さわやかトラウマ日記

さわやかな音楽ブログです from 2004


さわやかでまえむきな人間になりたい男が
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このブログについて

このさわやかトラウマ日記は、個人にて非営利で運営をしているブログです!

2004年から、惰性感性が赴くままに続けてきてしまいました。。

自分は、普通の会社員です。特技趣味は音楽!を演奏することが本当なのですが、リスナーとして惰性感性のまま色々聴いていた結果が、このブログなんだと思います。

 

ブログの記事が多すぎて、カオスになってしまった気がしたので、初めてきた人、もっとまえむきさんのクソバカカオスを知りたいなという、け稀有な人にリンク集を設置しました!! 

 

それではよろしくお願いいたします。さわやかでまえむきなmaemukiより

 

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1992年5月21日の発売日に買ったLUNA SEA「IMAGE」について5月21日に書きますね

今日5月21にちは1992年5月21日に発売されたLUNA SEAの「IMAGE」の発売からウン十周年ということで、なんとなくレビューしますね。

このアルバムを買ったのは、自分はまだ15歳だった1992年5月21日でした。発売日に買ったのでよく覚えています。

 

「何をそんな当たり前のことを覚えているだなんて」と思うかもしれません。こうアピールしたいのは個人的な人生のこともあるのです。

前々からこのブログに散々かきつらねているのですが、自分は昔の実家はスキー場の真横にあったのです。しかも1基しかないリフトの終点の手前>< 

通学にはローカル路線バスの乗り継ぎ無しの旅、往復約4時間!ほどの過酷な毎日のバス旅小中学生。とうぜん、放課後に自由もなく、休みも山の中なので親に連れて行ってもらう以外にはどこにもいけないのです。さらに家は宿泊施設だったので、シーズン中は土日はどこにもいけないのです!CD屋にもいけない。。ひどい!

 

そして、高校に通うにはそこを離れる必要があったのです。

1992年の4月に僕はやっとのことで山から離れて、ここで暮らし始めたのです。

この間、都落ちをした際にたずねてみたら、まだ当時の家が残っていたので撮っておいたのです。ここで「IMAGE」を聞いていたのです嗚呼!

要するに、それまで自分の意思でCDショップに行ったりができなかったのが、できるようになったのです。なので学校帰りに買ったのですウキウキと!

 

LUNA SEAの「IMAGE」は、そのような個人的な人生記録に残っていたのでした。

 

そして山生活中学生のころから、LUNA SEAのインディーズのアルバムを聴いていたということもあります。CDを何度も何度も。エクスタシーレコードに通販をして買ったCDを!

そんなLUNA SEAのメジャーデビューアルバム。当時はどのような感想を抱いていたのか、、あまりにも昔のことなのでもう覚えていません。。。

今にして思うと、RYUICHIの歌声はインディーズの頃とかなり変わりましたよね。特にミディアムテンポの曲など。気にならなかったとは思います。それは最初の「Dejavu」のガナリ声があったからかもしれないです。

正直、曲は地味な曲が多いなあと思ったかもしれない。仕方ないですよね。まだ15歳なので、刺激を求めるお年頃だったのだと思います。そう感じたのはXの「BLUE BLOOD」と比較をしてしまっていたのかもしれません。あれは名曲連発アルバムでしたからね。それだけ大きな存在だったのです。もちろん今はそんな比較はしません!

やはり、当時はどう思ったかは、もうわかりませんね。すみません。

 

今回、改めて聴き直してみました。感想はほんとうに真面目なバンドだなと思いました。彼はほんとうに若かった、15歳にしてみればバンドでデビューしていれば皆大人に見えますよね。でも自分とは10歳も離れていなかったのです。すごいですよね。

音はもちろん完成されていて、RYUICHIの歌声は当時から圧倒的で完成されていたんだなと。さすが270万枚売れる人は違うんだなと><

そんな自分たちをまだ完成形とは思わずにストイックに今できる最上のことを追求している、そんな姿勢が見えるアルバムだなと感じました。正直問題、そこがちょっと今にしてみれば面白さにも欠けてしまう、表現が全体的に堅いのかなとも感じました。が、そこが良いところでもあったのかなーと。

 

今にして思うと「IMAGE」が発売されたときは、それほどに派手な売り方はしていませんでした。それはその後のヴィジュアル系バンドのデビューの時と比較してです。

メジャーデビューがこのアルバムで、先行シングルはなかった、そうすることも出来たと思います。「WISH」でタイアップ付けてシングルで出してみたり。他に戦略めいたことも出来たはずです。

が、そんな事はしなかった。本人達の意思がどこまであったのかはわからないけど。

 

まだ、彼らは本当に若かった、それも含めて、まだこれからのバンドだった。だからそうしたのかなと。

このタイミングで売り抜けてどうにかするという短絡的な商売には走らなかった。

それが後の成功につながっていったのかなと邪推しました。

 

このような姿勢は後に引き継がれたのかどうかはわからないけど、ヴィジュアル系バンドのシーンは後に商業的なものに消費をされてしまった、と思います。長くバンドの成長を見守るということが、シーン全体において欠けていたのではないのかと、感じました。

また、バンド側も早く売れようとして、自分達を早くに消耗してしまった、世に出る前にもうピークを迎えてしまうバンドはいくつもあったと感じます。結果、埋もれてしまった。惜しいですよね。

LUNA SEAはそこをグッと耐えていたのかはわかりませんが、慎重にステップを踏んできた、またはそれが許される環境であったのだと思います。いろいろな時代がこれから始まる位置にいることができた、またはその時代を作り出せたバンドだったのかなと。

 

なんて、ちょっとアツくなってしまいました。15歳からなにも成長していません。LUNA SEAはほんとうに成長そして成功しましたよね。改めてすごいです。リスナーとして、彼らの原点を見られたということは幸運だったと思います!ありがとうLUNA SEAさん!終わり

