づきました。ピアノ弾き語り動画で、

豪放磊落に、己のインスピレーションと、音楽的な斤地を守って生き生きと好きな曲をピアノで弾き語る姿はここにはありませんでした。今回は、そういうものなのだろうと。バックトラックは素晴らしいです。プロデュースのYaffle氏を中心に、一流のミュージシャンが、ブラック・ミュージック、ポップス、アダルトオリエンテッドロック、のサウンドと現代的なアプローチも用いて、藤井風の独特かつ、伝統を引き継いだコードワークを彩っています。歌ももちろん、コーラスも素晴らしい。

一通り、聴き終えて、藤井風の豊かな才能とポテンシャルを感じ、圧倒されました。

 

しかし、その後、このアルバムを聴き返したりすることはありませんでした。

今回は、サブスクリプション、AppleMusicで聴きました。CDを買って、歌詞カードを見ながらだったら、もしかしたらもっと聴くのかもしれない、とも考えました。

でも、おかしいですよね。期待値もあり、前もっての学習もありました。作品も素晴らしいと感じた。なぜ自分はこんなに乗り切れないのだろう。

数日、考えていました。そして結論のようなものはでました。

 

自分は、彼の倍、2倍近く生きているんだ。と気づきました。

 

年齢と音楽は関係無いと思っています。そもそも年齢で、ひと括りにされたくない、そしてしたくないとも思っています。そうなのにどうしてなんだろう。

わかる大きな違いは、人生経験です。良いか悪いかは別として、積み重ねたもの、積み重ねてしまったものが、自分の中にはあります。

彼は今、22歳です。その年数の分、自分の人生は、他の人達と同じようにいろいろな事がありました。客観的に見ても地獄のような風景と、自分的には天国のような風景もたくさん見ることができた、そのような普通の40代の男です。彼がどのような人生を歩んできたのか、それが音楽に反映されているのかなどは、興味はありません。

 

音楽リスナーとしての自分の経験は「たくさんある」とはおこがましくて言えないのですが「すべてを貫くような衝撃的なもの」はここには無かったです。たとえ瞬間的にもです。そのような体験は、自分には数多くありました。やはり今回もそういうモノを期待してしまったんだと思います。頭が固くなっているだけもしれない。そうとも思っています。

余り余している自分の人生経験の重さと、彼の若い感性とは合わなかったのかもしれない。深みを感じられなかった。それはまだ彼の人生経験が浅かった。音楽自体の深さに追い付いていないのかなと思いました。

 

素晴らしいアーティストには違いないです。

いずれにしても少し悲しく、このアルバムには乗り切れませんでした。

 

終わり

10万円給されて好き勝手に一日過ごしたけどなんかウツな日

10万円が某S区から給付されました。某S区としたのは、前々から考えていた表記方法です。S区とすれば「もしかしたらこの方は渋谷区在住?または世田谷区なのかしら」

渋谷系バンドマンだったらしいし、渋谷の駒場東大前あたりかも」「世田谷っぽくもある。まるで歩く三軒茶屋だし」なんて、噂されたらどうしよう、なんて。。

ごめんなさい。とりあえず、昨晩からずっとオンライン口座の残高を何度も何度も確認をしていました。何度やっても更新はされずずっと少ないままだったのです。

朝起きて、さっそくログイン。しかし、まだ少ないママです。「どうしよう」と悲しくなりました。ほんとうにお金が無くて…お金が無いなんてこの世の中でもっとも恥ずかしいことなのに…とマリー・アントワネットが「ベルサイユのばら」の中のセリフがいつも頭をよぎるのです。だけどマリー・アントワネット、某S区が僕のマリー・アントワネットだったのです。

その願いは、朝9時に叶えられたのです。10万円が増えていました。あの快感…。わかりますか?もうそんな事はないのでしょう。本当の定額給料金は、とても低いので、毎月「はあ」となるウツ入金なのです。

 

ほんとうにウツになりました。仕方が無いです。

ひとまず、新しい歯医者に行く前に下見に行くことにしました。場所は複雑怪奇な某なかの区の南部にあります。ほんとうに複雑怪奇なんですよ。南台というところなんですけどね。笹塚の上の辺りです。「笹塚の上」とか言われてもわからないですよね。「みなみ台」という名前の通りに台の上にそこはあり、あんな坂こんな坂、さらに細かい適当に作られたような小道がたくさんあるのです。杉並区の和田、というぱっとしない地名のところもそんな感じです。

歯医者の前の道は通ったこと、笹塚をぶらりサイクリングをするために通った時に行ったことがあるところで、その途中には、おいしそうな町中華料理店がありました。口コミ情報をチェックしたのです。自分はけっこう口コミを見る派なんですよ!「見る派なんですよ」みたいなアピールはらたちますよね。すみません。ちなみに食べログではなくGoogle Map派です!

f:id:maemuki:20200527224250j:plain

Google Mapは良いのですが、傾斜がわからないですよね。ここに行くためにひどい長い下り坂があるのです。下りは良いけど、帰りは最悪です。さかしにやがれくそう!

