さわやかトラウマ日記

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美しく凍る「死んだ」歌声 中谷美紀 「食物連鎖」【女優の歌シリーズ】

食物連鎖

中谷美紀が本を出した。出版記念のサイン会と記者会見が行われるというということで、会場には沢山のファンと報道陣が集まった。

「それでは、中谷美紀さんの登場です。どうぞー」

拍手と女性ファンの歓声の中、悠然と登場する美人女優の中谷美紀。この頃は既に女優として絶好調だった。自信と誇りが全身から溢れ出ている。そして第一声、彼女はこう言った。

「皆さん、こんにちは。柴崎コウです。」

 

中谷美紀は元々アイドルだった。「桜っ子クラブ」のメンバーで「KEY WEST CLUB」という2人組でデビューもしていた。この辺りは全く知らない。

その後にドラマや「レーサー100」のCMでブレイクした。自分が「この人が中谷美紀か」と認識したのは「ふぞろいの林檎たちIV」だった。不幸な役が似合っていた。でも山田太一のドラマは全員不幸なので、それほど目立ってなかった気がする。とりあえず美人なのはよくわかった。

実は女優としての彼女について、ほとんど認識していない。「リング」も「ケイゾク」も観ていない。やはり自分の中では歌手としての存在が大きい。

Wikipediaを見るまで知らなかったのだが、93年にソロとして「あなたがわからない」という曲でひっそりソロデビューしていた。

 

しかしやはり正式なデビューはシングル「MIND CIRCUS」(1996年5月17日リリース)だろう。

 

MIND CIRCUS

MIND CIRCUS

 

 

坂本龍一プロデュース!当時芸能人がソロデビューをするなら「○○プロデュース」は必須要素までとは言えないが、重要な手法だった。坂本龍一プロデュース、看板としては申し分無い。何より名前だけでなくその実力は今更、語るまでもない。大物だ。

歌手デビュー当時は「売り出し中の新人女優」といった面持ちでどのくらい期待されていたのかはわからないが、出演したドラマの主題歌にもなり、CMで歌も流れて、華々しいデビューと言っても間違いない。さすがスターダスト(この前辞めて独立)。冒頭の柴崎コウもスターダスト。この「こんにちわ柴崎コウです」実話ですよ。

 

凍った声、死んだ声

中谷美紀の歌を初めて聴いた時は、とにかくビックリした。

他の誰にも無い個性的で特徴的な声質。硬質、氷のように冷たい。触れると実はそれはドライアイスで、ハッと気づくと自分を意味ありげな見つめている中谷美紀。その表情、微笑んでいるのか、いないのか、うすい青、そして黒の世界の中に突き落とされる。

頑張って歌ってるのに申し訳ないけど、生命感が無くて「死んで」いるみたいな声だと思った。それはやる気が無とかではなくて、とにかく「死んで」いる。あんまり死とか軽々しく書いちゃだめかなと思うけど、あくまで美学としての「死」なので許してほしい。哀しく美しい、危険な声。

というわけで今日はアルバム「食物連鎖」について全曲レビューします。

食物連鎖

食物連鎖

 

 

1.「MIND CIRCUS

作詞:売野雅勇/作曲・編曲:坂本龍一

歌詞:中谷美紀/歌詞:MIND CIRCUS/うたまっぷ歌詞無料検索

 

記念すべきデビュー曲。いきなり「中谷美紀の声は死んでいる」とか書いておいてアレだけど、このデビュー曲はとにかく明るい。なんとなく坂本龍一のこれまでのイメージとも違う、爽やかな曲。

作詞は超絶大ベテラン売野雅勇、大先生!誰それと思った人はぜひWikipedaでの提供曲一覧を見てほしい。そして「はぁ~参りました」と思ってほしい!この「食物連鎖」では2曲のシングルをはじめ、中心的な存在として詩を提供している。あまり語られないが、個人的には松本隆に匹敵する存在だと思う。

君の誇りを汚すものから 君を守っていたい

野蛮な街に心が負けてしまわないように 

こんな感じでただひたすらイノセントに「君」を肯定し、励ます歌詞。淡々としながらも跳ねるメロディ。いわゆる「励ましソング」だろうか。実は生粋の坂本龍一ファンには一連の中谷美紀ワークスについては評判が凄く悪かったらしい。この曲も一聴すると、アイドルに書いた「励ましソング」に聴こえた。

でも、何度か聴いているとこの曲がいつの間にか好きになっていた。それどころか「MIND CIRCUS」ばかり聴いていた。まるで中毒のように。自分でも理由がわからなかったが、本当にこの曲ばかり聴いていた。

歌詞は励ましなのに、中谷美紀のその「声」は実体が無く、遠いものに感じた。そのギャップが好きだった。美人にこんなに励まされたら、とかそういう良さは見出せなかった。他のアイドルとは違う。抽象的でぼんやりした何かに励まされている感じ。隣りで誰かが微笑んで僕をひたすら励ましている感じはなかった。

