aki様が亡くなった、それを知ったのは夜でした。
aki様のイメージらしく、夜だった。なんて安易なことを感じた自分を恥じました。表現に対して、それだけの言葉で片付けるなんて失礼なんだと感じました。
このブログでLaputaについて書いたのは、このふざけた記事だけでした。
ふざけつつも、Laputaそしてaki様の魅力については、ちゃんと書いたつもりでした。許してください。
aki様は他に無い歌声の持ち主であり、Laputaは素晴らしいバンド。
これはよく言われていることですよね。そしてその通りです。言葉でそれ以上の事を表すのは難しいと思います。そのように明文化が難しいバンドであったのだと思います。
なので、せめて図で表したいなと考えて、以前から雑な図を作成していました。
aki様の歌声世界を表した図…
これはaki様というより、Laputaにおける真実だと思ったことを表したものでもあります。それはLaputa=aki様の歌声だということ。aki様の声は高く、まるで何も届かない見えない高い処から…のお声のよう。つまり、その声の派生源…そこがLaputaだということを表したかったのです。
Laputaが結成されたのは1993年、まだヴィジュアル系のシーンは無かった頃です。よって、後のヴィジュアル系になる事が目的でヴィジュアル系になった人達とは違うのですが、aki様のヴォーカルはヴィジュアル系そのものだと思います。
aki様が他のジャンルで歌うことが想像がつかないですよね。それは自分自身で仲間と共に作り上げたものだった。それだけの独自性があったということだと考えます。
そして、Laputaは常に変化し続けた。サウンドも変わっていって、後半は新しいものを次々と取り入れていった。それができたのは、やはりaki様の歌があったからですよね。絶対的なものがあったから、自由に変わることができた。バンドが終了したのは、やりきったからだと感じています。だから再結成はしなかった、一時的に集まって振り返るような事もしなかった。それだけLaputaを大切にしていたのかな、と推測します。
ほんとうに、素晴らしいヴォーカリストでした。声を発するだけで世界が作られる人、稀有なお方でしたよね。
訃報を聴いた夜に、ふいにこの曲を思い出して、やはり悲しい気持ちになりました。
「最後の夜は、君と踊り明かしたい もう、会えないから」
もう会えない。最後の夜。
aki様には夜が似合うと思います。そして誰も動かない夜の終わりと朝の始まりの時間も。だから、その世界に還ったのかなと、感じました。