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真の「ヴィジュアル」アーティスト! 「GUINIW TOOLS」に寄せる ー20代の僕に強く影響を与えたバンドです。

 

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NIWLUN

NIWLUN

 

 ある日、森のような場所から突然に、彼らは表れました。もうかなり前のことになったので、そのような美しい記憶として、心にとどまっているのかもしれません。

GUNIW TOOLS。

もう「この界隈」のアーティストたちに厭き厭きしていたころだったのかもしれません。出会ったのは、僕が当時、埼玉の短期大学の音楽学科でピアノを専攻していました時でした。すでに「ヴィジュアル系」となるものが、徐々に盛り上がってきていたころだったと、思います。

 

出会いはテレビ埼玉 

僕は埼玉に住んでいたので、当然のようにテレビ埼玉、いまはテレ玉wを観ていました。この学校に入るために、長野県から冬期講習会に参加をして、2日間参加するため川越のホテルに滞在をした時に、ホテルのちっちゃいブラウン管のテレビにてテレビ埼玉で放送されたまだデビュー前だったL'Arc~en~Cielの特番を偶然に觀られた。この事から、テレビ埼玉はすごいものなんだという、少し間違った認識を経て、毎晩23時すぎ、木曜日は22時から「HotWave」を、みていました。

 

23時から毎日、日替わりで何かの番組が放送されていました。その中で、まったく知らない変なひとたちのよくわからないPVが流れていたのです。バンド名もよくわからない。そして「何系」なにかもわからない。でも様子が違うことだけはわかりました。

それが、GUNIW TOOLSでした。

 

驚いたのは、やはり映像でした。明らかにプロの作品ではない、しかしプロにはない手触りが凄く新鮮だったのです。ロケにて撮影された自然の風景と、そして少なくとも「此の界隈」では聞いたことのなかった音楽が、そこには、ありました。

この番組は「1992-1994」というヴィデオ作品のプロモーションの番組だと、後で知りました。フールズ・メイトで、彼らのインタビューを読んだ気がします。

そこで、普段は北海道で活動をしている、そして映像は全て自分で作っている、ロケ地も自分でロケハンをしている、撮影も編集もエフェクトも全て自ら。スチール撮影も。そして、音楽ももちろん自分たちでやっているということをサラっと話していました。

首謀者は古川とも、という名前だということも、知りました。

そして僕はそのビデオを、買いました。ジャケット非常にシンプルでした。内容は、異世界感がなかった。それがまず印象的だったような気がします。変なところで奇を衒っていないと。でも映っているのは確実に日本なのに、日本にはみえない。でも日本には見える。つまり、よくわからないのです。もう少しわかりやすいものが日本では多いということを、当時は思っていたのかもしれません。洋楽というものに、この頃から本格的に触れ始めたころだったからかもしれません。

 

この頃、この界隈には既にもう魑魅魍魎が跋扈している世界でした。ちょうど「ヴィジュアル系バンドブーム」が興る手前だったかもしれません。凄い人たちなのかもしれないけれども、あまりにも理解の範疇を超えていて、最初は戸惑っていましたが、やはり惹かれました。見たことがないものを実際に見せてくれたからです。

 

その後にこのビデオがリリースされたビクターエンタテインメントから1stアルバム「NIWLUN」がリリースされることを知り、このアルバムについての特番がやはりテレビ埼玉で放送されました。同時発売で全曲を映像化した「VVNIWLUN」も出るとのことで、その映像も流れていました。

前作の音だけでは感じることができなかった世界が、そこには広がっていました。衝撃的でした。それは大声や大きな音やハイスピードでテクニカルで驚かせるものではない。もう出てきていた「ヴィジュアル系バンド」とは、全く違うもの、でした。でも、もしかしたらそう括られてしまうのかもしれない、という事を危惧していました。

 「NIWLUN」

「NIWLUN」は疑うことなき、素晴らしい名盤です。1曲め「頭上の石」このタイトルだけで違う世界だということを知らしめてくれます。そしてイントロの音、ハープシコードとギターで奏でられる3連符。こちらを俯瞰にて眺められているような歌詞。それは全曲に共通をしています。共感など求めていないのです。でも理解は求められているような気がします。

