さわやかトラウマ日記

さわやかな音楽ブログです from 2004


さわやかでまえむきな人間になりたい男が
好きな「文化」を語る。
そんなブログです。from 2004yaer。

ファンレター&苦情はこちら pinkcoatpiter@gmail.com



はじめての方へ!ブログ内リンク集はこちら!

このブログについて

このさわやかトラウマ日記は、個人にて非営利で運営をしているブログです!

2004年から、惰性感性が赴くままに続けてきてしまいました。。

自分は、普通の会社員です。特技趣味は音楽!を演奏することが本当なのですが、リスナーとして惰性感性のまま色々聴いていた結果が、このブログなんだと思います。

 

ブログの記事が多すぎて、カオスになってしまった気がしたので、初めてきた人、もっとまえむきさんのクソバカカオスを知りたいなという、け稀有な人にリンク集を設置しました!! 

 

それではよろしくお願いいたします。さわやかでまえむきなmaemukiより

 

続きを読む

令和がこわすぎてブログが捗りません

話題だったドラマ「不適切にもほどがある!」を観ていました。あれは昭和と令和をタイムリープする昭和のおじさんが。。みたいな話しでした。自分もリアルで昭和と令和を行ききした人間なのですが。

今さら昭和がよかったとか、どうこうというのは特にないのですが、ドラマの中で感じたこと、それは、令和がとにかくこわいなって。中盤からは、もうホラードラマとして鑑賞していました。。

もちろんドラマなので、ある程度の大げさな描写があるのは確かです。が、これが令和のリアルなんだろうなと感じました。

 

令和というものを描写、または揶揄するような作品は他にあまり無いと思います。それは誰もが直ぐに見られるニュースやその他、SNSにもう溢れているからだと思います。だから創作でそれをやろうなんて思わないでしょう。今回は昭和という「釣り」があったから、それができたんだと思います。

 

おそろしい令和。それがリアルタイムで進行しているということ。まさにホラーです。

ほんとうにおそろしい。

このブログを書き、令和さまの御機嫌を損ねたら、もう終わりなのです。

令和はやり直しがきかない。一度終わったらもう終わり。そんな世の中なのです。ドラマの中でもそのような描写がありましたよね。不倫をした人が批判されて、結局何の救いも無く、そのエピソードは終わった。終わらせたのは、何もかも全て終わり、令和はそんな世界だからなのです。

 

ああおそろしい。おそろしい令和。

この記事も消すかもしれません。今が令和だからです。

そんな恐怖からブログがはかどらないのです。

やっぱり昭和に帰りたい!

 

下北で下北系渋谷系バンドマン時代の友人と再会しただけの連休

連休は下北沢に自転車!で行きバンドマン時代の友達と会ってきた。直接会うのは数年ぶり。中にはウン十年ぶりの人もいた。活動していたのは全世紀末の頃だったので、よくここまで仲が続いているものだと思う。

自転車!で行ったのは天気が良かったから。下北沢に自転車で行ったことはなかったけど、基本的にまっすぐ系ロードだったので余裕だった。

早く着いたので、連休混み中の下北沢を探索した。

超思い出のライブハウス下北沢シェルターの入口に行ってみた。この日もライブ中。初めてのここに来たのも週末昼間のギターポップ系のイベントだった。

maemuki.hatenablog.com

それからシェルターでの初ライブのときには、演奏が止まりそうになった時に、ジャンキーみたいな人がステージに乱入してきたり、週末の夜のシェルターで自分のバンドのレコ発イベントをやったり、それがバンド時代の活動の最後くらいになったり。

なのでシェルターは特別なのです。

ああ、美しい過去!!

前回のブログで変な場所だと指摘したけど、主催者によるとレビューとコスパが良かったからだと説くされました。彼は会社ではもう良い立場のよう。真面目なサラリーマン、音楽もやったりして。それに家庭がある。まともな人。

他のみんなもまともな社会人であり家庭持ち。自分のようなヤクザ人生とは違うのです。恥ずかしいな>< 

この日の収穫は、自分が20代の頃に作った曲「欧羅巴」の音源をiPhoneに入れている友人がいたことがわかったこと。もうとうに無くしてしまっていたので、是非ファイルを送ってほしいと懇願したけど、まだ連絡とれず。まずしい頃にヨーロッパへの憧れを歌った名曲なのです。また聴きたい!

ゴールデンウィークにあったことはこれだけ。あとは引きこもっていました><だめGWでした><><

 

日記を再開させるのと、海外旅行に行きたい理由

最近はイイ子ぶりっ子(死語)をしていたのか、ブログを更新していませんでした

口語体イヤだとか。ぶりっ子ですよね。腹立つ!自分が…

やはり不平不満グチをぶつけるしか無いのです。それしかない!

