さわやかでまえむきな人間になりたい男が
好きな「文化」を語る。
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【日記】僕が今までの人生をいかに損してきたか

今日は何もしませんでした。形にできるものは何も残せなかった。それでも僕の頭は常に動いている。だから何もしていない、ということには当てはまらないのかもしれない。それはあくまで希望をもった考えた方であり、現実的ではないのかも、しれない。

なぜそのような非生産的な挙動を脳が繰り返しているのか。理由はかんたん。僕はつねに恐怖におびえているからだ。このまま自分の人生がくそツマラナイままで終わってしまうのか。それは他人とくらべてではなく、自分における自分においての比較におけるもの。

だから、脳が動いてしまう。だから、他人が自分をどう思うのか、ということも、もしかしたら思っているのかもしれない。

もっと、困っているのが、その他人というのが、今の自分には実存として誰も傍にいやしないということ。それが大きいのかもしれない。結局は孤独なのか、孤独感に苛まれているのか、と言われると、そうでもない。なぜなら、孤独なんて、もう慣れっこだから。

そうすると、自分の恐怖は、やはりこのまま何もないツマラナイ人生で終わるのか、ということが大きくなる。

 

どんだけ僕の人生が、ここまでくそだったということ、皆さんにはわからないだろう。こんな駄ブログが、そこそこ小ヒットする記事をだしたり、それが十年以上つづいた、それくらいだろう。あとは何もないのだろう。それしか、全くの他人おいては、判断のしようがないから。

親しい友人、または元同僚であれば「あんな会社こんな会社で働いていたじゃない凄いじゃない」なんて思ってくれるのかもしれない。しかし、社会的に見ればそう見えるのかもしれない。事実、その会社にいということを「履歴書」に出しても、選考漏れですぐに返事が返ってくる。自分の履歴なんて、なんの価値もないんだ。

 

僕の社会的な価値なんて、何もない。

そう思うことが、恐怖だとは思わないし、思いたくもない!

僕は「履歴書」だけを見られても、何の価値も無いのかもしれない。

それは仕方がない。

 

僕の取り柄は、音楽だけ。音楽の仕事でなければ、それは活かせない。いくらピアノが弾けても、それを履歴書の「趣味」に書いても、選考にはつながらない。全く関係がない。今までやっていた仕事には、何の関係もないから。だから、ずっと、やりたくないことを、生きるために必死でやるしかない。

それは、仕方がないことだとおもう。僕は、仕事というものが、実は全くできません、なんてことを言ったら、生きていけないから。

 

僕は自尊心を回復したいという欲求にかられている。僕は一度その欲求を持ったら、満たさないと気がすまないタイプ。だけど、あきらめも、飽きも速い。

そのように、ずっとずっと頭が回り続けている。だから、眠ってもすぐに目が醒めてしまう。ずっとずっとずっと、悪夢が続いているような感じがする。

 

こんなのだから、最近は電子ピアノを真夜中に突然弾きだしたりしています。勿論誰にもきかれない。ずっときかれないのかもしれない。いいのです。これが聴けるのは自分だけでも、それがなぐさめになるからです。

でも、いつかきっともっと、それを人にみせつけたいのです。

もったいないから!!

 

それも、わからないのかもしれない。僕は、僕が今までの人生をいかに損してきたかいうことを、証明する欲求を満たしたいのです。