相変わらず不安定です。
今日は天気が良くて空が真っ青です。
前は「わあ空が青いな」と思って浮き浮きしていた時期がありましたが、今日は「うわ青すぎだろ でも外出たらくそ寒いんだろうなしね」とかしか思えません。
現実は厳しいです。
なので、美しかった過去を思い出します。
短期大学の時の話です。音楽学科でピアノ科でした。
当然生徒は女子ばかり。他の器楽科は男子も多かったですが、やはり女子が多く、女子100人に男は3人だけでした。
僕以外の男子は、
長身で白くて一見イケメンのように見える、でもなんか陰鬱な雰囲気で、徐々に女好きの言動が発覚して気持ち悪がられていました。よくいる「いつのまにか女を敵にまわしてしまう」タイプの人です。
あとひとりは、ピアノがものすごくうまいけど言動がおかしくて、ファッションも時代遅れ(栃木出身でした)でとにかくなんだか凄いとうかいろいろな意味でひどい人。しかし残念ながら停学に伴う留年を経て卒業後、飛び降り自殺で亡くなってしまいました。
そのような、普通に付き合うには「濃すぎる」二人でしたので、僕はあまりその二人と仲良くする感じではありませんでした。なので女子と仲良くし行動していました。
「女子と仲良くすること」は中学高校から得意だったので、特に孤独感を感じず、普通に女子だけの仲良しグループに入って、楽しく2年間を過ごしました。
特に仲良くしたグループは、ある女子4人とのグループです。
いつも学食で話したり、外食をしたり、その中の二人が寮を出て同居を始め、家に遊びにいったり。
好きな音楽家や、レッスンのこと、将来のことなど、たくさん話をしました。
今思うと、素晴らしい毎日でした。音楽と音楽を奏でる人たちに囲まれ、将来の夢に満ち溢れていました。
女子のグループの中でひとり男という状況ですが、居心地が悪いということは、ありませんでした。なぜなら中学高校でもそうでした。
僕にとって、女子は男より付き合いやすいです。今でもそうです。
「高木くんって男だよね?」って笑いながら言われたこともあります。
しかし「あまりにも一緒にいて違和感がないから、確認したの!」とのことで安心しました。
それに「(ピアノ科に)男3人しかいないけどそーちゃん(僕のことです)が一番マシだよね」
「そうだねマシっていったら悪いけどww」という状況もあったと思います。
2年間に渡った築いた友情は今でも消えません。もう疎遠ですが、心の中に生きてます。
その中でまだ印象的な人がいます。
ある日、道路をいつものグループの4人で移動中、ものすごい強風が吹いていました。台風だったんでしょうか。歩けない感じです。「わー」「キャー」と叫ぶ中、彼女は言いました。
「リリアンとアンリ!!!落ち着いて!!!」
「???」3人は「ねえ、ミワ何いってるの?」
「風の名前よ!!」
リリアンとアンリは依然落ち着きません。
ちなみにミワとは彼女の名前です。
「リリアン!アンリ!落ち着くのよ!」
「・・・・風強過ぎるーー」
風は落ち着きませんでしたが、目的地には辿りつきました。
さっそく学食で「リリアンとアンリとは何なのか」というMTGが開催されました。
「ねえ、リリアンとアンリって誰?」
一番強気というか強いキャラのミカさんが切り出します。
「風の名前よ!風には名前があるの!」ミワさんが叫ぶようにそう言いました。
一瞬静寂に包まれましたが、マツコさんが「へーいいんじゃない」とか言いだしました。マツコさんは大人しい感じでいつもほんわかしている、でも焦り癖のある女性です。
「リリアンとアンリは幼いころからの友達なの。たまに暴れたりするからそういう時は話しかけて落ち着かせるの」
「・・・・。」
僕は素直に「面白いな」って思いました。そんなことを言う人は身近にはいませんでした。僕は昔から人に「変わってる」と言われてましたが、自分ではそうは思っていませんでした。しかし「この人は変わっている」とはっきりと思ったのは、このミワさんが初めてだったような気がします。
これだけ書くと、ミワさんはちょっとおかしい人なのかな、と思われそうですが、普段はそれほど変人ということもありません。女子グループに属して、それぞれ仲良くしてました。つまり普通の人です。女子は他人に厳しいので、異分子は即座に排除されます。彼女は受け入れられていた。
しかし、リリアンとアンリだけではありません。
ある日、彼女は言いました。中学生のころの話をしていた時に
「私ね、中学の時、私の親友は赤毛のアンだけって友だちに言ったの!」
と言いだしました。この一言は僕の心に刺さり、ずっと残り続けてブログも書いてしまいました。
「親友は赤毛のアンだけ」と言ったのが「友だち」だとしたら、その「友だち」はどう思ったのか?「ミワのこと親友だと思ってたのに赤毛のアンだけなの?と悲しまなかったのか」「赤毛のアンはアニメの赤毛のアンなのか原作の赤毛のアン なのか」等の討議がされた覚えがあります。