お店は坂を下ったところにありました。この真ん前にも同じような店がありますが今日は休みでした。だからなのか、中に入るとたくさんの「むくつけき」作業員などの男性達がいて、ほぼ満席でした。「むくつけき」って言葉わかりますか?こんな錆びた単語を使うブロガーなんて俺だけなのか???

お店はかなり「完全に昭和…」なのでテンションが上がりました。最近、というかずっと昭和大好きなのです。昭和に帰りたい平成は悪夢と思っていましたが、今はもっとずっとひどい状況ですよね。ロスジェネ辛かった…なんてもう言ってはいけないのかもしれない。

f:id:maemuki:20200527224727j:plain

このお店には、なんと漫画「美味しんぼ」だけ!がかなりの巻が置いてありました。なんてすばらしい店なのだろう…!さっそく直感で20巻「蒸し焼き勝負」を取りました。美味しんぼはこのくらいの巻までは、表題の話しだけではなくて、1話完結ものが多いんですよ。でも後々…なのです。美味しんぼについて書いたら余裕で2万文字以上いっちゃうのでやめておきますね。僕の人生3大マンガのひとつなのです!!

f:id:maemuki:20200527224954j:plain

3話くらい読んだらレバニラ炒めが来ました!カウンターだったので、調理場がよく見えたのですが、みなさん頑張って手際よく働いていて、お店のおかあさんも感じが良い!なんて良いお店なのだろう…心が温まりました!かえりに、走って「オカモチ」をしていた店員さんと道ですれ違って「どうもありがとうございました。と言われたので、ごちそうさまでした!と返しました。

なんて、自分って常識人かつ、昭和のドラマに出てくるような人間なのだろう

 

すっかり調子がよくなりました。ちょっと暑くなってきておかしくなっているだけのかもしれない。でも、人生いつ終わるかわからない!と混乱しながら(゚∀。)

向かった先はホームセンターでした。「不要不急だから」と言い訳をしながらでしたが、着いたところはここでした

f:id:maemuki:20200527225412j:plain

暑くて熱中症になりそうだったので、対策してセンターの中にあるサーティーワンアイスを食べました。フレイバーは…忘れました。むつかしい名前でした。レギュラーサイズ1つで380円くらい?だったらシングルサイズ2つで500円にしたらよかった。。

ということばかり考えてしまって味わえませんでした。反省ばかりです。

続いて不要不急ではないところに行ってしまいました。でも、精神的に要求をしているのです。行くしか無いのです。許してください。

f:id:maemuki:20200527225912j:plain

f:id:maemuki:20200527225921j:plain

くぁあくぁあかわいい…ペットショップです。。「写真撮ったらダメなのだろう」といつも、大人の対応をして見つめるだけだったのですが、よく見たら「写真NG」みたいな注意書きはなく、更に「お子さんへ。写メを自分撮りしたい時は声をかけてください★」みたいな注意書きあったのです。なので…取りました。三密もなかったので…あああああかわいいですよね。上の子は「お兄さん、わたしを飼って…」と訴えかけているようです…あああ。切ない切ない。

そんな感じで、家に帰りました。。

 

なんかつまらなくて、一日がつまらない。街にでて楽しくてもつまらないつまらないで終わってしまって、なんて悲しいんだろう、、と思ってしまいました

結構深刻なのです。楽しそうでも、心は泣いているんですよほんとうに。

 

なんとなく夜の街に自転車で出てみました。いつものとおり何もない街。

よくないけど「つまんない」「つまんないなあ」と言いながら自転車をこいでしまいました。これじゃだめだよなあ…

f:id:maemuki:20200527230625j:plain

暗い街のメインストリートにある有名ラーメン店「手打ち麺だるま」はいつも行列ができているのに、かなり空いているようでした。というかよく売り切れで早仕舞いしているんですよ。これもコロナかかーー

 

ラーメンを食べても、正直気持ちは晴れないです。

でも、明日、ずっと念願だった、今はちょっと希望がなくなってしまったけど、

必要なものを取りに行ってきます…!!がんばろう明るく元気にがんばろう!笑顔と勇気でごまかそう! おわり

 

実はリア充だった中学生時代の写真が発掘されたので追想します

f:id:maemuki:20200518224707j:plain

自分が中学生だった頃の写真が発掘されました。同窓会本舗という招待制の同窓会のサイトがあり、数年前に人知れず教えてもらって、ログインしたのですが、そこにフォトアルバムというコーナーがありました。そこではいわゆる「全体写真」と、イベントの写真もありました。