最近は不平不満がありました。

今度、久しぶりの友人との集いがあるのですが、場所がよくわかんないところなのです。かつて行っていた街ではあるけど。。。

でもまあいいです。軽いこと。ブログに書いてやったとネタにしてやるのです。

 

最近は「つまんない病」にかかっています。おかしいです。生きているだけでも幸運なのに。愚かしいとはわかってはいても、やはりつまんないのです。何もかもが!

やはり旅行に行きたいです。かつては旅行に行って、帰りにまた来れるように頑張ろうと思っていたのです。結果はアレだったけど><

それでもいいのです。

今はゴールデンウィークです。ゴールデンウィークといえば台湾旅行です。楽しかったなあ 

あ、不平不満グチに加えて、自慢が出てしまった。悪いクセです。わかっています。

でも楽しかったのですほんとうに。

最近、台湾東部の花蓮地震がありました。そのときにそこにも行きました。現地在住の日本人が経営する小さなホテルに泊まったのです。

そこ主催のタロコ渓谷を見る半日ツアーに参加しました。

こんな感じのところです。地震でやはり崩れたところもあるようです。心が痛いです。。

このツアーには他に同じホテルに泊まっていた人たちも参加しました。それは韓国の大学に留学をしている中国人3人とフランス人の4人でした。

中国人の男女は日本が好きらしく、僕に日本語で「日本のアニメ大好きです!」なんて話しかけてきてくれたり、良い人達でした!そして彼らはずっと英語で会話をしていました。すごいなあと。

「彼は日本のAVで日本語を勉強したのよ!」と女子に暴露されていた男子と2人で話したことが忘れられないのです。

僕がつたない英語で「日本の文化の多くは中国から生まれことを知っている、すごい国です私達はリスペクトしますよ」なんて話したのです。

すると、中国人大学生は「いやあでも、今の中国は、、良くないです、いろいろほんとうに」みたいな怪訝なそぶりでした。

なので自分は「あーいや、では私たちでグッドなフューチャーを作りましょう」なんて言ったのです。

なんて素晴らしいのだろう、自分!!

 

こんなこと、日本人同士では話さないですよね!?クソバカみたいなことばっかり。

 

だから海外に行きたいのです。上記のようなコミュニケーションを取ることは少なかっったから。また話したいのです。ひどい英語だけど、、

しかし前述の男子大学生に「僕の英語はバッドでソーリー」なんて言ったら「いや、問題ない、話せてるよ」なんてことを言われた記憶もあるのです。

やはり堂々と心から話せばいいのかなって。今は思います!

ああ、なんて前向きなのだろう!!

そうです、海外は、前向き、さわやかになれる!

だから行きたいのです!終わり

 

マウリツィオ・ポリーニ氏逝去 生涯最高の音楽体験となった彼のリサイタル記を残します

news.yahoo.co.jp

ピアニストとして現存では最後の大物に一人だと言えたポリーニがなくなった。

彼のリサイタルを観た時には、すでに老齢が感じられたので、覚悟はしていたけれども。しかしその時は2010年。まだ逆算してもそれほどの老齢でもなかったとも気付かされた。観た席がサントリーホールの最後列だったから、その姿を正しく見ることはできなかったのかもしれない。

しかし、このリサイタルは生涯の音楽体験の中でも最高ものだったと断言できる。かなり前の事ではあるけど、今でも体感は身体に染み込んでいると感じるほどだ。

 

ポリーニのコンサートのチケットを買ったのは、売っているのをネットのチケットサイトで見つけたから、という他には無い。それが最後の1席くらいだったというのは記憶している。値段も記憶している。A席で2万円だった。

当時は豊かというわけではなく、2万円というものは大きな出費であったのであろう。価格を覚えているのだから、覚悟がいったことは確かだ。

 

僕はピアニストに対して特に好みというものは無く、みんな凄くて素晴らしい。自分のような人間がCDを買って聴くような人は概してみんな素晴らしいという、単純な思考の持ち主である。

よってポリーニを特別視していたわけでもない。が、当然知っていた。

このショパンのプレリュードのCDを若い頃に買って聴いていた。他にあったような気はしたけど、この日もこの曲が演奏曲としてクレジットされていたのは、偶然だった。

 

ステージに登場したポリーニは小さく見えて、前述のように老いてみえてしまった。音はやはり素晴らしく、これが本物なんだという感慨はあったけど、それがつまらない感想だなと自分の中では正直あったのは覚えている。そして演奏にいくつか傷もあったけど自分はそれはあまり気にならないタイプだ。自分がそうだったからかも。。続くのはドビュッシーの練習曲第2集から。

