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さわやかでまえむきな人間になりたい男が
好きな「文化」を語る。
そんなブログです。from 2004yaer。

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無くした青春の街。きっと彼にとっても。吉祥寺 ゲスの極み乙女。「シアワセ林檎」

www.youtube.com

 

僕の人生には「青春」と呼べる時期が3度あった。

そういうことが3度もあったということは、シアワセな人生だったと思う。

でも、「青春」を懐かしみ尊ぶということは、今はそこにいないということ。

失ってしまったもの。もう手に入らないもの。記憶だけが残っていつまでも存在している。

 

僕の1つの「青春」は、バンド時代だ。

今からもう10年以上前に、「ギターポップ」「インディーポップ」と呼ばれるフィールドでバンド活動をしていた。ライブをたくさんたくさんやった。CDなんかも出したりした。名古屋や大阪にライブにも行った。

 

そして、そのバンドの練習のために通っていた街、吉祥寺。

当時僕は、埼玉県上福岡市に住んでいた。吉祥寺まで、毎週毎週スタジオに通って、ドラムを叩いたりしていた。友達になってしまったバンドメンバー達と夜な夜な遊んだり、家に泊まったり。ああ、なつかしい。

 

「シアワセ林檎」のPVを見て、間奏明けにて、僕は固まってしまった。

僕がかつて「青春」の時に見ていた風景が、そこにあったからだ。

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間奏終わりからのこの場面で、いきなり気づいてしまった。これは吉祥寺。なんてことはない、普通の通り。あそこだ。入り口・・。

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ああ、吉祥寺だ吉祥寺。僕の大切な思い出がたくさんあるところ。それはもしかしたら、いや、こういってPVに出ているのだから、彼にとっても、そうに違いない。それは彼の歴史が証明している。

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彼は国立東京農工大学工学部応用分子学科を卒業している。

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そのキャンパスは吉祥寺から中央線で2駅。三鷹、武蔵境の次。つまり吉祥寺は彼の思い出の街に違いない。天下一品なつかしい><

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ああ、ここも。通った。何度も。大きく分けて2つの出口がある吉祥寺、そのどちらも思いで深くて、いやになってしまう。

この曲のPVは何なんだろうか。うたの中の彼は、とても何かを悔いている。しかし、林檎の赤さにそれを例えている。林檎は真っ赤なまま、でも言えなかった。

やはり騒動のこととかを想起させてしまう。想起してしまうのことは「ゲス」なのかもしれない。それは彼の思惑通りなのかもしれない。

 

すごく偶然だけれども、面白いことがあるので共有をしておきたい。

僕は、偶然だけれども、彼がまだ大学生ではない頃に、彼と同じ東京農工大学に通うギタリストと、バンドを組んで、吉祥寺の「スタジオペンタ」にて練習をしたり、彼の住む三鷹のアパートに行っていたりしていた。

その後に入ったバンドでも、吉祥寺を根城に活動していた。

 

そして、ほんとうにどうでもいいことだけれども、僕が彼の音楽を始めて、ちゃんと聴いたのは、井の頭公園だった。

 

maemuki.hatenablog.com

 ほんとうにどうでもいいことかもしれないけど

あのね

気づいたらさどうでもいいことが

幸せに感じる

でもそんなもんでしょう

あのね

気づいたらさどうでもいいことが幸せに感じる

でもそんなもんでしょう 

 こんな言葉が聴こえてくる。可及的速やかな輪の中から。

ぐるぐる、ハイテンポにのせて、彼の好きなように転がされている。しかし安心している。なぜだろう。それは彼がいつものように、哀愁にみちて、悲しみに満ちているからだ。

僕は、大好きだった街から強制的に、可及的速やかに離されてしまった。ここから吉祥寺はとてもとてもとても遠い。新宿から高尾よりも遠い。

そしてくしく、「林檎が名物」なところにいる。林檎が見られるのは秋から冬だ。今は春だ。夏が終われば秋が来る。

僕は、このまままたさいあくな冬を迎えるんだろう。その時になっている林檎を見て、幸せになっているのだろうか。なっていないに違いないけれども、気づいたらどうでもいいことが幸せになっていればいい。

「シアワセ林檎」というタイトルが凄く、僕にとっては痛く感じてしまったけど、悪くない、そういう気持ちは悪くないとおじさんは思うのです!長野いつかさよなら!!!

そんな感じです!