2曲め「It's usual」を初めて聞いたときの感動を忘れません。英語の歌詞に、跳ねるメロディ、夢見るようなギターワーク。見事なコーラスが、色を添えます。「日本のバンド」の音楽にはなかったものかもしれません。ほんとうに新鮮に感じました。英語であるということが、全く不自然にきこえないのです。英語力が高いとか発音のことはわかりません。が、音楽には凄く合っていました。あまり日本のバンドの英語歌詞の曲ではないことです。

その後も、やはり引き続きに俯瞰の立場から奏でられる、大変にポップな曲が続きます。「未練は思い上がり」というタイトルの曲がこんなに愛らしいそして「痛い」曲になるなんて。それでも納得するような曲です。未練なんて思い上がりも甚だしい、甘え続けている。しかしこの曲は「ポップ」です。

5曲目「モラリストの事」この曲ははじまりの1秒でもうなんというか、自分の中の音楽の短い歴史、短い歴史でもあったものが前後にぐちゃぐちゃになって混じってしまったような、感覚になりました。ネオ・アコースティックと簡単に言うべきではないかもしれません。しかしAztec CameraPrefab Sproutとも違う、彼らならではのアコースティックです。凄いです。アコースティック・ギターを使った日本のバンドはたくさんいますが、彼らのような洗練された使い方をした人たちは…すくなくとも「この界隈」にはいません断言できます。

7曲目「Either Wise or Fool 」この曲は、前述したテレビ埼玉の特番でPVが流れた時に初めてききました。ピアノの和音から、アコーディオンの音が入る出だしが、何かの物語が始まったような感覚にさせてくれます。そして、映像もそのようなものでした。森の中の泉で、メンバー達が演奏をしています。それだけみたらありきたりにみえるかもしれない。でも、その映像の色は、彼が直接カラーコードを指定したものなのです。そう考えると凄いです。俗にいう「ヴィジュアル系バンド」とは全く違う、彼らは「ヴィジュアル・アーティスト」なんだ!と当時は思っていました、そして今でも、そう思っています。

それは10曲目「優しさは暖かな支配者」のPVにて顕著です。この曲のPVはアニメーションを使っています。一般的なアニメーション、とは違います。いわゆる「モンタージュ」の技法を使っているのだと思われます。ユーリ・ノルシュテインヤン・シュヴァンクマイエルなど、静止画をそのまま動かすというもの、そしてそれにメンバーの顔が入っているのです。凄いです。そんなのものは初めてみました。そして後に見たとしても自作のものは無いでしょう!

初めてみた時は「ヤン・シュヴァンクマイエル」なんて勿論知りませんでした。その辺に詳しい人と、後にバンドを組んだ時に、知りました。

 

ああ、このような説明をしていたらキリがありません。以降の曲も全て素晴らしいです。特にラストの「Fade Story」は英語詞ですが、極めて暖かい心象風景が浮かんでくるような、たおやかなやわらかい、素晴らしい曲です。こんなに美しい曲があるのか、と思ってしまうほどです。他にはアコースティックサウンドと見事なコーラスワーク。当時に圧倒された自分が、今でも蘇ってきます。

 

古川ともさんの凄いところ

当時通っていた学校はPCの教育に力を入れていたところです。学内にはPCが至るところに置かれており、そこで「パソコン通信」ができたのです。学校内のネットでした。文字情報だけのものです。バブリー地下セクシーアイドル、ベッド・インが最近「パソコン通信で情報だしてまーす」なんてネタにしていますが、僕はリアルタイムでパソコン通信世代です。ニフティサーブ

そして「パソコン通信」で一番盛んなのは、まだあるけどもう無いに等しい「BBS」でした。そこが学部毎と総合でわかれていて、そこに僕はよく書き込みをしていました。音楽学科で書き込む人はほとんどおらず、他の情報なんとかメディア学科の方たち書いていました。

そこに僕は、今と変わらず得意げに長文を書いていたのです。そこに「グニュウツールだいすき」なんて書いたのです。誰もしらないかなずっとミスチルとか流れているような学校だし、なんて思っていたら、「私も好きです」と反応があったのです。

