さわやかトラウマ日記

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【宣言】大場久美子は「ジャパニーズ・ラテン・ポップスの女王」です【レビュー】

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きょうここに宣言します。「大場久美子は和製ジャパニーズ・ラテン・ポップス」の女王であった!ということをです。ほんとうは「大場久美子は和製ソフトロックの女王…」と宣おうかと思ったのですが、ちょっとそれではわかりづらいかな??というのと、やはり「ラテン」であるということは外せない…と考えたので、そうしました。

 

大場久美子ことクーミン(本人はこう呼ばれたたいらしい、理由はユーミンが好きだから)との出会いは、もちろんテレビでふつうになんとなくその存在は確認をしていました。歌番組で代表曲「スプリング・サンバ」を歌っていたり、一条ゆかり大先生の名作漫画「砂の城」が原作の東海テレビ制作の昼メロのドラマに主演していたり。あれは…ちょっと演技が…という印象でした><

そして歌も…。「歌がヘタなアイドル」の代表格として有名ですよね。僕は「歌がヘタなアイドル」がとても好きなので、まずはそこから入りました。

 

ある時、YouTubeで「スプリング・サンバ」以外の曲を聴いてみたところ、まず思ったのです。

「これは・・なんて良質なラテン・アイドル・ソフトロックなのだろう」と!!ので、その曲たちを紹介しますね。

クーミン(大場久美子)のサウタージが感じられる…「エトセトラ」(1978)


大場久美子 - エトセトラ

「エトセトラ」は1978年にリリースされたシングルの曲です。「コメットさん」というクーミン人気に火を付けた主演ドラマに出る前の曲です。70年代の曲なので当然に生楽器で生演奏のラテンポップスです!なんて素晴らしいのだろう。光り輝くブラスとストリングス、はじけるパーカッション。

「あなたは泣きたい日がありますか」「あなたはさびしい日がありますか」というダウナーな歌詞を明るく歌い上げるクーミンとは逆に、内向きに進行するコードがたまらないサビの箇所も最高です。ここにラテン音楽らしい「サウタージ」を感じました。「サウタージ」はポルトガル語で郷愁、憧憬、思慕、切なさなどを表す言葉です。ポルノなんとかの同名の曲よりも、クーミンの方に何倍ものサウタージを感じました。

いけない。さらっと批判めいたことを。。反省します。とにかくクーミンのラテンソフトポップ歌手としての魅力がこの曲で伝わったと思います。

和製「ディスコソウルクイーン歌姫」でもあった…クーミン。


大場久美子♡ディスコ・ドリーム/ミルキーウェイ(1978・12・1)

「ディスコ・ドリーム」も1978年に発表されたシングルの曲です。当時はおそらくディスコ文化が真っ盛りに時代だったのかもしれない。アース・ウィンド・アンド・ファイアー直伝の正統派ディスコポップがここでは炸裂しています。ああ豊かなサウンド。現代ではサブカルチャーの一端のようになってしまったディスコサウンド。このゆらめくベースに、どこか落ち着きが見えるけど、躍動感のあるドラム。いい感じにコードをなぞるワウ・ギター。そして欠かせない生のストリングスとブラス!カウベルも良い感じです。カウベルわかりますか?コンコンカンコンカカンという感じで鳴るラテンパーカッションの一種です。

クーミンのボーカルは「ディスコに行ったけどなんかついていけなかった☆」という割とアイドルの王道ともいえる歌詞を、見事に恥じらいをもって歌い上げています。

このシングルのカップリング「ミルキーウェイ」も続いてこの動画には収録されています。これも紹介します。

小沢健二「LIFE」を先に行っていた涙炸裂する名曲「ミルキーウェイ

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数年前、かなり前に「Free Soul」みたいなのがブームになりましたよね。昔のポップスから発掘して「ソウルだ」なんておしゃれなジャケットを付けてCDで出すというムーブメント。外資系CDショップで特設コーナーがあったりして。

そこでクーミンが机上に上げられることはありませんでした。この「ミルキーウェイ」は撲殺されていたのです存在を。こんなに良質なソウルポップがこの世にあるだなんて。オシャレ界の人間らは、クーミンが前述のような普通の過去の芸能人だということに目をくらまされていて、発見できなかったんだアハハハ、と初めて聴いたときに思ったのです。そして今でも思っています。そして思いました。「なんか小沢くんのLIFEに入っているみたいな曲だなー」なんて。僕は「渋谷系脳」なので許してくださいね。なんでも野球の打線で物事を判断する野球脳オヤジと同じようなものなのです。許してください。この輝かしいストリングス、ブラス。久美子も旅に出る理由があったのです。もしかして「僕らが旅に出る理由」の「僕ら」の「ら」はクーミンだったのかもしれない。深い・・・。