その違和感。変な距離感。そしてある日気づいた。これは誰かの声じゃない。誰かのための歌詞じゃない。これは「自分のための自分の心の声」だと。

君の誇りを汚すものから 君を守るから

 

「君」は存在せず、ひたすら励ます対象は自分、これは己の声だった。誇らしい自分を自分で守る。ほんとうに売野先生がその目的でこの歌詞を書いたのかは、わからない。しかし自分にはそう聴こえた。歌と歌詞と歌手と聴き手の関係なんて自由だ。「君」は誰でもなくて、実は自分を励ましひたすら鼓舞する歌だった、でもいいと思う。

偽りだらけのこの世界で愛をまだ信じてる

 

単なる励ましソングじゃない。極限状態の中、自分で本当の自分であってほしい「君」を歌う、そのような物だと聴くと、切ないものがこみ上げてくる。

第3者としてのボーカルも面白く聴こえる。「君」の誇りを守りたい。自分を守りたい。媒介としてのボーカル。自分ともう一人の自分である「君」以外、立ち入れない神聖な世界。残念ながらこれだけのイノセントに他人が入り込む余地は無い。

また、それが出来るのは、人間的な甘さが全く無い「生きていない」中谷美紀の声だから。他の誰でもダメだ。いや、ユーミンあたりだったらいいかも。微妙な距離感で歌い手と作詞者と作曲と編曲と聴き手が回る。不思議なマインドサーカス。上手くまとまったのでこの曲のレビューは終了。

 

2,STRANGE PARADISE (Paradise Mix)

作詞:売野雅勇/作曲・編曲:坂本龍一

歌詞:中谷美紀/歌詞:STRANGE PARADISE/うたまっぷ歌詞無料検索

セカンドシングル。この曲を聴いて「あ、伊藤園!」と思う人は多いのでは?「おーいお茶」のCM懐かしい!「MIND CIRCUS」とはうって変わってこれからの中谷美紀を予兆するかのような曲。というか「MIND CIRCUS」みたいな曲は他に無い。こちらが本流。早くも出てきた「陰り」のある世界。でも後の曲のような絶望感は無い。さわやかに哀しい。

曲も前とは変わって、坂本龍一らしい音符的にも「伸び」のあるメロディ。これぞ中谷美紀という世界観が広がる。売野先生の色彩感溢れる歌詞にプロとしての誇りを感じます。 

3.逢いびきの森で

作詞・作曲・編曲:小西康陽

歌詞:http://j-lyric.net/artist/a000cf8/l011f57.html

意外な人選!しかし聴いてみたら全然合ってる。

小西康陽の提供曲といえば、小倉優子「オンナノコ オトコノコ」Negicco「アイドルばかり聴かないで」や松雪泰子「ESP」(懐かしい!)のような感じの曲が多いが、この曲はひと味違う。

曲調は渋くて軽やかだけど辛口のジャズ。アクセントを外したポリリズムのようなピアノのバッキングが、歌詞の「6月の森の雨」の彷彿とさせる。立体的で絵画的なアプローチ。

坂本龍一の曲とは違ってメロディの譜割りが短く、そっと呟くようなメインのフレーズは中谷美紀に合っている。細かいメロディの部分も案外歌いこなして、あれ?この子、案外歌が上手いかも?なんて考える。

しかしやはり淡々、でも何かが起こっているのは伝わってくる、気品高いメロディとボーカルの相性の良さに気がつくと5分半が終わっている。名曲!と大袈裟に騒ぎ立てるような派手さは無いが、素晴らしい曲だ。

 

4.汚れた脚 The Silence of Innocence

作詞:売野雅勇/作曲・編曲:坂本龍一

歌詞:中谷美紀/歌詞:汚れた脚/うたまっぷ歌詞無料検索

変化球が多い中でストレートにこのアルバムの世界観を表した曲だと思う。音的な意味でも。

どんな未来もまだ始まらない

といきなりの売野先生の強烈パンチと悲しいメロディで始まるこの曲。そう、この曲のテーマは悲しみ、失望。何かを暗示しているタイトル。まさに売野節!つながっているのはわからないけど、「MIND CIRCUS」で見せたイノセントの終焉を感じる。サブタイトルもそれを匂わせてる気がする

いつかどこかで君をみかけても

恥じらわず立ち止まる汚れた脚

この歌詞の意味は色んな背景がありそうだけど、真実はわからない。ただ強烈な哀しみと「自分を恥じる心」を感じる。これは他の曲や次の「CURE」でも引き継がれる。

中庸ながらこのアルバムらしいメロディとサウンド、そしてひたすら「死んで」いる声を聴きたくなる、そんな曲。

 

