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小沢健二「天使たちのシーン」

都落ち」してから1年が経ちました。

 

今更ながら、自分が今置かれている状況は、改めてとても辛いものだと感じています。

過去 にあった、失ったもの全てが、愛おしく思えるようになってしまったからです。

 

僕はなにも取り戻していないし、なにも得ていない。

全てを失ってしまった。

 

失ったものは美しく見える。なんて当たり前のことだけれど、それが身にしみます。

 

天使たちのシーン

いつも、この曲を聴くときは覚悟を持って聴きます。そんな曲です。「何かがあった時」に聴く曲。そしてそれは、「何もなかった」時に聴く曲でもありました。

おかしいですよね。何もなかった時に聴きたくなる曲だなんて。いみがわからない。

 

僕の人生は、いつのまにか何もおこらなくなっていました。いつのまにか、いろいろなものを失くしてしまった。

それは「愛すべき生まれて育っていくサークル」でした。暗い道を照らしてくれるのは、それだけでした。でも、自分はそれを得られなかった。あったのかもしれません。それに気づくことができなかったのかもしれない。本当の扉を開けることができなかったのかもしれない。

 

気がつくと、たったひとり。かつて高校3年間だけ暮らした思い出の街で、たったひとりで暮らすことになった。街は変わってしまったのか、変わったのか。高校の建物はそのまま。吹奏楽部もそのまま。部室もそのまま。音楽室もそのまま。

彼らの定期演奏会にも行きました。ひとりで。彼らはキラキラ輝いてました。

僕は、誰にも見つからないように、1人涙を流していました。

辛かった。

僕はかつて、あそこにいた。指揮棒を振っていた。演奏会終了後に、後輩たちから花束をもらって、号泣していた。そんなことを思いながら。客席で、ひとり涙を流す。

 

人生とは残酷なものです。ほんとうに。なんてみじめなんだろう。

 

僕は、早くここから抜け出したい。好きだったこの街で、東京とくらべて何もないこの街で、誰も僕のことを知らない、この街から早く出たい。

再び、天使たちの作る輪の中に入りたい。

 

でも、僕はこの街にて、「天使たち」に出会えたことも事実です。彼らは僕が2週間で逃げ出した職場で出会った20歳の若い男女二人です。彼らとは僕が会社からの呼び出し前のダイイングメッセージを残したことで、退社後もつながれました。

そうして、彼らにお寿司に誘われて「スシロー」に行きました。彼らは僕と違い、車の免許を持っていたので、駅まで迎えにきてもらって、そこまで行きました。

 

久しぶりに、「人と食べるご飯」がすごくおいしかった。そんなことは、彼らにはいえませんでした。僕はおいしいなたのしいなと思いつつも、心の中では泣いていました。こらえるに必死だった。とても嬉しかったけど、こんなこと、一緒に回転寿司を食べるなんて、本当は普通のことだろうから。

そんな僕にも、彼らは普通に接してくれました。

帰り際、駅まで車で送ってくれて、その中の1人が車を降りた僕に「またあいましょうね!」と言ってくれました。ローカル駅のホーム、女子高生たちの集団から離れて駅のベンチに座って、僕は、また泣いてしまいました。

彼らの2倍の人生を生きていて、こうなってしまった現実に。

彼らだけではない。吹奏楽部の子たちもそう。

若い輝いている彼らに、自分のようなみじめな人生を歩んでほしくない。

 

生きることをあきらめてしまわぬように

 

天使たちのシーン」の最後の歌詞はこのようなフレーズがあります。

僕は死にたくない。

この街で、死にたくない。

 

早く、美しい思い出だけが残るこの街から去りたい。

それが未来を見ることだと思うから。

そして、戻りたいのです。天使たちのシーンに。