 "スプサン"のカップリング「ヘッドフォーン」隠れソフトロックの名曲

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クーミンといえば「スプリング・サンバ」略してプサンですが、ミーハーてきなものを関知しない根っからのサブカル気質がイタい…ことを愉しみとしている自分としては、到底受け入れられないのです。カップリングの「ヘッドフォーン」の方が何十倍も名曲だと、私は言いたいのです。イントロのスタッカートのかかったミュート・トランペット。。これはまさに「ソフトロック」なのであります。ああ血沸き肉踊るソフトロック魂!これに饗応して鳴り響くクーミンのハード・スタッカートな声…。ヘッドフォーンをしているのに「小川のせせらぎ…ふるさとの声…帰っておいでと…ささやいてますー」というよくわからないシチュエーションの歌詞がたまらない。サイケデリック!!アイドルとは矛盾があってこそ、なんだという発見があって素晴らしいですよね。考え抜かれたアレンジと演奏、70年代って素晴らしい時代だったんだなあ、と70年代産まれである自分を愛おしくなって、それも素晴らしいという感慨も正直あるのです。正直に言いました。正直に。

「フルーツ詩集」(1979) これクーミンの究極のラテン・ポップ。絶対に。

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世の中に「究極の◯◯」は数あれど、その中の真実と言ってもいいのが大場久美子の「フルーツ詩集」だろう。フルーツ詩集とはなんだろうか、と矢張り詩人の如きのconsider(深い考察)に陥ってしまう。しかし答えは歌詞の中に込められていたのです。

「2人よく来たフルーツパーラー  思い出すたび詩人になれる」

そうなのだ。この曲ではフルーツがもりだくさん。メロンにレモンにオレンジにソーダ。フルーツソーダなのだろうか。パーラーでフルーツをかじりながら、ここによく来た彼氏のことを思い返す、あの時。フルーツのような2人だったのにー、もう無くなってしまった、そんな私は詩人なのかもしれないな!だからフルーツ詩集…♪という曲なんだろう。この哀しいのに無責任なまでに陽気なサウンド。どこまでも輝くブラスサウンドにコンガ、ボンゴが強く主張をする。これは…MPB??なのかもしれない。MPBはこの頃にもう発祥していたはずだ。そう。大場久美子ガル・コスタ、いやエレス・レジーナ?まさかアストラッド・ジルベルト???違うか・・

違うとわかったけれども、クーミンがブラジル音楽などではくくれない、ロックの禁断の領域にも踏み込んでいたことも、紹介しておく。

クーミンの「ビートルズのカバー」は神の領域。本家を超えている件…

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ジョン・レノン氏はファンを名乗る男性に打った兇弾に倒れ、没しました。時は1980年。偉大なアーティストの死に世界中が嘆き悲しみ、早逝を偲びました。

大場久美子の「サージェント・ペパーズ・ロンリーハーツ・クラブバンド」のカバーは奇しくもその約1年前、大場久美子のコンサートのために企画をされた「クミコ・アンソロジー」の中に収録をされた曲です。

ほんとうに愚かしいことこの上なく汗顔の至りなのですが、私はビートルズさんに取って重要なターニングポイントとなってこの曲を聴いたことがなく、クーミンのバージョンで"初聴き"だったのです。

はじめてクミコサージェント・ペパーズを聴いた時は、世の中にこんな音楽があったんだ!ほんとに夢を見るかなのようなゴージャスで弾けるような豊かなサウンド…。目まぐるしくリズムとテンポが変化をして、「これからどんなコンサートがはじまるのだろう」という、もう過去になってしまったコンサートを夢想をしたり、できました。

原曲の名残が残っているのは、前半だけです。それも「さあよおこそここへ!いっしょにたのしいコンサートを!」と野太いコーラスが加わって…原曲破壊も良いところ、なのかもしれない。「よくクーミンはころされなかっt」なんて思ってしまったことも、正直に申し上げます。真に平身低頭にてお詫びをいたします。

しかし、中盤のハイテンポに変わって目まぐるしく広がるクミコワールド、まさに日本で勝手な位置づけをされてしまったワールドミュージックの類そのものです。革新極まりない!!完成されきったコーラスワークと、クーミンの素朴な音程との対比。。まさにアートです。これぞ「ワールドミュージック」の醍醐味といえるのかもしれません!なんて深いんだろう。クーミンはまだ生きている。懐メロ番組で歌うのはやはり「スプサン」またはドラマ「コメットさん」の主題歌「キラキラ星あげる」に限定されてしまうのです。そしてこれが収録された「Kumikoアンソロジー」を最後にして、歌手を廃業しました。その後ちょっと復活したのですが。

そうです。廃業、死。70年代も終わってしまった。時代は流れる。なんて…素晴らしいんだろう。改めて、クーミンは「ジャパニーズ・ラテン・ポップスの女王」です!!