20代の頃、どうにもこうにも人生に迷っていた。
仕事を無くし、仕事を見つけようにも、社会人経験も乏しく何のスキルもない20代の男には、今もそうだと思うけど、当時も厳しい時代だった。アルバイトですら簡単に見つけられない時代だった。テレビは毎日、先の見えない不景気だとばかり伝えていた。後々「平成の大不況」「失われた20年」と名付けられた時代の中で、激しい渦に取り込まれてしまい溺れている感覚だった。希望も失っていた。しかし何より自分は視野が狭く何の努力もしていなかった。
ある日、別にやりたくないアルバイトの面接に行った。何の仕事かももう忘れた。もちろん落ちたから。なぜか面接の場所は覚えている。市ヶ谷だった。
市ヶ谷は坂が多く、登ったり降りたりしていると、足がよく見えて自分の靴が古くてすごく汚れていることに気づいた。
もうヤケだ。休もう。どこかでコーヒーでも飲もう。もし飲んだら、お金が無いから、ここから池袋までは歩いて帰らなくてはいけなくなるかもしれない。でも、何もかもどうでもよかった。
そこら辺にあった、ドトールかヴェローチェみたいなコーヒーショップに入った。
一息ついてしばらくすると、店のBGMで聞き覚えのある曲が流れてきた。
カルロス・トシキ&オメガトライブ 【アクアマリンのままでいて】MV - YouTube
カルロス・トシキ&オメガトライブ「アクアマリンのままでいて」
バブル、バブル景気。Wikipadiaによると1986年12月から1991年までに期間限定で盛り上がった好景気を表す言葉。当時は小学生で全くわかっていないかったし、「今はバブル景気です!」とかは誰も言ってなかった気がする。
テレビでは(長野の小学生にはテレビしか外界と繋がりがなかった)キラキラした「大人の世界」が繰り広げられていた。お金がかけられたセットで煌めくスターが歌っていた。でもそれが普通の世界だと思ってた。
そんなバブル絶頂期にリリースされた「アクアマリンのままでいて」が主題歌だったドラマ「抱きしめたい!」(1989年)。子どもながらすこし違和感があった
Dakishimetai! - 1988 opening - YouTube
このオープニングでもわかるように、完全に虚構の世界!出てくる人は外国人と主演陣。ひたすらオシャレ!これぞトレンディ!バブル!
ミステリアスさは変わらない浅野温子
時代は私のもの!浅野ゆう子!トレンディ!
今では考えられない喫煙シーン
このドラマは、特にトレンディ度が凄かった。浅野温子とゆう子はルームシェア(そんな言葉は当時なかった)をしていて、その部屋が凄い。超広いリビングには観葉植物と動物のオブジェが置いてあった、そしてベランダにはジャグジーもあった。とにかくトレンディ!そこで繰り広げられてるのは、惚れた腫れたの恋物語。浅野ゆう子が「だしょぉ~?」とか言っていた。「これが大人の世界か」と思った。そんなわけは無いのだが、小学生だからしょうが無い。
「大人になったら、ああいう世界に行ける」と無意識に思っていたのかもしれない。大人の世界はひたすらオシャレで、明日の心配も無く、自分の気持ちのまま楽しく生きられる。
この曲を市ヶ谷のコーヒーショップで聴いて、当時そんな風に思っていたことを思い出して、何とも言えない気持ちになった事を覚えている。自分に取ってのバブルは「抱きしめたい!」とその主題のこの曲だった。
あのキラキラしたオシャレな世界に今頃いるはずだったのに。似ても似つかない闇の中にいるような気がした。「時代が悪い」とも思った。自分の思うように人生を歩めなかったのを時代のせいにした。そういう自分の弱さにも気づかされた。
後年、カルロス・トシキ&オメガトライブのベスト・アルバムを買った。
普通のポップスではまず使わない高度なコード・プログレッションに、洗練されたAORサウンド。洗練されすぎて「古い」と感じる人もいるだろうけど僕はそうは思わない。彼らが生きたその時代の理想のサウンド、理想の世界を完璧に表現している。
そこに乗るカルロス・トシキのボーカルは最高!日系ブラジル人で日本語ネイティブでは無い彼の独特な発声が、夢の様な甘いメロディと複雑なコード進行の中でも活きている。
キーは高いが、ドライでクール。でも少年っぽい瑞々しさもある。他のAORだと「ベタッ」としたボーカルが多いのだが、スタッカートで切れの良いメロディが多いせいか、非常に爽やか。
そしてカルロス・トシキ&オメガトライブといえばやはりデビュー曲のこの曲。歌詞が超トレンディで最高!
君は1000%/1986OMEGATRIBE【公式】 - YouTube
(Vapがオフィシャルで曲やPVを沢山上げてます。Vapさんありがとう)
この頃のメインの作曲家は和泉常寛先生。「君は1000%」「アクアマリンのままでいて」を始めとした中期くらいまでのほとんどのシングルはどれも名曲!個性的なのに、聴きやすい曲ばかり。ちなみにアルバムも最高!
和泉先生の類まれな作曲能力、それを彩る演奏陣、そしてミントフレイバーなカルロス・トシキのボーカル。
目を閉じて聴いていると、浮かんで来る憧れのバブルの世界。ヨットクラブでハーバーランド、全てが青いシーサイド、外車に乗ってドライブ、しかしそのような物質的なものより、何よりも憧れるのは明日を心配しない享楽的な世界。
心の中にもう1人の自分が浮かぶ。全く違う世界で満足そうな笑顔を浮かべる自分。過去はいつでも美しいけど、手に入らなかった過去はもっと美しい。
もう現実にはならない世界への強烈な憧れは、いつまでもこの音楽の中で生き続ける。
これで終わろうかなと思ったのですが、これだとちょっと暗い(この前の光GENJIも暗かった)ので、フォローするために…
バブルに憧れた自分だったが、その後、色んな事を経て「ITバブル」と言えるような状況を間近で、でも端っこの方で体験する事ができた。別に高い給料で安定した毎日を過ごしていたわけでもない。とうにそこは離れ、今は貧しい生活をしている。過ぎた話だ。
それでも「世の中に勝っている人」たちを間近で見て、その世界の中でワクワクするような感覚。そんな世界が見られた事はラッキーだったと思う。
今、辛い状況にある人に「きっといつか良い事があるから頑張って」とは申し訳ないけど、軽々しく言うことはできない。僕はまだ弱い。