そこには、女子らに囲まれて、ピースサインで微笑む自分の姿がありました。

ああ、彼はなんて幸せそうなんだろう。。自分がうらやましい、心底うらやましいと感じました。感じてしまいました。

中学生は、依田窪南部中学校という組合立の、町と村の小学校2つの生徒が集まった、長野の片田舎の小さな中学校でした。全4クラス、30人ずつ。3年間クラス替えも無かったです。

「同窓会本舗」には、名簿もあって、クラスメイトと、他のクラスの生徒の名前もありました。なつかしいなあ。みんな元気かなあ。足跡も残せて、訪問したかどうかもその名簿からはわかりました。けっこうアクセスがあったり。なかったり。

 

小学校は3年で転校をしてきたということもあり、なかなか馴染めずに暗い生徒だったかもしれません。名古屋では学級委員長に選挙で選ばれるなど、結構調子にのっていました。ピアノも習って、スイミングも習って、そろばんも習って、普通の小学生でした。しかし、長野に移り住んで、クラスの中での自分の位置が低くなった、と自覚したのを覚えています。それが人生で初めての挫折だったんだと思います。

中学生になり、遠かったバス通学がさらに遠くなりましたが、吹奏楽部に入った事が大きかったです。音楽室でラレララと好きにピアノを弾いたり、同級生や先輩達とも仲良くなれたり。先生に音楽の能力をほめられたり(ごめんなさい)したのです。

そして、大きな変化もありました。「ピアノが弾ける男子はかっこいい」という風潮になったのです。それを感じたのは、一年の時の文化祭におけるクラス対抗の合唱コンクールでした。僕はピアノで伴奏です。この時期、実家があまりに山奥にあり、ピアノ教室に通うことも難しくなったので、レッスンは受けていませんでした。

「山のいぶき」という曲のピアノ伴奏は、その当時の自分には難しかったのです。

www.youtube.com

イントロから16音符のフレーズで上下したり、その後の歌の部分も細かいフレーズが続いたりしました。弾くことができないと感じて、久しぶり?にちゃんと練習をしました。小学校の時は、ピアノ教室が主催の発表会があったりしました。それ以来、人前でちゃんとした曲を弾くという経験がなかったのです。小学校3年から中学1年まで人前で演奏ができなかった。これは致命的なんだろうな、と自分でも自覚をしていました。まあ、言い訳です。

合唱コンクールで、イントロを弾いた瞬間に、空気が変わったような気がしました。最後の部分まで、合唱によりそって、ちゃんと弾けたような気がします。文化祭が終わると、すごいすごいと沢山の人に言われました。僕がピアノが弾けるということを、知らない人が多かったんです。音楽の担任の先生にも、一番頑張ってたよ!と言われました。

その後、ピアノのレッスンは再開しました。が、いつでもピアノが弾ける環境ではないという事を言い訳にして、あまり弾くことはなくなりました。

もし名古屋のままだったら…とか、今でも思ってしまいます。言い訳ですね。

ごめんなさい。せっかく書いたのにしょっぱい自慢話みたいになりました。いいじゃないですかここは自由!僕だけのサンクチュアリ!!サンクトペテルブルク!!

 

吹奏楽部では、3年の時に部長になりました。規模は小編成なので大きくありません。1年の2年も生徒が少なくて。。部長としては、まあまあ統率できたと思います。基本的に音楽だけは自信があったんです。自信があればなんでもできますよね。結果、夏のコンクールは、2年連続県大会に出場をして、自分の時は久しぶりの県大会金賞も獲れました!うれしくて、表彰台でやったー!と叫んで、賞状を渡す人に怒られてしまいした><

またしょぼい自慢話ですみませんね。

 

クラスメイトとはみんな仲良くて…特に仲が良かったのが、上野さんと小山さんという、もちろん女子2人です。筋肉少女帯とかソフトバレエとか好きで、よく「ボヨヨンロック」を教室で歌ったりしていました!CDも貸してもらって。「ボヨヨンロック」は

大槻ケンヂ内田雄一郎のユニット「まんが道」の曲の名前ですよ


ボヨヨンロック まんが道

筋肉少女帯って、後の「蜘蛛の糸」の歌詞「クラスで仲間はずれ、みんなが僕を笑ってる…燃やして焼き尽くしやる!」みたいな世界観を持つ人が聴く音楽ですよね?しかし、僕は女子2人と筋少を通じて交流できていたのです…ごめんなさい。また自慢になってしまいました。

 

ああ、楽しかったなあ。中学時代。

過去が過剰に楽しく誇らしく思えてしまうのは、今がぱっとしないからですよね。

あの写真の自分みたいに笑ってみたいな。また。

 

おわり