その他「木には名前がある」ということで、「名前はどうやってわかるの?」と聞くと「抱きつくの!」「え?」「木に、抱きつくの。こうやって!』
といって大きなものを抱きしめるような仕草をしました。
「なるほど。そうすると名前はわかるの?」
「そう!実家の庭の木にも名前があるよ!」
と話しました。
風に名前がある、木にも名前がある。親友は赤毛のアンだけ。
これだけでもお腹いっぱいですが、他にも衝撃のエピソードがまた披露されました。
「私ね親戚が集まったりした食事会でみんなでお弁当食べたんだけど、そこでお弁当をぶちまけちゃったの!」
「ええ?」
「お弁当投げたら、おかずとかが舞い上がって綺麗かな?と思って」
「・・・で綺麗だったの?」
「うん。すごく」
「周りの人は何て言ってたの?」
「お母さんは泣いてたよ。ミワなんでこんなことするのって」
「そうだよね・・・」
この後「ミワが弁当投げたらどうしよう」という懸念がありましたが、そんなことはしませんでした。彼女は常識的で慈愛に溢れる、普通の女性でした。ピアニストとしても優秀で卒業演奏会にも選抜されてそこではベートーヴェンのピアノソナタ第23番「熱情」を弾いてました。
リリアンとアンリチームとは、卒業後一度だけ食事会をした覚えがあります。
卒業していつ頃だったのかはわかりませんが、みんなで卒業後専門課程の専門学校に進んだのですが、僕は1年で退学してしまいましたので、それ以来だと思います。
もちろんみんな元気そうでした。「変わったこと」がなくてよかったと思いました。同級生の彼が自殺したことみたいなことです。悲しい情報がなくてよかった。
ミワさんの言動は僕のその後の人生に影響を与えました。
強風にあたると「リリアンとアンリ」を思い出しますし、「木に名前をつける」というのもそうです。また、自分が「木」が好きだということも発見しました。
山にずっと住んでいたので、山は嫌いですが、「木」は嫌いじゃないと気づきました。しかし「木」だからなんでも好きというわけではない、と彼女は言ってました。これには僕も同意します。
都内でいまのところ最後に住んだ、荻窪のアパートの、契約の決めてになったのは窓を開けると小さな「木」がありました。僕はなんとなくそれが好きになったのでそこに決めました。
その「木」に名前は付けませんでした。いろいろ大変で木を眺める余裕はありませんでした。
今いる家の周りは「木」が死ぬほどあります。家の広いとは言えない庭にも大きな木が何本も生えています。
昨日、部屋の窓の雨戸の一つを取り払いました。もう一つのところは雨戸はなくてそこだけ雨戸があったので、外の景色が見づらいので自分で取りました。
父はブツクサいってましたが、僕は雨戸が嫌いです。
朝起きたら、自分が知らない時に雨戸が設置されたのか、部屋が真っ暗になっていたことがありました。カーテンを開けても真っ暗です。「雨戸が嫌い」と思いました。新たな敵ができました。敵はたくさんいます。
そして、雨戸を開けたら「木」が見えました。
ベッドの横のカーテンを開けると木が見えるようになりました。
細いけど高くて、上の方には枝が沢山ある木です。
なんとなく気に入りました。
この木の名前はなんだろう。ああ、そうでした。
「抱きついて見ないと、名前を知ることはできない」と彼女は言ってました。
後で庭に出て、抱きついてみるしかありません。
なんだか恥ずかしいですが、相手は木です。
しかし、僕は木に抱きついてみました。
木の名前は「つばさ」でした。
僕にはつばさがないけど、庭にはつばさがある。つばさがほしい。
もちろんつばさなんて人間には生えないけど、彼女たちのような人たちがいたことを思い出したことで、僕にはつばさがあるのかもしれない。
と、思いました。
追記
この後に、ブログのこの記事に信じられないコメントが付きました。「ミカ」さんから「ミカだよー」とコメントが付いていたのです。信じられませんでした。このブログは、ほとんど誰にも読まれていないもの、と考えていました。
その後、連絡をとり、「ミワ」さんとも、メールを交換するようになりました。
ちなみに「リリアンとアンリ」は間違いで「リリアンとアンリー」が正しいようです。
何十年も連絡が途絶えていた、「疎遠」になっていたのに、このブログのおかげで、また巡り会えた。
不思議ですよね。ほんとうにもう何年も顔をみていない。文章だけで、写真のやりとりなどもしていない。それでも、またそばにいるような感覚になるなんて。
生きていても、この先に何もよいことがないと思っていたときに起きた、僕にとっての最大の「良いこと」でした。ほんとうに奇跡的です。
このブログを続けてきてよかった、と思いました。
ここまで読んでくれてありがとう。
まえむき