これは後にポリーニが演奏するCDを買ってよく聴いたけど、この時のものをもう一度という気で買ったわけではなかった。

ドビュッシーの練習曲集はドビュッシーの作品の中でも最高傑作であり、最高難度の曲としてよく知られている。相当な達者で無いと弾けない曲であり、解釈も難しい。表題音楽(月の光とか)ではないので、聴き手には自由さはある。ポリーニは容易にこの難曲を弾きこなしており、かえってその精緻さがドビュッシーの求めるものなのであったのだろうと自分は推測した。

 

そして、この日のメインプログラムはピエール・ブーレーズ ピアノソナタ「第2番」だった。

この曲はポリーニが弾くテイクがストラヴィンスキーの「ペトルーシュカからの3楽章」がメインであるCDに収められていて、事前に聴いたような、聴いていないような。

しかし、そんな事がどうでもよくなるくらいの演奏だった。

www.youtube.com

まず、この曲は所謂現代音楽であり、作曲家であり指揮者でもあるブーレーズの作品である。聴いたことがなくてもなんとなく想像がつくと思う。もし↑の動画を観ても、それ以外には感想ないと思う。よくわからない音楽だと。

実際、弾きはじめた時には、これが4楽章も続くのかと思ってしまった。

www.youtube.com

しかし、次第にこの散りばめられた点と線のような音列が、無為な物ではなく、流れとして存在をしているようなものだと感じ始めた。これらには必然があり、意味を成すものなのだと。

この音楽には一般的な和声や旋律が無く、そして形式はあっても、すぐに感じとれない。そして表題もない。タイトルは「ピアノソナタ第2番」という絶対音楽のものだけ。章が進むとダイナミクス、音の大小が大きくなるが、緊張感は続いたまま。次第に終盤に差し掛かると、自分の身体が浮くような感じもしたのをよく覚えている。

ポリーニはそれらを司る審判のようなピアニズムをそこにぶつけていた。理知的に。

 

4楽章になったあたりで、自分は確信をしていた。これが音楽そのものなのだと。前述のようなが音楽の三大要素のようなものは、ここには存在しないように聞こえた。だからこその表現なのだと。まだよくわからないけど、今までにしたことのない音楽体験を自分はしているのだと。それが良いものなのか悪いものなのかがわからずに、ただ畏れと厳かさを感じていた。次第に、その感情が尊いものでもあるとも気が付き始めていた。

曲はおおよそ30分弱、ひっそりと終わった。

会場はしばらく静寂に包まれていたと思う。仕方ないと思う。事前に準備されたような感動がここにはなかったからだ。

やがて、弱き拍手が聞こえたと思ったら、その波は次第に大きくなっていた。そして歓声も。やがて会場全員が立ち上がった。スタンディング・オベーション。皆がこの演奏を理解していて、素直に素晴らしいものだったと認めていたんだと気がついた。

そして自分も立ち上がって、拍手をした。普段はあまりしなかったけれども、この時にはそうしたかった。

そこに至るまでの特殊な時間の長さも含めて、素晴らしい体験になったと思う。

 

この日の演奏にポリーニが手応えがあったのか、アンコールが計4回もあった。

その中にはドビュッシー前奏曲集から「西風の見たもの」があって感激した。感激した理由は、自分がこの曲を過去に試験で弾いたことがあったからだ。

 

さらに4回め、最後のアンコールに登場をして、何を弾くんだろうと思ったら

弾きだしが「C」の低音のオクターブの長音符だった。その途端、会場から少し声が上がったのを覚えている。それだけで何の曲かわかった人が他にもいるんだと。

その曲はショパンのバラード第1番。この曲はおおよそ7分半くらいある曲であり、アンコールの曲として演奏される事は少ない曲だろう。ましてやベテランのポリーニが4回目のアンコールに弾くだなんて。観客のことも考えていてくれたのだと感じた。

 

後日、ポリーニの弾くブーレーズピアノソナタ第2番のCDを聴いてみたが、あの日の感動が蘇ることはなかった。やはりコンサートで彼の演奏で聴いたこと、それが大きいのだろう。音というものは空気の振動である、よって、その場でしか得られないものがあるのだと気付かされた。特にクラシック音楽は生音、アンプを使わないものが基本である。出した音をそのまま聴くことになるという事もある。

 

音源というものは音源というもので良いとは思うけれども、生演奏でしか得られないものもある、そしてそれは限られたもの。以降もお金がなくてもクラシックのコンサートに行くようになったのは、この日の影響も大きいと思う。

 

しかし、ポリーニはもう亡くなってしまった。あの日の感動を彼から得られることは無いのだろう、それはもし生きていてもそうだったのかもしれない。音楽というものは儚く素晴らしいもの、それは人間の命と等しいものだということにも、気付かされました。

さようならマウリツィオ・ポリーニさん。ありがとうございました。