麗しの美紀さまについてご紹介するのも3枚目。そして、あと1枚です。
悲しいですね。しかし美紀様はお元気であられます。番組か映画かの宣伝かわかりませんが、おくだらないおバラエティになんかに出ていて、「私生活」のことなんかしらないとばかりに、わりかしおくだらない事をお話になられていて「中谷美紀ってすごくびじんなのにしたしみやすいね」なんて一般人さま達に言われていたりしますね。良いことだと思うのです。
3枚目のアルバムは「私生活」です。
このアルバムからフォーライフから坂本龍一の所属するワーナー・ミュージック・ジャパンに移籍しました。
まず気になるのはやはりそのタイトルです。「私生活」気になります。「芸能人の私生活」どうでもいいと思いつつもやはり気になってしまう。そして「中谷美紀の私生活」ときくと、やはりどうしても気になってしまう。それを自分のアルバムのタイトルに付けた。どういう意味があるのでしょう。
この頃は確か・・・彼女の「私生活」について騒がれていたかもしれません。それは俳優との禁断の愛、のようなものだったと記憶しておりますが、所詮ゴシップの範疇にとどまっていて、真偽は不明でした。つまり、「私生活」でこちらが想像するようなことはなかったのかもしれない。
また下世話な話ですが中谷美紀さまの「おうわさ」として、最近はドイツ人のチェリストとおつきあいをされているという噂を耳にしてしまいました。
なんて素敵なんだ。ドイツ人!チェリスト!美紀様!すてきー
そんなものなのです。
音楽とはその人の「私生活」が入っているもの、というのが一般的な認識ですが、そもそも音楽とは音を使ったもの、なのです。言葉とか気持ちとかそういうものは関係ないはずです。言葉はそれを助けるものである。主役ではない。でも人々はその「言葉」の強さに負けて、それだけに歌詞を見い出したりしてしまう。
僕もかつてはそうでした。しかし、聴く音楽の幅が広がって、それを克服しました。ですが中谷美紀さまについては、やはり作詞家、売野雅勇さんの素晴らしい詩世界に魅了、そして美紀さまの声に集中をしてしまっていて「そういう音楽なんだ」と決めつけていました。
そんな僕が「私生活」を聴いて、最初はどんな感じを覚えたのか。
それは「なんかつまらないな」「地味だな」「食物連鎖とCUREの方がいいな」と思ったのです。無理もないです。
しかし、ある時、いつもはイヤフォンやヘッドフォンで音楽を聴いていたのですが、その時は「24時間大音量出し放題」という狂うほどの山の中に住んでいたので、CDを発見した、そうだスピーカーで聴いてみようと思って、限りない大音量でこのアルバムを聴いてみたのです。
そしたら、スピーカーから、銀色の凍てついた空気が流れ出したのです。そうだ、これは今まで違う耳で聴かなくてはいけないアルバムなんだと思いました
音楽とはクラシック音楽でも「標題音楽」というのがあります。例えばドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」や「音と香りは夕暮れの大気に漂う」など。作曲家がその曲に、ピアノ単独曲であるのに、器楽曲であるのに、付けていたりするのです。
聴く側は、その曲について想像ができやすくなる。そういう利点があります。
この「私生活」はそういうものを排除した、「絶対音楽」だと感じました。
絶対音楽とはそのような「標題」がついていない音楽のことです。例えば「ピアノソナタ第1番」「交響曲第1番」という名称だけのもの。
もちろんこのアルバム収録曲には歌詞はあります。ありますが、歌詞を届けるだけの音楽だけではないと感じました。
圧倒的な音像に支配されています。坂本龍一の中谷美紀ワークスは、坂本龍一ファンには不評だということを聞きましたが、おそらく今までの作品に彼にとって足りなかったものが、ここにはある。
驚くくらいの太いバスのドラムの音、シンセが主導する曲の世界、きらめきどよめくノイズ。そして響き渡る中谷美紀の硬質な、硬質すぎる声。
圧倒されました。これは「絶対音楽」なんだと。
1. フロンティア
エレキギターの乾いた音からスタートする。何かが起こっているのに、何も起こっていないような、中谷美紀のボーカルが冷たく冴える。4AD的な深いリバーブ。限界に近いと思わせるようなハイトーンのファルセット。全てを銀色の世界に包んでいく。
全ての「音階のある音」が、何かに包み隠されている。
2. 雨だれ
やはり4AD「This mortal coil」に似た響きのある曲だ。最低限の音数に、贅沢なリバーブ。美しい悪夢、つまらないたとえだけれど、そうと言いようがない。不思議なけむりに包まれてしまう。そして見えなくなる。女優の私生活は見えないのが相応しい。
3. temptation
フランスの作曲家ガブリエル・フォーレの「シシリエンヌ」