 

maemuki.hatenablog.com

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【人生】公園でボーッとしながらズッと考えていた事

ここ最近は公園に行ってボーッとしています。この間は上野の不忍池のほとりでボーッとしたりしました。

ベンチに座って、陽の光を浴びて、風を感じて、好きな水場の風景を眺めていい気持ち。音楽はあまり聞かなかったり、本なども読まず、iPhoneもあまり見ません。

ひたすら何も考えていない、ようにしたいなと思ってずっとそうしていました。

日常でもいつもの癒しの森公園によく行って、同じようにひたすらボーッとしています。ほうけたように。何も考えていないのだと思います。公園にはいつもおじいさんたちがいて、おじいさん同士で仲良く話したり、鼻歌を歌っていたりして楽しそうであります。

自分も老人のようだなと。考えてみたりしました。

 

・・自分はこんなにほうけた日常を送っているというのに、どこかまだ疲れているままなのです。身体ではなく心です。そうなんだと思います。実際に社会的な生活はなんとか送れているので、問題はないのですが、まだ、ダメなのだと思います。

 

僕の心に大きな傷を負った2016年からもう6年も経ちました。ここ数年はあっという間でした。そりゃそうでしょう。こんなにユルい生活を送っているのですから、当たり前です。あっという間。何もしなくても、そしてとてもつまらなくても安定はしている生活はあっという間に過ぎます。

6年。

 

まだ、自分には足りないのだと思います。何も考えていたくない時間が足りない。

でもいつまでもそうではいけない。

そこで考えました。

 

10年。

2016年から10年。あと4年です。ほうけ生活は概算で2年半くらいになりました。

でも、まだまだです。僕にとっての大きな傷はまだ癒えていません。だから2016年から10年経つまで、僕は何もしない、ひたすら自分のことだけを考えて生きていく、これまで通りに過ごそうと思います。

ただ、不可抗力で何かが起きるかもしれない。人生とはそんなもの。正直めんどうくさいということが大きいです。

が、もう怖いものはなにもない。

 

こんなことを公園でボーッとしながらズッと考えていました。

 

終わり

明日からやっと

ここのところ鳴りを潜めていましたが、明日からやっとゴールデンウィークっぽいことをします。

天気が良い日はいつもどおりに過ごしてしまって。反省したのです。

いつもどおり、土日祝は朝10じからやっているスシローに行ったり。

いつも毎日行っているドトールに行って本なんかを読んだり。これは1987年のフールズメイトです。表紙はPiLの頃のジョン・ライドン。元セックス・ピストルズの人ですよ。

セックス・ピストルズV系マニアならよく知っているバンドですよね!エクスタシーサミットでアナーキーインUKをセッションしていたり。あと…生まれて初めて行ったライブハウス川崎クラブチッタでのフリーウィルサミットでの、シークレットセッションにてhideもセックス・ピストルズを歌っていました…

「・・・過去はたのしいことばかりだ 今はなんてつまらないのだろう」

 

なんて思いながらいつもの癒やし系公園に行ってボーッとしていたり。

これらは全て、休みでなくてもやっていることなのです。これじゃあダメだなあ。

 

と、思ったので、明日からゴールデンウィークらしいことをします。

が、また前と同じような感じになります。ダメだなあ。

まあ、別に良いのです。行きたいから行くのです。楽しみますよ〜

過去のことは忘れよう!

 

【追悼】La'cryma Christi 「Lime rain」

4月5月の連休なのに、寒い雨が降り続いて、自分は寒さに弱いので、ずっと部屋で縮こまっていました。

今の自宅からは窓の外が見えないので、雨の姿を見ることもなく、音だけを聞いていました。水の音は自然のもの。そんな事を考えたりしていました。

もう止んでしまったのでしょう。音はしなくなりました。

 

雨の音を聞いていたら、この曲を思い出しました。

www.youtube.com

La'cryma Christi の「Lime rain」2000年にリリースされた「Magic Theatre」の先行シングルでした。作詞はTAKAで、作曲がKOJIさんの曲です。

壮大な「Magic Theatre」の曲の中でも、ドラマティックだけどストレートな曲調がかえって異色な面持ちを味わせるような曲です。普通なようで普通ではない。そんな曲。

KOJIさんもラクリマクリスティの中では、異色ともいえるお方だったと思います。ヴィジュアルは髪は短めでメイクも薄く、衣装も派手さは他メンバーよりは控えめでした。が、似合っていた、バンドの中でも違和感は無かったですよね。

ギタリストとしても、HIROさんとのコンビネーションでラクリマの複雑なフレーズや、リズムやユニゾンを支えていた、双方において居なくてはならないバランスであったと思います。2人のギタリストがいるという意味がそこにあったと感じさせてくれました。

また、バンドにとって大事な曲「未来航路」などの曲も書いていたりも、しましたよね。

 

「Lime Rain」の歌詞は、一見すると失恋ソングのように思えますよね。失ったものへの思いが消えずに、雨に打たれながら、この雨をライムに雨に変えて浴びていたい、そして忘れてしまいたい。

しかしながら、この曲はメジャーコードで構成されていて、明るい曲調なのです。それが帰って悲痛さも感じさせてくれるなと。だからこのライムの雨なのかもしれない。

 

KOJIさんはライムのような、爽やかなお方だと自分は思っていました。ちょっと話がクサいけど、そう思うのです。悲しい雨でもライムの雨に変えてしまうような。

 

忘れてしまうことはできないけど、もうこの世にいないということは、忘れてしまってもいいのかもしれない。

だからこそ、この雨をライムの雨に変えて浴びていたい、というフレーズが心に染みました。なぜか、そう感じました。

終わり