高校入学と同時に、山の中から街へと引っ越しました。街といっても人口20万も無い、小さな街。それでも自分には大きかった。特に最初は一人暮らしで、後に姉と妹と3人で暮らす事になるのだが、解放感がやばかった。
高校時代特に好きだったのが、AION!!!
あんまりAION好きだと思われてなさそうですが、本気で好きだったんですよ。
初めて買ったのはミニ・アルバムの「MA-G-MA」速い速い激速!しかしメロディアス。NOVさんの独特な声と狂った歌詞、強靭だけど繊細さを感じさせるサウンド…。Xとは違うスラッシュサウンド。刺激的。
「愛音」のツアーを長野J(現LIVE HOUSE J)に一人で見に行ったりしました。今じゃSexy Zoneのコンサートに一人で行くほど狂った人間ですが、当時はまとも?ですからね。あんな激しいライブに行くなんて。ただ「愛音」の頃は結構大人しくなった印象でした。アルバムにはポップな曲もありましたね。「FOR DEAR LIFE」とか僕は好きですね。
この頃はBUCK-TICKも好きでしたね。「殺シノ調ベ」が特に好きでしたね。
でもこれから暫く経ってもっと好きになります。(six/nineのころ)
軽音楽部から吹奏楽部へ。
高校時代は吹奏楽部でした。でも最初は軽音楽部だったんですよ。やっぱりバンドに憧れてたから。でも田舎の普通の高校(それ以外に形容がないくらい普通)の軽音楽部は規模が小さくて、なんかダサい人しかいない、と思ったんです。自分が一番ダサいのに。軽音楽部の先輩は「MR.BIG」とか「SKID ROW」とか好きらしく「マジだせぇー」とか思ってました。(ごめんなさい)僕はその頃SUGIZOの影響で「JAPAN最高…孤独な影‥」とか思ってたんですよ。イタイですねー。で、結局吹奏楽部の美人なトロンボーンの先輩に勧誘されて、その人が感じが良かったし、吹奏楽部は美人揃いだと評判だったので、汚い男ばかりの軽音楽部を捨てて、美しい花園吹奏楽部へ行きました。無理も無いよね。でも軽音に残ってたら今頃どうなったかなと考えたりします。V系やってたのかな…
この後暫く記憶が無いのですが、Silver Roseのラストベストアルバム「終止符」を池袋の「ブロンズエイジ」(今は閉店)で買った記憶があります。ピアノのレッスンとかでちょくちょく上京してたので、お化粧系のバンドのCDを買いによく行ってた。そんなに好きならメタル系の「ブロンズエイジ」じゃなくて、同じ池袋の「ブランドエックス」に行けよって思いますよね。
でもブロンズエイジは店内のポップが辛口で面白かった。某名古屋系のDバンドに「ヘタクソ!ちゃんと練習してる?曲はルナシー風」などテキトーな事を書いたり。レジにいるメタルなおじさんが書いたのかな?なんだかんだでそれ系(V系と言う言葉はまだなかった)のCDを置いていたので、Eins:Vierの「リスク」(名盤)もここで買いました。ちなみにDIE-ZW3Eもここで買いましたww
やはり黒夢、ラルク、そしてTHREE EYES JACK(もう皆知らないかな) が出てきたあたりから、シーンがググッと盛り上がって来た気がしますね。そしてやがて出てきたあの言葉「ヴィジュアル系」!!!!
参考画像 黒夢、ラルクに並ぶ存在感があったTHREE EYES JACKの皆さん。オブリビオン・ダストのファンにはお馴染みですね。
「ヴィジュアル系」とは
雑誌「SHOXX」の『鮮烈なヴィジュアル&ハードショック』という表紙に書いてある言葉が由来とか、hideが命名したとか色々な説がありますが、ある日突然出来たというより、ジワジワと使われだして、いつの間にか定着した感じの言葉。「ヴィジュアル・ショック」とかそんな言葉もありましたね。
世間的には98年の長野オリンピックでスキージャンプ金メダリストの船木和喜選手が、ヴィジュアルが優れているので「ヴィジュアル系の船木」なんてスポーツ紙が見出しをつけたりして、そのような世間の認知が97年くらいから始まった「ヴィジュアル系ブーム」を決定付けます。たしか流行語大賞に「ヴィジュアル系」がノミネートされた気がしたのですが、検索しても「たぬきの掲示板」(2***年ヴィジュアル系流行語みたいな)しか出てこないです。きっとノミネートされてないですね。
V系ブームの事をここで書くのはちょっとしつこいかなと思うのですが、当時のエピソードをひとつ。
ヴィジュアル系ブームが自分に襲ってきた。
大学のベンチでくつろいでいると、となりに座っていた女子2人組が。
「ねえ、SHAZNAって知ってる?」
「えー知らない」
「え?ほんと?テレ朝のブレイクアウト見てない?」
「えーちょっと見たことあるかも」
「ほんとー今度見てーイザムって子がねすっごく可愛いの」
「え、そうなんだ。美少年って感じ?」
「ううん。女の子にしか見えないの!ちょーすごいの。『カメラに映る時は顎引いて可愛く映る』とか言ってるの。すごくない?」
「ふーんそうなんだー」
実はその時BREAK OUT!をあまり観ていなかった。SHAZNAといえば、D+ressと対バンしてた、東京のマイナーV系シーンを闊歩していた割りと地味なバンドという印象だった。しかし事務所をメジャー系事務所に変えて、売りだされていたのだ。
大学のBBS(当時の最先端)で今で言うバンギャの娘と情報交換してたんです。「SHAZNAって写真だと女の子っぽく見えるけど、実物だと大きくて迫力がありますよ」「写真と別人ってことかな?」「アハハ私の口から言えません」とか良い娘ですよね。
自分の中ではそのイメージだったが、こんな風に今風の女の子に噂をされる存在になっていた。しかもこの時はまだメルティ(Melty Love)前夜。 この後どうなるのか、まさかあんなことになるなんて、全く予想がつかなかった。世間と自分は違う。当り前の事なのになんだろう。しかしその後学習して、SHAZNAは好きになりました。
MALICE MIZERはもちろん、ラクリマ・クリスティも好きだった。みんな売れていった。他にも面白いバンドが沢山出てきた。毎日がキラキラ輝いていた。というのは「過去は美しいから」あと、PENICILLINもインディーズ時代が好きだった。
このPV、最高でしょ。当時買いたくても買えなかった。定価1万円!
いろいろ付いての1万円だったけど「PVのNYロケの渡航費をユーザーに負担させた」とか批判されてたな。でも今見ると納得のクオリティ。
上も下も、上に向かってとにかく上がっていく、そして広がっていく。そんな夢が次々と叶えられた凄い時代だった。やはり過去は美しい。
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