5.my best of love

作詞・作曲:大貫妙子/編曲:坂本龍一

歌詞:中谷美紀/歌詞:my best of love/うたまっぷ歌詞無料検索

またまた打って変わって「ザ・大貫妙子」って感じの曲。でもこれがまた合ってる。可愛らしいけど、なんだか毒のある歌詞。小西康陽と同じように、短い譜割りが中谷美紀と相性が良い。坂本龍一大貫妙子を選んだのかはわからないけど、ここで採用した音楽的な理由はあったと思う。佳曲。

 

6.WHERE THE RIVER FLOWS

作詞:売野雅勇/作曲・編曲:坂本龍一

歌詞:http://j-lyric.net/artist/a000cf8/l011f64.html

「汚れた脚」と同じ雰囲気を感じる、しかしそれよりも坂本龍一らしさを感じさせる曲調。「Sometime,Somewhere」と何度も繰り返されるフレーズ、ここのコード進行に強烈な坂本龍一らしさを感じる。「いや、芸大出てますけど?何か?」的な。我ながら嫌な見方だ。ストレートに進んできたのに、突然耳に違和感を覚える。そしてそこに中谷美紀の声が乗る。ああ、坂本龍一だ。

しかし、この曲、この部分の中谷美紀のボーカルは、キーが高すぎるのか少しアレ?ってところがある。Sometime,Somewhereの部分は特に。でももともと不協和音っぽいコードだし、仕方ないかも?でも?と何度でも聴きたくなる曲。

歌詞は全てを悟った少女がそれでも純粋さを失う事に対して、必死に抵抗しているように聴こえる。さよならさよなら。

 

7,TATTOO

作詞:中谷美紀/作曲・編曲:坂本龍一

歌詞:http://j-lyric.net/artist/a000cf8/l011f5e.html

 

美紀様が初のお作詞をされた、奇妙奇天烈でスパイシーな曲。歌詞はまさにセックスの世界。

中島美嘉の初シングル作詞の「Love  Addict」を思い出す。若い子が作詞させるとセックスの歌詞を結構平気に書くのは凄い。男はシャイだから被めたる事はあからさまには歌えない気がする。作詞→自分を曝け出す→セクロス!!!となるのかな?勇気あるその決断に敬意を表します。

最後は

闇を見る瞳の その妖しさは

あなたを殺めてる夢を見る

 

で終わり。美紀様…やりたい放題!ステキですね。

 

8,色彩の中へ

作詞:高野寛/作曲:ヴィニシウス・カントゥアリア/編曲:坂本龍一

歌詞:色彩の中へ - 中谷美紀 - 歌詞 : 歌ネット

この頃ブラジルの作曲家や演奏家と交流を深めていた坂本龍一ですが、このアルバムではヴィニシウス・カントゥアリアさんが曲提供。本場のボサノバ楽曲と坂本龍一お得意の気怠いサウンドがキマっていて、さすがです。でもちょっと歌のキー設定を誤ったかも。優雅なメロディなのに全体的に苦しそう。もっと低音で聴きたい感じです。

 

9.LUNAR FEVER

作詞:高野寛/作曲・編曲:森俊彦

歌詞:http://j-lyric.net/artist/a000cf8/l011f67.html

J-POPぽいけどやはりダークでアダルトな曲。高野寛の思わせぶりな作詞も中谷美紀に合っていると思う。地味といえば地味だけど、アルバムの幹の一つと思えば悪くない。

 

10.sorriso escuro

作詞:売野雅勇アート・リンゼイ、ヴィニシウス・カントゥアリア/作曲:アート・リンゼイ、ヴィニシウス・カントゥアリア/編曲:坂本龍一

歌詞:sorriso escuro - 中谷美紀 - 歌詞 : 歌ネット

アルバム最後はなんと語り曲。アート・リンゼイまで参加して極上のサイケなボッサに載せて、中谷美紀が延々と語りを入れる。ちなみにタイトルの意味は「暗い微笑」中谷美紀の事かは不明だが、ピッタリだと思う。暗い微笑を向けられたまま、このアルバムはひっそりと終わる。

 

このアルバムは流れがあって、「MIND CIRCUS」のようなイノセントな世界から、徐々に陰りのある世界に目覚め、遂に破綻するも、その後セックスや恋愛などを知って、人生のカオスへ・・・的な感じかなと思った。

もちろん、ただ出来た曲をバランスよく並べただけかもしれない。それに「一人の少女の人生」云々なんてありきたり。なんか違う。

もどかしい何かが渦巻くこのアルバムには物足りない概念だ。

このアルバム…

 

食物連鎖

 

このアルバムのタイトル「食物連鎖

これがピッタリだとその時やっと気づいた。身と心を食べられて、誰かに養分を提供する。

続いていく、つながる命。死ぬ、そして生きる。難しいかもしれないけど聴いてみればわかると思う。きっと。

 

終わり。

 

過去の「女優の歌シリーズ」

シリーズってまだ3回目…

 中谷美紀はまた書きます。

maemuki.hatenablog.com 

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