その方はまだ当時それほどメジャーではなかったT.M.Revolutionのファンの方でした。「うたばん」に出る前です。そしてグニュウツールを知ったのは、T.M.Revolutionと同じ事務所だったから、とのことでした。そしてそのファンクラブで古川ともさんとやりとりをしている、と教えてもらいました。

本当はどんな人なのかなあ、と思って聞いてみたのですが、そんなに驚くような事はききませんでした。プライベートな事は特に、なのですが。驚いたこと、今では知られていることを知ることができました。

古川とも氏は、ゲームのメーカーでエンジニアとして働いていた、ということを知ったのです。ファミコンな何かのゲームだった、ということ。そしてこれは最近知ったのですが、そのゲームのWikipediaに古川とも氏の名前が載っていたのです。

これは凄いことだと思います。バンドをやる前に、社会人として自立、どころか結果を残していたなんて。どうりでいろいろ凄いはずです。経歴がすごければ良いとわけではありませんが、単純に社会人として、ちゃんとやってきた履歴も残っている人が、アートな音楽をやっているって、凄くかっこよくないですか?その後、自分が社会人になって、しみじみそう思いました。。

 

そして、僕がグニュウツールの曲をカバーしたデモテープを古川とも氏に聴いてもらうことも、できました。「もしかしたら僕が初めてカバーをした人なのかも」だなんて、思っていたことを告白します。そうかはわかりません。どうでもいいことですよね。すみません。そして「不断の窓」のPVのエキストラに誘われたけれども、行かなかった。後悔しています。この時にもし「不断の窓」を聴いていたらと後になって思いましたが、ありえないことでした。

◯「冬のうぐいす」と「不断の窓」

この後のグニュウツールの曲で、今でも自分の心に深く刻まれているのはセカンド・アルバム「OTHER GOOSE」収録の「冬のうぐいす」とサード・アルバム「SPARKY」収録の「不断の窓」です。

グニュウツールの歌詞に共通することは、幻想的なようでいて、凄く現実的です。描かれているのは、美しい自然や物象の描写だけではなく、そこにいる人間のこころ、喜怒哀楽です。この曲たちの歌詞は、僕のこころのそのまま、そして、見た見てきた風景と酷似しているような気がしていました。

僕は冬の「うぐいすの森」で過ごしていました。どんな生活だったかというと、「冬のうぐいす」そのままです。

春を待つ人の火は淡く うなだれたまま滲む

光沈む目に吹きすさみ にじませたまま

そこを離れ、そしてそこも離れ、今は東京にいます。

でも、こころの中にずっと「うぐいすの森」が残っているのです。あそこには帰りたくない。だから「冬のうぐいす」を聞きたくないのですが。

GUNIW TOOLSは北海道出身の人たちのバンドです。札幌を拠点に活動していた。札幌は一度だけ行き、そこで「冬のうぐいす」も聴きました。美しい公園で、ベンチに横になりながら、聴いていました。とても楽しそうに思えるかもしれません。この初めての北海道旅行は、会社を首になって行った、ヤケクソの旅行でした。行ったのは夏でした。北海道の夏の過ごしやすさを体感してなんていいところなんだろう、ここに住みたいな、と思いましたが、自分の出身も北海道と同じ寒冷地だったことを、思い出しました。自然というものは、美しいところはそのまま厳しい自然になるのです。そんな事が、その時に気づきました。甘いだけの音楽ではないのは、そのような背景があるのかなと。

 

それから、僕はずっと世の中をさまよったままです。埼玉に住んでいたころ、若いころとはもう違う人間になったのかもしれない。

でも、グニュウツールを聴いているときは、あの時のキレイなこころのままで、いらえるような気がする。でも、グニュウツールはそんなに優しい音楽では、ありません。全くもって厳しく、聞き手を批判してくるのです。その救いとして御伽絵のようなPVがあるのかもしれない、なんて考えています。

誰もあなたなど見ていない 自由に行け

 そうなのです。そして自由になるためには、いろいろと必要なものがあるんだ、ということもわからせてくれるのです。幻想のようでいて、とても現実的な音楽なのです。

そして、彼らは本物の「ヴィジュアル・アーティスト」そして「本物のヴィジュアル系バンド」なのかも、しれません。

 

終わり