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「V系シーンで”メンヘラ”ブーム」と知って、僕が泣きたくなった理由

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realsound.jp

ヴィジュアル系では今「メンヘラ」が完全なるトレンドとなっていると、この記事で知りました。メンヘラとは、メンタルヘルスを患っている人達のことらしいです。要するに、心の病気を持っているような人達を「ネタ」にして、曲にするのが、受けているとのことです。

そのようなことを「ネタ」にしているバンドの例も紹介されていました。

 

代表的なものが、R指定の「アイアムメンヘラ」(2012年)、「青春はリストカット」(2013年)、「病ンデル彼女」(2014年)だろう。このあまりにもストレートな曲名と歌詞は、多くのバンギャルたちの共感を得た。以降、the Raid.の「病んでる君に贈る歌」(2016年)や、0.1gの誤算「溺愛ヤンデレボーイ」(2017年)、「有害メンヘラドール」(2016年)、そして甘い暴力の「ガチメンヘラ」(2017年)など、“メンヘラ”“病み”といったストレートな言葉を使うバンドが増えた。

 

出てくる出てくる単語、メンヘラ、リストカット、病んでるヤンデルヤンデレメンヘラメンヘラ病み、違うバンドの曲達とは思えない、ワンパターン、まあワンパターンはヴィジュアル系ではふつうの事でした。シャッフルしてもどれがどれだかわからない、おそらく肝心の「ヴィジュアル」もそうなのだろうと思います。

 

そして、「甘い暴力」というバンドの「ファッションメンヘラ」という曲の歌詞も引用されていました。

心配されたい  構ってもらいたい
ちやほやされたい
嫌だ嫌だ あいつの本気の病んでるアピール
「ファッションメンヘラ」(2017年)

 いきなりですが、このバンド達、曲を僕は一切知りません。それを前提としてしまうのですが

僕は、この曲たちを聴きたくはありません、

なんてわかりやすいタイトル、そして歌詞なんだろうと思うからです。まるで「それっぽい単語ジェネレーター」から自動生成されたかのような、言葉たちばかりだと思うからです。

そしてそれはヴィジュアル系」というフィールドで、それ「メンヘラ」が表現されていることの重みが、そこにない、と感じるからです。

ほんとうに、泣きたくなりました。それはなぜか。

 

◯ほんとうに死んだ「ヴィジュアル系バンド」麺たち 

ヴィジュアル系」では、過去に、有名だったヴィジュアル系バンドのメンバーが、亡くなっています。それは「メンヘラ」が原因だったかどうなのかは、わかりません。死んだ人にはもう本当のことは聞けないからです。

 

上記に出てきた「リストカット」というと、やはりあの人を思い出してしまいます。

www.youtube.com

蜉蝣の初期の名曲「リストカッター」これは上記の記事の中でいう「シリアスなテーマをユーモラスに表現するひょうきんさ」だったのかもしれません。テクビテクビテクビ!

この時期の蜉蝣を僕は「エログロをヴィジュアル系へモテ対応する形で持ち込んだ」と評価をしていました。斬新でした。ヴィジュアル系の形をとりながらも、グロい表現ができていた、初めのバンドだったと思います。「R指定」という曲もありました🔥

 

しかし、その後の蜉蝣は、「笑えないバンド」になりました。シリアスになって、内面に切りこんで行くバンドになりました。そして、蜉蝣は解散をした。大佑が中心となり新しいバンド「The Studs」が結成された。その後の大佑の歌詞は、生きることの辛さ、人間の弱さを見せつけて、徐々に追い込まれていくようなものに、増々、そうなっていってしまった。それでも、どこかに光を見出そうとするところは、感じられた、ような気がしました。

しかし、またバンドは解散した。そして、ソロ活動の中、死んだ

自殺したといわれています。人間って本当に死ぬんだ、と当たり前のことを知ってしまいました。彼が死んでしまった意味は、わかりません。なんでそんなことをしたのか。それでも、彼が残したものは、残っています。数々の生きた証が残された。末路してはあまりにも悲しすぎる。心というものは、ほんとうに死を選んでしまうんだ、と思ってしまいました。

