僕の人生には「青春」と呼べる時期が3度あった。
そういうことが3度もあったということは、シアワセな人生だったと思う。
でも、「青春」を懐かしみ尊ぶということは、今はそこにいないということ。
失ってしまったもの。もう手に入らないもの。記憶だけが残っていつまでも存在している。
僕の1つの「青春」は、バンド時代だ。
今からもう10年以上前に、「ギターポップ」「インディーポップ」と呼ばれるフィールドでバンド活動をしていた。ライブをたくさんたくさんやった。CDなんかも出したりした。名古屋や大阪にライブにも行った。
そして、そのバンドの練習のために通っていた街、吉祥寺。
当時僕は、埼玉県上福岡市に住んでいた。吉祥寺まで、毎週毎週スタジオに通って、ドラムを叩いたりしていた。友達になってしまったバンドメンバー達と夜な夜な遊んだり、家に泊まったり。ああ、なつかしい。
「シアワセ林檎」のPVを見て、間奏明けにて、僕は固まってしまった。
僕がかつて「青春」の時に見ていた風景が、そこにあったからだ。
間奏終わりからのこの場面で、いきなり気づいてしまった。これは吉祥寺。なんてことはない、普通の通り。あそこだ。入り口・・。
ああ、吉祥寺だ吉祥寺。僕の大切な思い出がたくさんあるところ。それはもしかしたら、いや、こういってPVに出ているのだから、彼にとっても、そうに違いない。それは彼の歴史が証明している。
彼は国立東京農工大学工学部応用分子学科を卒業している。
そのキャンパスは吉祥寺から中央線で2駅。三鷹、武蔵境の次。つまり吉祥寺は彼の思い出の街に違いない。天下一品なつかしい><
ああ、ここも。通った。何度も。大きく分けて2つの出口がある吉祥寺、そのどちらも思いで深くて、いやになってしまう。
この曲のPVは何なんだろうか。うたの中の彼は、とても何かを悔いている。しかし、林檎の赤さにそれを例えている。林檎は真っ赤なまま、でも言えなかった。
やはり騒動のこととかを想起させてしまう。想起してしまうのことは「ゲス」なのかもしれない。それは彼の思惑通りなのかもしれない。
すごく偶然だけれども、面白いことがあるので共有をしておきたい。
僕は、偶然だけれども、彼がまだ大学生ではない頃に、彼と同じ東京農工大学に通うギタリストと、バンドを組んで、吉祥寺の「スタジオペンタ」にて練習をしたり、彼の住む三鷹のアパートに行っていたりしていた。
その後に入ったバンドでも、吉祥寺を根城に活動していた。
そして、ほんとうにどうでもいいことだけれども、僕が彼の音楽を始めて、ちゃんと聴いたのは、井の頭公園だった。
ほんとうにどうでもいいことかもしれないけど
あのね
気づいたらさどうでもいいことが
幸せに感じる
でもそんなもんでしょう
あのね
気づいたらさどうでもいいことが幸せに感じる
でもそんなもんでしょう
こんな言葉が聴こえてくる。可及的速やかな輪の中から。
ぐるぐる、ハイテンポにのせて、彼の好きなように転がされている。しかし安心している。なぜだろう。それは彼がいつものように、哀愁にみちて、悲しみに満ちているからだ。
僕は、大好きだった街から強制的に、可及的速やかに離されてしまった。ここから吉祥寺はとてもとてもとても遠い。新宿から高尾よりも遠い。
そしてくしく、「林檎が名物」なところにいる。林檎が見られるのは秋から冬だ。今は春だ。夏が終われば秋が来る。
僕は、このまままたさいあくな冬を迎えるんだろう。その時になっている林檎を見て、幸せになっているのだろうか。なっていないに違いないけれども、気づいたらどうでもいいことが幸せになっていればいい。
「シアワセ林檎」というタイトルが凄く、僕にとっては痛く感じてしまったけど、悪くない、そういう気持ちは悪くないとおじさんは思うのです!長野いつかさよなら!!!
そんな感じです!