「Temptation(誘惑)」と名付けられたこの曲は、原曲の流麗で悲しげなイメージは控えめに、あたかも大人の女性の誘惑というべき、淡々として抑揚のないアレンジになっている。ところどころ入ってくるピアノが坂本龍一らしい。坂本龍一がチェリストと組んでピアノを弾いて、アスラット・ジルベルトをカヴァーしたアルバム「casa」を思い出す。
- アーティスト: MORELENBAUM2/SAKAMOTO
- 出版社/メーカー: ワーナーミュージック・ジャパン
- 発売日: 2001/07/25
- メディア: CD
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これはかなり名盤だったのでよく聴いていた。中谷美紀より聴いたかもしれない。ただし、そのアルバムはチェロとピアノとボーカルだけだった。この曲のバックトラックは、全く違う趣で、ブラジル音楽ではないけど、どちらとも取れないようにやっているのだと思う。
4. Confession
ノイズと共に、中谷美紀のセリフが入っている。朗読ではなくて、セリフ。短いもの。
「私生活」を少しだけ見せている。ただし、力強い囁き。悲しい。
5. クロニック・ラヴ
ポップなナンバーだが、調整の定時は極めて曖昧であり、しかしボーカルは大きく響く。不思議な音響だ。コードがより複雑にきこえる。基本和音に上に重ねている、それはボーカルを邪魔してしまうこともあるのだが、それが無い。上から下まできれいに構築されている。
6. Spontaneous
こちらもノイズセリフ。バック担当は竹村延和。声をサンプリングしてリズムのように刻まれてあらわれる。もちろん、そのせいで何を言っているのかはわからない。
7. 夏に恋する女たち
全2作に続く大貫妙子の曲。どこか朴訥で明るいメロディと曲調が中谷美紀には合っている。引き続き、「つかのまの安らぎ」のような曲。しかし柔らかな空気の中に、針が隠れている、そんな感じも引き続いています。
8. Automatic Writing
4と同じ半野喜弘のトラック。「きたないな」という声がよく聴こえる。ポンポンとした16譜が右左を駆け回る、可愛らしいエレクトリック。
9. フェティシュ〜Folk Mix〜
「クロニックラブ」のカップリングに入っていた曲のリミックス。folk mixとのことだが、ボーカルとともに、延々とバックトラックは打楽器のループのみ。調整感はまるでない。たまに入ってくるボーカルに対してのコーラスのみに和音が感じられる。
音が無い。音が少ない。このような、「メロディアス」で売野雅勇のセンチメンタルな歌詞に見合った音が省かれている。
そのような音楽を「引き算」として表現したというミュージシャンが沢山いるような気がする。あえて、少なくしたそんな音楽なんだ、素晴らしいだろう、みたいな心が感じられる。それと、この「フェティッシュ〜Folk Mix〜」は、その類と同じようには思えない。最初からそれらは全て省かれて、ボーカルのみが遺されて最低限のものだけが足された。「ミニマル・ミュージック」については詳しくないけれども、そのようなものなのではないのか。
坂本龍一は、とても悔しいけれども、やはり「ポピュラー・ミュージック」の範疇では、「音楽に対して最高の学識」を持っている。それも世界で受け入れられている。なんだかわからないけれども「教授には引き算なんて必要ない」というのを感じた。
ちなみに次作「Miki」には通常のバージョンが収録されている。どちらが聴きやすいのかといえば、やはり後者。
10.Leave me alone…
「はあ、うるさ」
「…怒っちゃったのかな」
11. promise
作詞作曲、そして坂本龍一と共同クレジットにて名前がある京極和士さんは、ラジオの企画にて入賞した方。とうぜん坂本チルドレンなんだろう。
坂本氏の独特なコードプログレッションに対抗すべく出来たような曲。
12. all this time
「フロンティア」のバージョン違い。歌詞とタイトルが違っている。
よりシンプルに耽美的になっている。ビートがない。ボーカルはコーラスのエフェクトが深くなっている。
アルバム後半に、最初の曲を違ったかたちでまた見せる、という方法はよくあるような気がする。しかし、そこに大きな衒いは感じられない。ひたすらに透徹にそれらがこなされていく。ただただ、そこに椅子をもとめて、観客はさまようだけ。
13. temptation〜Drum Mix
3曲めのガブリエル・フォーレの曲のドラム・ミックス。
その名のとおり、淡々としたドラム、声のような音のループが優しく響く。
透徹な音楽だ、と思った。
透き通るようなもの、筋が通ったみずみずしいもの。それは「あらかじめ引かれた音楽」でしかなしえないのでは、と考えてみた。
以上。中谷美紀のアルバムはあと残り1枚だけ。
インディーズでもいいし、坂本龍一はいなくてもいい。歌手活動をまたやってほしい。
そしてまた、「食物連鎖』の時にやったような、渋谷のライブハウスで公演をしてほしい。「私生活」のおかげでそれは遠そうだけれども。