そして、同時期に活動をした「ヴィジュアル系」のKagrra,の一志も自殺をしてしまいました。Kagrra,の音楽はひたすらに真摯で上品であり、そのような言葉は一切なかった。あるとすれば、重要なモチーフなっていた「桜」にそれが表れていると思います。いつかは散るもの。散っていった。花が散るのとは違い、散ることを選んでしまったんだ。

それも現実となってしまった。作り話ではなく。死というものの儚さを、ほんとうに表現した、なんて思いたくないけれども、そうなってしまった。重いです。

 

ElDoradoとbisのメンバーだった瞬介も、バンド解散後に亡くなりました。ElDoradoで彼が残した、彼の代表曲、死後に出版された本のタイトルになった「砂の王国」を今、聴くと、身につまされます。この曲を作ったかなり後に、亡くなった曲とはいえ、今になると、とても身につまされます。

夢から醒めれば 逃げ出せぬ現実が

朝陽を迎えて 静かにやってくるから

自由という名の扉をさあ開いて

まだ見ぬあの地を目指そう

 バンド名「エルドラード」とは黄金郷のことです。そこを目指してつけたのかは、わかりません。しかしこの曲のタイトルは「砂の王国」です。真逆です。現実は、夢から醒めて扉を開いたら、砂の王国だった、のかもしれない、なんて思ってしまいます。そして瞬介の遺書も公開されていました。

それは検索をしたらすぐにでてきます。どんなものか、読んでみたらわかります。この人を「メンヘラ」として評するなんて、僕はできません。

 

そんな背景があること。おそらく、どうでもいいのかもしれない。人の精神というものを、このように軽く扱うということ。僕がちゃんとその音楽を聴いてみれば、このような感想を抱かないのかもしれない。けれども、ほんの数行でも僕は感じました。聴くに値しない。聴くなら死んだほうがマシだ、ということ。なんて、思いません。死というものは、やがてやってくるもの。そして精神を病むということは、ほんとうに人を殺してしまうということを、先輩方が示してくれたからです。

 

だいたい、ああちょっとおじさんぽくて嫌になりますが仕方ないでしょう。だいたい、いだいな先輩方はこのようなわかりやすい、バカでもすぐわかるような歌詞は書いては来ませんでした。いかにして、わかりやすいものを独自の言葉と表現で綴れるのか、その戦いだったと感じています。

だからこそ、そこに何かがあるんじゃないか、とこちらが何度もそれを感じたくなるのだと思いました。

 

実際にYOSHIKIの歌詞は何言ってるのかさっぱりわからない、「もう耐えきれない孤独のセレナーデ 虚像の海に流して」とか 、LUNA SEAも歌詞も、直接的に何が言いたいのか、単語はわかりやすいけど、すぐには感じ取れない、でも答えは自分の中に見えてきたりします。清春の歌詞は、もう難解の極地です。「親愛なるDEATH MASK」なんてまずタイトルからしては??ですよね??そして「GOD INTO 4 死顔」「PAST 親愛なるデスマスク Nostalgia」親愛なるデスマスクノスタルジアって何??わけわかんないよ狂ってるの??そして最後に「キチガイ!メクラ!カタワ!ハクチ!」とかツタツタでぎゃーでシャウト、で次曲は泣きのバラード、おばあさまの死に寄せた「亡骸を…」ですよ??よくわからないです。清春のご両親が「初めてバンドの曲で最後まで聴けたよ!」と感想をくれた曲だそうです。泣けますよね…

 

そのような深みが、この「ファッションメンヘラ」からは、とてもとても感じられないのです。ほんとうに、「重み」がまったくない、バカの極み、ゲスの極み男、精神を利用したお遊び!だと思うからです。だから、泣きたくなりましたよーー!!

 

そして、これだけの歌詞でこんなクソな記事を書くようなブロガー?がいるなんて、ちょっと…。ブログかプロ記事なのかはわかりませんが。僕はダメなものはダメだと思ったので、書きました。

ファッション・キチガイバンド達は絶えろ!しかしそして生きてみろ!!!!

 

終わり!!