ピアノ日記 2017/4/25

soundcloud.com


今日は、めちゃくちゃなことがあった一日でした。

が、僕はまったく絶望しませんでした。

強くなった、のではないとも思いました。

僕は、もう散々な目にすでにあってきたので、もう多少のことでは動じなくなってしまったのです。

 

でも、心を風が通り抜けました。

今日は風が強い日でした。昨日も強かった。明日も強そうです。

まいったな〜かぜさん。止んでおくれよ。この街にきてから毎日風が吹いているよ

気のせいかな

みたいなことを思いながら弾きました。

暇つぶしにどうぞ。

僕は明日から暇なのです。

だれか僕で暇つぶししてくださいヨ

 

よろしくお願いします。

いつかまた自由な世界へ さわやかトラウマ日記にブログタイトルを戻します

二転三転

支離滅裂

疑心暗鬼

 

そんな四字熟語ばかりの毎日です。

その中でもがく自分に対してどう接していいのかわからなくて混乱しています。

僕の今の状況は「日記サイト」の「おやすみピンクコート」に記載しました。

poulenc.hatenablog.com

 

包み隠さない、本当の自分はここにあります。

このような状況です。

 

ほんとうは核心には触れていません。みんなが知りたいことは書いていない。

それでもこういう状況にあるということを書きました。

 

僕は「考えられうる限りもっとも最悪」な事が自分に立て続けに起こってしまい、そして、「現実的に、望むところに帰るための方法を手に入れた」という、悪くない状況であります。

しかし「現実的に望むところに帰るための方法」は、かつての自分がもっとも望まないもの、つまり、考えられる限りもっとも最悪な所にて、その手立てを得ることになってしまった。

 

ほしいものは、お金、そして自由。

そう思っていた。

かつてはそれが両方あるところにいられた。

 

それが、両方無くなった。

片方を選択したら、どちらかが遠のく。

どちらを優先するか。

片方を優先すると、もっとも自分が望むことがかなえられる。

その事は「絶対言ってはいけないこと」

 

この場所から、逃げること。

この場所から離れること。

そのことだけを考えて、その最悪と思っているところに居続けなければいけない。

 

自分の過去や経歴が恥ずかしい。

そういうふうに、思っていた。

とてもとても、そうとはいえないようなものだということも、わかっていた。

僕には重すぎた。

その名前だけが、独り歩きしている。

傍からみれば「なんて贅沢な」なんて思われるかもしれない。

 

でも、今の僕は何の力も持たない、無名の男。

何も気にする必要などない。

目指すところに向けて、心を殺して、やっていくだけ。

 

そうはわかっている。

そうはわかっている。

 

現実は厳しい。

他人に対する自分の評価ももちろんだけれども、自分に対しても厳しくなっている。

自分というものに対峙することが怖くなっている。

 

僕の人生は恐怖の連続だった。

それは、誰でも同じなのかもしれない。みんなと自分は変わらないのかもしれない。

でも、みんなが当然のように出来ることが僕には出来ない。手に入れていない。

 

その結果が、「住みたくないところへ帰されて、やりたくない仕事につかないと、帰りたいということろに帰れない」という状況に踏み込んでしまった。

 

自由のある生活というものは、本当に尊いことだ。

自由のない生活を送っている人が、かわいそうだ、と当時思っていた。

それを守るための手立てはあったはずだが、自分はそれをしなかった。

その時も逃げたかったから。その時の自分を守りたかった。それしか考えていなかったから。

 

いろんなことがまわりまわって、自分に押し寄せてやってきた。

その結果、自由のない生活を手に入れてしまった。

そのスケールは、非力な自分に受け止めることはつらいほどに大きい。でも、それを受け止めなければいけないのは、自分だけの問題。

 

だから、僕は孤立しているんだと思う。

 

幸せなんていうことばは、今は僕から程遠いものになってしまった。

情けない。

 

それでも、僕はこの場所から離れたい。

小学校3年生から続いてきた悪夢が再びやってきたことから、逃げたい。逃げるのではなくて、帰りたい。僕が幸せを感じていたその場所に帰りたい。それが僕にとって一番良いことだと思うから。

 

だから、自分を押し殺して、頑張ろうと思う。

ふたたび光り輝く世界、それは今までのようなところではないところへ、行けるように。

 

僕の、「類まれと自分では思っているかもしれないけれどもやっぱり大したことはないかもしれない」人生は、これからも続いていきます。

出来うる限りの本音、はこちらでは書きません。

 

ブログ名を変えたのは、「大きいものを優先した」ということです。

ブランド力が維持できないと感じたからです。

そして、「さわやか」「トラウマ」という、2004年に付けた適当なブログタイトルとmaemukiというはてなのIDが、今になって、自分の人生そのもののようになってしまったことに気づいたからです。

さわやか maemuki=僕の素晴らしい人生の部分 トラウマ=過去、そして今の自分

みなさんにはわからないと思うけれども、どちらも強く自分に影響した。

それも、普通のことなんだと思う。

 

孤立をしていると、やはり自分だけが主役になってしまう。

自分だけが本当の友達で理解者だと。

 

そういう人生は哀しいけれども、自分はいつもそうだった。

その結果が今、とも言えるかもしれないけれども、「しあわせな時間」はその中に存在した。

 

このループの中から、早く抜け出したい。

 

僕の苦しみ、喜び、全てを表現に活かしたい。

そうするしかない。それをネタにして、今後に活かしていきたいと存じます。

今後とも末永く見守って頂ますよう、お願い申し上げます。

 

 maemuki 2017/4/23